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向こう見ずな天の川(アンナスル・アルワーキ) ④ 太陽のマヂック
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その”遺物”はコード2047世界の生物学に全力で喧嘩を売っていた。いや、あらゆる物理学、熱力学第二法則、学問の枠を踏み越えて、星ヶ丘市民の団欒まで蹂躙していた。憩いの場として親しまれている山田池公園は平日の遅い時間帯でもアベックで賑わっていた。夜陰に乗じて半身を重ねていた人々は這う這うの体で逃げ出した。ソメイヨシノがつぼみを膨らませている。それを容赦なく踏み倒し、我が物顔で闊歩す巨体。にゅっと灌木から突き出した頭部は深緑色でぬめっていて、耐え難い生臭さをまき散らしている。
祥子はダイマー能力を展開して悪臭を完全燃焼させた。そして、大気中の水分を氷結させた。即席のレンズで招かれざる客をつぶさに観察した。咆哮/熱病ネットワークを介して映像を国立研究所に中継する。古生物学者たちは魔龍の存在を抹殺しようと定説を総動員して抵抗を試みたものの、否定できなかった。
「それで、あいつの弱点はみつかりましたか?」
ダイマー音声による問い合わせに対して学者先生たちは未知数であり検討材料が乏しいとお茶を濁した。
あてにならない国立研究所を見限って祥子ひとりで困難な問題に立ち向かわねばならない。
ヨーゼフ・ダッチマンがどういう経緯で美少年に転生したかはわからない。どんなに姿を変えようと敵に違いはない。祥子はしっかりと認識し、相応しい対応をした。
「どうするもこうするも、運行阻害要因は排除するさ!」
祥子は過去の幻影を振り捨てて、パフの眼球に意識を集中した。相手は魔法の龍とはいえ、所詮は生き物だ。感覚器官を破壊すれば動きが封じられる。それに対し、遥祐は卑劣な手段で対抗した。
「祥子ちゃん、やめて!」
「藤野、お前!」
あろうことか、パフの頭部に同級生がしがみついている。祥子はギュッと瞼を閉じ、共有視野の座標値を追った。彼らは感染症で数十年前に死んでいるのだ。その眠りを妨げられた。だったら、今度こそは引導を渡してあげよう。それが今を生きる自分のつとめだ。
そして、重水素二量体を一発の銃弾に凝縮した。
「「いやだ、死にたくない!」」
悲痛な二重奏が祥子の鼓膜に突き刺さる。
「小森秀樹と大友安子には自我と記憶が備わっている。ここにいる二人は本人として思考し、感情表現しているのではない。正真正銘の本人たちだ」
ヨーゼフはガチで祥子の精神を殺しにかかっている。紛れもない親友を自らの手で始末しなくてはならない。その重圧と責任は耐え難い苦痛に思えた。
「秀樹の恐怖は本物だぞ。死に接近して震えがっているのだ。安子は……ヤッサンはお前の数少ない話し相手だった。恩を仇で返すとは酷い奴だな。お前のせいで死ぬんだぞ」
ヨーゼフは多感な女子中生の心を容赦なく揺さぶった。
「小森君、ヤッサン。ごめん。もうボクは同窓生じゃないんだ」
祥子は身を裂かれる想いで銃弾を発射した。
「おいおい。少し頭を冷やしたらどうだ。秀樹はリアルタイムで死の恐怖を感じているんだぞ」
魔龍は不可解な力で弾道を捻じ曲げた。しかし、外れたのではなく、迂回させただけだ。極端な放物線を描いて目標をめざす。
「だってボクはトリマリンソジャーナーなんだ!」
祥子は素早く二発目を製造し、撃った。
「そう来るか。考え直す時間を与えてやったのだが……。二人とも正気だ。心身ともに健康で判断能力も維持している。祥子、三人で話し合ってみたらどうだ。あまり時間はやれんが」
ヨーゼフは何としても和平プロセスを進めたいらしく、かなり下手に出ている。
しかし、魔龍の予想を裏切って、三発目、四発目が火を噴いた。龍に張り付いた小学生二人は目を大きく見開いたまま硬直している。「意識がはっきりしているのなら、ボクの考えをしっかり聞いて」
祥子は五発目、六発目を発射した。
「死ぬ前に理解してほしい。日独伊芬枢軸基幹同盟の思想を」
