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向こう見ずな天の川(アンナスル・アルワーキ) ④ 太陽のマヂック 追記分
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「たとえ相手が乳飲み子を抱えた母親や妊婦であっても、彼女たちが幼い娘と泣いて命乞いをしようとも、敵であれば容赦なく殺しなさい。自分の命を救ってくれた恩人や血縁者も例外ではないわ。そいつらは凶器を隠している。何の罪を犯してないように見える人たちですら、欺く知恵と牙を持っている。躊躇したら殺される。死にたくなかったらにっこり笑って殺しなさい。それが異世界の生存術……」
祥子は高鳴る心拍音を鉄の規律を暗唱することで打ち消した。複数の銃弾が同窓生二人を一瞬で血漿に変えた。苦痛を感じる時間はなかった。死刑執行人の呵責はそのように正当化される。心理的重圧感を排除した祥子は魔龍を丸ごと炭化すべく体内の重水素二量体を総動員した。これまでにない最大級の火球をぶつける。
しかし、座して死を待つパブではない。巨体から想像もつかぬ俊敏さで灌木を迂回し、祥子の背後を突く。
「どうした? お前の能力はそれだけか? 今度は、こちらのターンだ」
彼はそう言うと、クワッと咢を開き、圧倒的な火力を放った。山田池の反対側が初弾で干上がり、次の数秒間で溶岩と化す。立ち込める水蒸気は春日山の向こうににわか雨を降らせた。燃え上がる炎に照らされて、深夜だというのに神秘的な美しい虹がかかった。
魔法である。パフ・ザ・マジックドラゴン。その名前は体を表す。
我に返ったハーベルトはようやく援護射撃を開始するが、形勢逆転に至らない。酸素剥奪も水素遊離も全く効かない。魔龍は公園を焼き尽くし、地獄に変えた。いや、それそのものだ。山田池が死因となった人々の無念がコールタールのようにわだかる。それに着火しようとハーベルトはダイマーを叩きこむが、種火すら点らない。
網膜の隅で重水素二量体残量がみるみる減っていく。ゲージがレッドゾーンに近づく前に祥子と合流した。逃走しようとすると、ぐるりと黒い影が取り囲む。
「よくも殺してくれたわね」
「藤野、お前が憎い」
亡くなった同窓生二人の残留思念に積年の恨みが加わる。
「ミズ、ヤマダイケ、ウバイアイ」
生前の記憶はとうに失われ、形骸化した憎しみの連鎖だけがそこにある。ゆらゆらと蠢くシルエットは死してなお生にしがみつくソンビそのものだ。
「ハーベルト。キミの言ってることは出鱈目だよ。火に油を注いじゃったじゃないか」
祥子は鉄の規律は誤謬だと声高に訴えた。しかし、ハーベルトは動じず、敵の背後をじっと観察している。
「そうでもないかも。火に油を注ぐどころか、あいつらは墓穴を掘ったわよ。ほぉら、ユーレカ!」
彼女はポッカリ空いた池の穴に問題解決の糸口を見出した。公園に織りなす地層は三角洲前庭層といわれる。ヤンガードライアス彗星が衝突した時代から地球は氷河期と間氷期を繰り返した。大阪湾は寄せては返す波のように大阪平野を何度も海の底に沈めた。その結果、海成粘土――海で作られた粘土が堆積した。
その主成分は硫酸塩である。それが加熱されて鮮やかな赤色の炎を発している。
「あれは晴天石よ。雲一つない晴天のような美しさ。すがすがしい開放感のあるパワーストーンよ」
「ハーベルト。呑気に宝石を講釈してる場合かよ。そんな石ころが何の役に……」
「貴女は少し黙ってなさい」
ハーベルトは怒鳴り散らしたあと、すうっと深呼吸した。魔法の龍はハゲ天使を焼き鳥にすべく数十メートル先に迫っている。
