ほんのかすり傷と思っていました

YHQ337IC

文字の大きさ
17 / 19

女だからといって、殴らないとは限らん

しおりを挟む
佐山の背後から人影が飛び出して、新庄を押さえつけていた人造兵士に飛びかかった。それは月詠であった。
月詠の飛び蹴りが人造兵士の脇腹に命中する。人造兵士は吹っ飛んだ。
「新庄、立て! 走れ! 逃げるぞ!!」
「う、うん」
新庄は立ち上がる。そして佐山が、舞が、そして月詠が駆け出した。

「どうやら、先程の人造兵士は、我々を試すためのものだったらしいな」
佐山が呟きながら走っている。その彼の手には舞が握られており、彼女の顔は佐山の手の中で赤くなっていた。新庄がそれに続く。
その新庄の前に月詠が立ちはだかる。
「退け!」と新庄は言った。
「退かん!」月詠も言った。
新庄が拳を振り上げる。月詠がそれを受けるために構える。だが、新庄は拳を止めて月詠の肩を掴み、そのまま押し倒した。
月詠の額から血が流れる。
「……女だからといって、殴らないとは限らんぞ新庄」「それでも構わない。でも、今は急がないと。あの子たちが危ない」
「……」
月詠が立ち上がり、新庄の手首を掴む。そして、彼女は新庄の耳元で言う。
「なら、一緒に戦おうじゃないか」
○ 地下通路を走る舞達三人の前方に出口が見えてきた。それは天井の低いトンネルで、外の明かりが見える。しかし、その光の中に複数の人影があるのが見えた。
先頭を走っていた月詠が新庄の手首を放した。新庄はその手をもう片方の手で握り締め、佐山と共に走る。
月詠が振り返り、新庄の背に向けて言う。
「ありがとう新庄。お前がいなければ、きっと我々は全員死んでいただろう」「いや、そんなこと……。それより月詠、君が無事でよかった」
「あぁ、新庄もな」
月詠は笑みを浮かべると再び前を向いて走る。
そして、月詠の目に、前方の出口に群がっていた生徒達が映った。彼らは皆、こちらを見ていた。だが、その中に新庄の母親がいるのがわかった。彼女はこちらを見て目を丸くしていた。
そして、彼女の背後には、数十人のゾンビがいた。○ 新庄の母親が口を開く。「……あなた達は……」
「お母さん」
「……どうしてここに……」
「話は後です」
月詠が言い、一歩踏み出す。「お前ら、何者だ?」
「僕らは」と新庄が言う。
「私たちは」と舞が言う。
「君らの味方だ」と月詠が言う。
ゾンビが一斉に動き始める。
「新庄、佐山、私の側を離れるな」
「うん」
「わかった」
ゾンビが襲いかかってくる。だが、それは後方から現れた者達によって阻まれた。それは制服を着た女子生徒たちで、彼女らは手に棒を持っていた。彼女たちは、襲ってきたゾンビを次々と打ち倒す。
「新庄、佐山、行け!」
新庄と佐山は走り出す。だが、そこにゾンビが一体、立ちふさがった。それは、新庄の母だった。
新庄の母は新庄に抱きつき、首筋にかみつこうとした。新庄は悲鳴を上げる。
「やめて!」
新庄は母の体を突き飛ばす。そして、倒れこんだ母に向かって、思い切り頭突きをした。
新庄の視界に火花が散る。
「……かはっ……」新庄はよろめきながら立ち上がり、もう一度、倒れた母親を見た。
母親は白目で口から泡を吹き出している。死んではいないようだったが、気絶しているようだ。しかし、すぐに起き上がってくることは想像できた。
新庄が周囲を見る。
舞と佐山は、新庄の後ろで戦い続けていた。その二人の周囲にゾンビが集まりつつあった。
「新庄!」
新庄は母親の方へ向き直る。そして、ゆっくりと歩き始めた。
新庄の耳に、遠くから声が聞こえてくる。
「新庄さん、早く逃げてください!」
「早くしないと間に合いませんわよー」
「早くしなさいよ!」
その時、舞が新庄に襲い掛かってきた。目は血走り、犬歯をむき出しにしている。鼻は猪のようで手足には吸盤がある。その顔はまさしく獣のそれだった。
「舞!?」
舞は新庄の首に食らいついた。
新庄は舞の頭を両手で掴んで引き離そうとするが、その力は強く離れない。
「舞、駄目だよ!」
新庄は叫ぶ。「お願いだから、正気に戻って!」
舞は新庄の喉笛に噛みついていたが、やがて口を離すと、その牙を新庄の胸に立てた。
「痛ッ」と新庄が声を上げ、舞の体が離れた。舞は床に転がって、体を震わせている。
「……ハァ……ハァ……ハッ……」舞は荒く息をしている。
新庄は舞に近づき、「ごめんよ。成仏してくれ」とナイフを突き刺した。「げえっ!」舞は素っ頓狂な叫びをあげて首を地面に転がした。「舞…許してくれ」
新庄は真っ二つになった舞の死体を置き去りにして走り出した。しかし、身体が鉛のように重くて倒れこんでしまう。全身が焼けるように熱い。新庄は胸を押さえながら、震える足を引きずって歩く。
「新庄! 新庄!」と誰かが呼んでいる気がするが、もう返事をする元気もない。
「新庄!」と月詠の声が聞こえる。
「月詠……? 無事だったんだね……」
「新庄! しっかりしろ! 傷を見せろ!」
新庄は仰向けに倒れる。その横を月詠が走り抜けていく。
「新庄! 今手当てをしてやるから!」
「いいんだよ。僕のことなんか気にしないで……」
「何を言っている! こんなところで死なれたら、私は困る!」
「いいや。近づくな!俺はゾンビに噛まれたんだ。俺の母親も舞もご覧の有様だ。あとは、わかるな?」
新庄は惨殺死体を見やった。ゾンビと化した母親と舞だ。「新庄…」月詠は絶句した。「佐山は?」と新庄が言う。「あいつもやられたのか?」
「いや、佐山は大丈夫だ。彼は私を助けてくれた。あの人造兵士どもと戦えるのは、佐山だけだ」
「そうか。じゃあ、さっさと逃げないとな。でも、この怪我では動けない」
「新庄」と月詠が言う。「新庄、聞いてくれ」
「ん?」
「実は、この施設には隠し通路があって、そこを通れば安全に外に出られる」
「本当かい?」
「ああ。だが、新庄、それはできない。君はゾンビになってしまった。正気でいられるも今のうちだけだろう。さようなら新庄」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...