彼女だって恋がしたい完結編~はてしなき出発(たびだち)

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シアの墓碑銘

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 ■ 魔力発電所上空
「愚者王がウイルスを患ったわ! 発電所の防衛システムはすべてシャットダウン。無防備よ」
 マークトゥエイン号を旗手として、女達が一斉に雪崩込む。
「戦闘純文学:グルーのパラドックス~」
 老婆が小娘の様に嬉々と叫べば、王国軍の攻撃がブーメランとなって自軍に跳ね返る。要塞化した防御網は総崩れになっていく。
「こっちも白魔術の乗っ取りに成功」
 マドモアゼルがコンソールを叩くと魔力タービン発電機の上空に島が現れた。
「総員退避!」
 マークトゥエイン号から女性軍のイアリングに指示が飛ぶ。
「きゃ~~」
 逃げ惑う女達を指さして剣士が嘲笑う。
「潰せ! 潰せ! 女どもを船ごと潰しちまえ」
 男達は島に向かって叫ぶ。
「お年寄りと子供連れが逃げ遅れてるわ」
 リアノンの指摘を受けフーガは戦術を変えた。
「しかたない。ダランベールのパラドックス、部分展開」
 船体からバリアが放たれた瞬間、魔力発電所が大爆発した。暴風が周辺施設を一瞬で打ち砕き、活火山のごとき噴煙が遥か成層圏まで沸き起こった。震度七強をゆうに超える揺れが王都を揺さぶる。
 竜巻がロボットどもを次々と吸い上げていく。機械の侵略者どもは一掃された。衝撃で愚者の塔が鞭打つようにゆらゆらと揺れている。
 リアノンの傍らに愛猫のごとく水晶玉が鎮座している。
「よっぽどこだわりがあるのね。 好きなの?」
 フーガは嫌味を言うとリアノンはぶんぶん首を振った。
「違うわよ。まだ、やることがあるのよ」
 ■ 女の終止符ピリオド
 髪をまとめていたノゾミのリボンから白煙があがっている。
「まだすることがあるわけ?!」
 シアが医療システムに訊ねる。
「皮膚常在菌が特権者に朗読されている恐れがあります。どんな病原性があるか不明です。繁殖予防のため、全剃します」
 AIは冷たい声でにべもなく返答した。
 バサリ。レーザーが束ねた髪を一刀両断した。
「うそ。うそ……」
 肩の高さで焼き切られた髪をしきりに手櫛するノゾミ。
 カプセルのガラスに涙目のユメミが映っている。
 片目を交互にウインクさせて、つるつるになった頭の右側、長いままの左側を交互に見比べている。
「ごめんなさい。わたしはもう誰の役にもたてないよ」
 シアは、気落ちして全身の力を抜いた。
 遥か頭上に恒星アリスが輝いている。両親を―せめて、その魂を探すという目標が霞んでしまうほどの眩しさだ。
 もう、どうでもいい。純粋無垢なあの世へ行きたい。
 天国ではチキバードに逢えるだろうか、
 彼女が死んだときにわたしの青い鳥も一緒に死んだんだ。
 鶏だってペンギンだって、飛べないなりに地上で頑張っている。
 でも、いくら努力しても追い風が吹いてくれなきゃ飛べないよ。
 調子こいていた自分がたどり着いた場所は、墜落。
 手をのばすだけで、あの空に届くと思い上がっていた。
 大脳をクローンボディに移植するための手術が始まった。
 生えかけた髪を電子剃刀が青々と剃り上げていく。
 僅かに残ったショーツの残骸をレーザーが体毛ごと焼き払う。
 全身ツルツルだ。まるでマネキンだよ。マネキン。あはは。
 シアは笑気ガスをたっぷりと吸い込み、意識を白濁させた。