彼女はそこで言葉を切り、銃弾の終端誘導を開始した。
「進まなくちゃいけないんだ。さようなら」
その”遺物”はコード2047世界の生物学に全力で喧嘩を売っていた。いや、あらゆる物理学、熱力学第二法則、学問の枠を踏み越えて、星ヶ丘市民の団欒まで蹂躙していた。憩いの場として親しまれている山田池公園は平日の遅い時間帯でもアベックで賑わっていた。夜陰に乗じて半身を重ねていた人々は這う這うの体で逃げ出した。ソメイヨシノがつぼみを膨らませている。それを容赦なく踏み倒し、我が物顔で闊歩す巨体。にゅっと灌木から突き出した頭部は深緑色でぬめっていて、耐え難い生臭さをまき散らしている。
祥子はダイマー能力を展開して悪臭を完全燃焼させた。そして、大気中の水分を氷結させた。即席のレンズで招かれざる客をつぶさに観察した。咆哮/熱病ネットワークを介して映像を国立研究所に中継する。古生物学者たちは魔龍の存在を抹殺しようと定説を総動員して抵抗を試みたものの、否定できなかった。
「それで、あいつの弱点はみつかりましたか?」
ダイマー音声による問い合わせに対して学者先生たちは未知数であり検討材料が乏しいとお茶を濁した。
あてにならない国立研究所を見限って祥子ひとりで困難な問題に立ち向かわねばならない。
ヨーゼフ・ダッチマンがどういう経緯で美少年に転生したかはわからない。どんなに姿を変えようと敵に違いはない。祥子はしっかりと認識し、相応しい対応をした。
「どうするもこうするも、運行阻害要因は排除するさ!」
祥子は過去の幻影を振り捨てて、パフの眼球に意識を集中した。相手は魔法の龍とはいえ、所詮は生き物だ。感覚器官を破壊すれば動きが封じられる。それに対し、遥祐は卑劣な手段で対抗した。
「祥子ちゃん、やめて!」
「藤野、お前!」
あろうことか、パフの頭部に同級生がしがみついている。祥子はギュッと瞼を閉じ、共有視野の座標値を追った。彼らは感染症で数十年前に死んでいるのだ。その眠りを妨げられた。だったら、今度こそは引導を渡してあげよう。それが今を生きる自分のつとめだ。
そして、重水素二量体を一発の銃弾に凝縮した。
「「いやだ、死にたくない!」」
悲痛な二重奏が祥子の鼓膜に突き刺さる。
「小森秀樹と大友安子には自我と記憶が備わっている。ここにいる二人は本人として思考し、感情表現しているのではない。正真正銘の本人たちだ」
ヨーゼフはガチで祥子の精神を殺しにかかっている。紛れもない親友を自らの手で始末しなくてはならない。その重圧と責任は耐え難い苦痛に思えた。
「秀樹の恐怖は本物だぞ。死に接近して震えがっているのだ。安子は……ヤッサンはお前の数少ない話し相手だった。恩を仇で返すとは酷い奴だな。お前のせいで死ぬんだぞ」
ヨーゼフは多感な女子中生の心を容赦なく揺さぶった。
「小森君、ヤッサン。ごめん。もうボクは同窓生じゃないんだ」
祥子は身を裂かれる想いで銃弾を発射した。
「おいおい。少し頭を冷やしたらどうだ。秀樹はリアルタイムで死の恐怖を感じているんだぞ」
魔龍は不可解な力で弾道を捻じ曲げた。しかし、外れたのではなく、迂回させただけだ。極端な放物線を描いて目標をめざす。
「だってボクはトリマリンソジャーナーなんだ!」
祥子は素早く二発目を製造し、撃った。
「そう来るか。考え直す時間を与えてやったのだが……。二人とも正気だ。心身ともに健康で判断能力も維持している。祥子、三人で話し合ってみたらどうだ。あまり時間はやれんが」
ヨーゼフは何としても和平プロセスを進めたいらしく、かなり下手に出ている。
しかし、魔龍の予想を裏切って、三発目、四発目が火を噴いた。龍に張り付いた小学生二人は目を大きく見開いたまま硬直している。「意識がはっきりしているのなら、ボクの考えをしっかり聞いて」
祥子は五発目、六発目を発射した。
「死ぬ前に理解してほしい。日独伊芬枢軸基幹同盟の思想を」
彼女はそこで言葉を切り、銃弾の終端誘導を開始した。
「進まなくちゃいけないんだ。さようなら」
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