彼女は接近する脅威には目もくれず、じっと地層を観察した。バラ色の小石が断面に散りばめられている。
「あれは重晶石よ。硫酸バリウムの塊。炭素と一緒に強熱すると硫酸バリウムに還元されるの。強力なアルカリ性を持つ毒素よ。殺人鬼が完全犯罪を狙う時に使いそうね」
ハーベルトがニヤリとする。
「ええt、じゃあ、ゾンビどもをドロドロに?」と、祥子。
「そう。浄化と汚物の消毒をいっぺんにやるわよ。祥子は消毒をおねがい」
ハーベルトはそういうと、セレスタイトに意識を集中させた。
「ちぇっ、ボクはいっつも汚れ役だ」
祥子もしぶしぶダイマー共有視野に映し出されるマニュアルをもとにダイマー能力を揮う。
パフは地球の裏側にも届けと言わんばかりに火炎をまき散らす。すでに焼け野原は焼灼しつくされ、溶岩流すら滾っている。まず、ハーベルトがセレスタイトに働きかけた。心が洗われるような淡い青色が龍を照らした。だが、特に何も起こらず、龍が歩みをすすめる。祥子は龍の後ろに続くコールタールを狙い撃つ。ダイマー能力で掘り出したバライトを故意にパフめがけて投げつけた。
「はっ、投石だと? 機関士にあるまじき行為だな。脱線転覆したらどうする」
遥祐は異世界逗留者をなじる余裕があるようだ。パフォーマンス代わりに短いブレスを吐いた。バライトがパッと燃え尽きる。
「そこだッ!」
祥子は空中から脱酸素したCO2をかき集め、ブレスの延長線上に導いた。そして、春日山付近の降雨を呼び寄せる。
「なっ――?!」
パフの足元が崩れ、猛烈な毒ガスが巻き起こる。それらは雨水に溶けて強アルカリ液となった。
「ミズ、ミズ、ヤパタィ……ケッ!」
あっという間にどす黒い怨念は幽子情報系に還元された。後ろ盾を一挙に失ったパフは状況を把握できずにいる。
「上出来よ。汚れ役さん」
ハーベルトが意地悪くほめたたえる。そして、彼女のターンが来た。
威圧するでなく、力でゴリ押しするでもなく、ふわっとした実態のない――表現方法を変えれば「場の空気」のような清涼感が山田池公園一帯に染み渡る。
優しい光だ。
雨上がりの雲の切れ間から漏れてくる、生命力に満ち溢れた輝きだ。それがパフ・ザ・マジックドラゴンを出迎えた。
空を思わせる青一色の空間を天使が旋回している。それだけでも癒される。セレスタイトの力は天使のため息と言われるほどに幸福感を与えてくれる。ハーベルトに対して畳みかけることも突撃する意欲もすっかり失われた。
ただ、聖なる青い光がパフの邪心に土足であがりこみ、スッキリ心が浄化された。
傍らの祥子にも同じ異変が起きたようだ。エネルギーを発しているセレスタイトは天使の吐息と言われるほど優しい。そして、ダイナミックだ。
パフ、魔法の龍は満ち満ちた善意のなかにゆっくりと沈んでいく。
「お前ら、何をしやがった。おまえら……ごブぅ」
彼は青天の霹靂となった。空色の世界に彼の影がポツンと映えている。やがて、それは大空のシミとなって、見失われた。
すると、今までの灼熱地獄がウソのように消え去った。何もかもが無かったことにされている。この世界の免疫が遺物を浄化し、事件前後の
つじつま合わせをしたのだ。
ソメイヨシノがまだ来ぬ春を静かに待っている。
「間一髪だったわ」
ハーベルトは緊張の糸が切れたのか、裸のままうつぶせになった。
「あれっ、これは何だろう?」
祥子はついさっきまで魔龍が佇んでいた場所に落とし物を見つけた。
ダイマー視覚でそれを拡大してみると、どこかの生徒手帳であると分かった。表紙で幾何学図形が絡み合っている。
「えええ、聖イライサニス??」
祥子はがっくりと膝をついた。そして頭を抱える。短期間であったとはいえ自分の母校だ。
「なんで学園の生徒が『向こう側』にいるんだよ~」
「たとえ相手が乳飲み子を抱えた母親や妊婦であっても、彼女たちが幼い娘と泣いて命乞いをしようとも、敵であれば容赦なく殺しなさい。自分の命を救ってくれた恩人や血縁者も例外ではないわ。そいつらは凶器を隠している。何の罪を犯してないように見える人たちですら、欺く知恵と牙を持っている。躊躇したら殺される。死にたくなかったらにっこり笑って殺しなさい。それが異世界の生存術……」
祥子は高鳴る心拍音を鉄の規律を暗唱することで打ち消した。複数の銃弾が同窓生二人を一瞬で血漿に変えた。苦痛を感じる時間はなかった。死刑執行人の呵責はそのように正当化される。心理的重圧感を排除した祥子は魔龍を丸ごと炭化すべく体内の重水素二量体を総動員した。これまでにない最大級の火球をぶつける。
しかし、座して死を待つパブではない。巨体から想像もつかぬ俊敏さで灌木を迂回し、祥子の背後を突く。
「どうした? お前の能力はそれだけか? 今度は、こちらのターンだ」
彼はそう言うと、クワッと咢を開き、圧倒的な火力を放った。山田池の反対側が初弾で干上がり、次の数秒間で溶岩と化す。立ち込める水蒸気は春日山の向こうににわか雨を降らせた。燃え上がる炎に照らされて、深夜だというのに神秘的な美しい虹がかかった。
魔法である。パフ・ザ・マジックドラゴン。その名前は体を表す。
我に返ったハーベルトはようやく援護射撃を開始するが、形勢逆転に至らない。酸素剥奪も水素遊離も全く効かない。魔龍は公園を焼き尽くし、地獄に変えた。いや、それそのものだ。山田池が死因となった人々の無念がコールタールのようにわだかる。それに着火しようとハーベルトはダイマーを叩きこむが、種火すら点らない。
網膜の隅で重水素二量体残量がみるみる減っていく。ゲージがレッドゾーンに近づく前に祥子と合流した。逃走しようとすると、ぐるりと黒い影が取り囲む。
「よくも殺してくれたわね」
「藤野、お前が憎い」
亡くなった同窓生二人の残留思念に積年の恨みが加わる。
「ミズ、ヤマダイケ、ウバイアイ」
生前の記憶はとうに失われ、形骸化した憎しみの連鎖だけがそこにある。ゆらゆらと蠢くシルエットは死してなお生にしがみつくソンビそのものだ。
「ハーベルト。キミの言ってることは出鱈目だよ。火に油を注いじゃったじゃないか」
祥子は鉄の規律は誤謬だと声高に訴えた。しかし、ハーベルトは動じず、敵の背後をじっと観察している。
「そうでもないかも。火に油を注ぐどころか、あいつらは墓穴を掘ったわよ。ほぉら、ユーレカ!」
彼女はポッカリ空いた池の穴に問題解決の糸口を見出した。公園に織りなす地層は三角洲前庭層といわれる。ヤンガードライアス彗星が衝突した時代から地球は氷河期と間氷期を繰り返した。大阪湾は寄せては返す波のように大阪平野を何度も海の底に沈めた。その結果、海成粘土――海で作られた粘土が堆積した。
その主成分は硫酸塩である。それが加熱されて鮮やかな赤色の炎を発している。
「あれは晴天石よ。雲一つない晴天のような美しさ。すがすがしい開放感のあるパワーストーンよ」
「ハーベルト。呑気に宝石を講釈してる場合かよ。そんな石ころが何の役に……」
「貴女は少し黙ってなさい」
ハーベルトは怒鳴り散らしたあと、すうっと深呼吸した。魔法の龍はハゲ天使を焼き鳥にすべく数十メートル先に迫っている。
彼女は接近する脅威には目もくれず、じっと地層を観察した。バラ色の小石が断面に散りばめられている。
「あれは重晶石よ。硫酸バリウムの塊。炭素と一緒に強熱すると硫酸バリウムに還元されるの。強力なアルカリ性を持つ毒素よ。殺人鬼が完全犯罪を狙う時に使いそうね」
ハーベルトがニヤリとする。
「ええt、じゃあ、ゾンビどもをドロドロに?」と、祥子。
「そう。浄化と汚物の消毒をいっぺんにやるわよ。祥子は消毒をおねがい」
ハーベルトはそういうと、セレスタイトに意識を集中させた。
「ちぇっ、ボクはいっつも汚れ役だ」
祥子もしぶしぶダイマー共有視野に映し出されるマニュアルをもとにダイマー能力を揮う。
パフは地球の裏側にも届けと言わんばかりに火炎をまき散らす。すでに焼け野原は焼灼しつくされ、溶岩流すら滾っている。まず、ハーベルトがセレスタイトに働きかけた。心が洗われるような淡い青色が龍を照らした。だが、特に何も起こらず、龍が歩みをすすめる。祥子は龍の後ろに続くコールタールを狙い撃つ。ダイマー能力で掘り出したバライトを故意にパフめがけて投げつけた。
「はっ、投石だと? 機関士にあるまじき行為だな。脱線転覆したらどうする」
遥祐は異世界逗留者をなじる余裕があるようだ。パフォーマンス代わりに短いブレスを吐いた。バライトがパッと燃え尽きる。
「そこだッ!」
祥子は空中から脱酸素したCO2をかき集め、ブレスの延長線上に導いた。そして、春日山付近の降雨を呼び寄せる。
「なっ――?!」
パフの足元が崩れ、猛烈な毒ガスが巻き起こる。それらは雨水に溶けて強アルカリ液となった。
「ミズ、ミズ、ヤパタィ……ケッ!」
あっという間にどす黒い怨念は幽子情報系に還元された。後ろ盾を一挙に失ったパフは状況を把握できずにいる。
「上出来よ。汚れ役さん」
ハーベルトが意地悪くほめたたえる。そして、彼女のターンが来た。
威圧するでなく、力でゴリ押しするでもなく、ふわっとした実態のない――表現方法を変えれば「場の空気」のような清涼感が山田池公園一帯に染み渡る。
優しい光だ。
雨上がりの雲の切れ間から漏れてくる、生命力に満ち溢れた輝きだ。それがパフ・ザ・マジックドラゴンを出迎えた。
空を思わせる青一色の空間を天使が旋回している。それだけでも癒される。セレスタイトの力は天使のため息と言われるほどに幸福感を与えてくれる。ハーベルトに対して畳みかけることも突撃する意欲もすっかり失われた。
ただ、聖なる青い光がパフの邪心に土足であがりこみ、スッキリ心が浄化された。
傍らの祥子にも同じ異変が起きたようだ。エネルギーを発しているセレスタイトは天使の吐息と言われるほど優しい。そして、ダイナミックだ。
パフ、魔法の龍は満ち満ちた善意のなかにゆっくりと沈んでいく。
「お前ら、何をしやがった。おまえら……ごブぅ」
彼は青天の霹靂となった。空色の世界に彼の影がポツンと映えている。やがて、それは大空のシミとなって、見失われた。
すると、今までの灼熱地獄がウソのように消え去った。何もかもが無かったことにされている。この世界の免疫が遺物を浄化し、事件前後の
つじつま合わせをしたのだ。
ソメイヨシノがまだ来ぬ春を静かに待っている。
「間一髪だったわ」
ハーベルトは緊張の糸が切れたのか、裸のままうつぶせになった。
「あれっ、これは何だろう?」
祥子はついさっきまで魔龍が佇んでいた場所に落とし物を見つけた。
ダイマー視覚でそれを拡大してみると、どこかの生徒手帳であると分かった。表紙で幾何学図形が絡み合っている。
「えええ、聖イライサニス??」
祥子はがっくりと膝をついた。そして頭を抱える。短期間であったとはいえ自分の母校だ。
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