 ■ 愚者王の宮殿
「構え、筒!」
 量子突撃銃を構えた戦闘純文学者が王宮の庭に整列している。
 純白の翼を持った王族達が磔にされている。
 妖精共和国臨時革命評議会の満場一致で愚者王と側近の処刑案を可決承認した。
 王宮は倒壊した愚者の塔に押しつぶされ小爆発を繰り返している。
「愚者王を戴いたのは愚民たちであるぞ! 」
 銃殺台の上で傀儡侯くぐつこうプリオスが「民意に従って愚者王に王権を禅譲した」と主張を繰り返している。
「立憲君主制を自ら否定する痴れ者めが!」
 彼の指摘は銃声にかき消された。
 機械頭脳の計算結果を歪曲して権威付けに利用していた貴族たちは庭に引きずり出され、粛々と銃殺されていく。
 革命の象徴としてマークトゥエイン号が王宮前広場に君臨し、国民に熱烈歓迎されている。
「革命はまだ半ばだけど、順調に進んでる」
 フーガは艦橋から王都を見下ろし、満足げに微笑んだ。
「こっちも革命完了よ。水晶球の歴史上ではシアは死んだわ。衛星バンケットルームは最後の撤退作戦が頓挫し、全員が玉砕したの」
 リアノンは寸刻を惜しんで呪いを注入し続けていた。
「そろそろ歴史を解放すれば? 新しい国には歴史が必要よ」
 このまま切り取った時空連続体の封印を続けるのは良くない。超空間に修復不可能な歪が生じるからだ。シアの属する時空はフーガ達の住む大宇宙の一部でもある。歴史のごく一部とはいえ恣意的な改変を続けるために抑圧するのは自然の摂理に反する。
「シアを葬るまでが復讐よ」
 リアノンの目が完全に座っている。
 逆らうと面倒だ。フーガは好きにさせた。
 ■ シアの墓碑銘
 ホワイトとブラックの二重奏。
 アムンゼン・スコット基地。中央作戦局のオフィスに喪服を着た少女達が集合していた。
 調度品は黒い壁紙、白い机、黒いデスクトップPCと白黒づくめに模様替えされた。
 今日だけの特別仕様。
 服装コードは黒のジャケット、白いブラウス、黒のぴっちりとしたミニスカート、白い太腿、黒いニーソックス。
 少女達の反応はさまざまだ。
 号泣している者、しゃくりあげている者、冷静な面持ちで一点を凝視する者。目を赤く腫らしている者。
「謁見室の対策が決まったよ」
 メディア・クライン中央作戦局長は黒檀の前で、命令書を広げて見せた。
 黒檀上に水差しと伏せたグラスがある。クラインはそれを良く見えるように掲げ、中身をそそいだ。
煮沸処分リセットだ」
 グラスの液体が青々とあわ立っている。超自然的な力が関与している。
「聞いているな? 特権者」
 クラインは見えない敵に対して念を押す。
「命も玩ぶだけで育む事をしない無能者どもめ。子供を授かる能力に恵まれた私たちに嫉妬しろ」
 クラインに続いて、少女たちが唱和した。
 シアの葬式は特権者に対する憎しみがふんだんに込められている。
 シア・フレイアスターの霊魂は喪失ロストした。完全に滅びた。
「諸君、爆撃を開始する」 拳でドン!と黒檀を打つクライン。
 確率変動に毒された特権者を惑星ごと滅ぼす方法がたった一つだけある。
 森羅万象を操る彼らもビッグバンは起こせない。局所的に宇宙が誕生した直後の状態にリセットすればいい。
 背後の壁面モニタに抜け殻と化した宇宙船が映し出された。
 メイン意識メイドサーバントを喪失したシア・フレイアスター号は、惑星ハートの女王と衛星謁見室の中間軌道上で全機能を凍結していた。
 遠隔操作で再起動される。
 真っ暗な艦橋が一斉に白熱する。計器類が白銀の世界と化す。メーターがエメラルドグリーンに彩られる。蛍光した池が点在するようだ。
「リョウカイ。開闢爆弾ヲ投下シマス」
 サンプリングされたシアの肉声が途切れがちに再生される。
「開闢爆弾投下」
 艦底のプラネットボンバーユニットが開き、大量の棺がばら撒かれる。ほんとうに空の棺だ。
 確率変動に汚染された地上は身の毛もよだつ生態系が栄えていた。
 紫、ダークグリーン、ピンク、黒、スカイブルーなど毒々しい色の黴が我が世の春を謳歌している。
 葬式の参列者は屈指の戦闘純文学者だ。
 強力な召還術式で棺に収まった架空の人物を呼ぶ。
 すると、その呪文は優秀すぎるあまり、遥かな時を遡ってまで対象者を探し求める。
 遂に宇宙開闢の時に到達して、なおかつ該当者がいなければビッグバンを乗り越えて更に探し求める。
 膨張から収縮に転じた「ビッグバン以前」の宇宙を呪文がスキャンする。
 その瞬間に宇宙の因果律が局所的に崩壊し、ローカルビッグバンが起きる。
 超高温、超高圧の創世エネルギーが惑星ハートの女王を再創造した。
「ロールバック、上書き開始」
 フラッシュする昼夜。ヘッドライトの濁流。物凄い勢いで流れる雲。開闢爆弾がフルスピードで都市の生前を回想する。
「理想現実。膾炙します」
 オペレーターの赤毛の少女が黒い筒から巻紙を取り出し朗読する。
 特権者に朗読されたら、朗読し返せばいいのだ。

 惑星と衛星が一瞬、英数字や記号で構成された偶像になり、星空も何も無い、真っ白な空間だけが残った。
「惑星 クイーン・オブ・ハートの衛星 バンケットホール」
 戦闘純文学者は世界を記述する能力を持っている。
「強い人間原理」は量子力学の波動方程式から導き出された知的生命体固有の能力。人間は観測するという行為を通じて標的の帰趨を決定づける。その力に秀でた者こそが戦闘純文学。彼女がバンケットホールの理想像に膾炙していく。

 コ、コ、、、、、コ、、、、コココココココ……と黒い活字が空間にタイプされていく。
 コココココココココココ、コ、コ           こっ!
 打鍵終了。
 星空が次第に浮かび上がってくる。雲がかかった青い衛星。
 地上では公園で少女のカップルが恋を囁き、レストランでは若い女がテーブルを挟んで事務的なやりとりをしている。
 テラスでカノジョをお嬢様だっこしていた娘が頬を擦り付けて微笑む。
 絵に描いたような平和な歴史が何事も無かったようによみがえる。
 というか、たった今、描かれたのだが。
 特権者の「感想文」で荒らされた「現実」を削除した。
 過去ログ補完終了ロールバック
 こうして、恒星アリスの星々は旧態に復した。


 ロールバック作業の間に衛星謁見室から回収したシアの遺体が焼き上がった。

 背面モニタがせり上がり、金庫室のような部屋に明かりがともった。
「それでは、お開けいたしますっ!」
 制服の男が金庫に向かって合掌し、一礼すると分厚い金属の扉を開いた。
 がんっ!
 熱気をぶちまけて、コンベア上にお棺が飛び出してきた。
 焼き立てであることを生き生きと主張している。
 ある意味、逆説的である。
 必死で突っ立っている死体。そんな形容が相応しい。
「シアちゃん!」
「しあ」
「シア君」
「小笠原さーん」
「シア子」
「しーや」
「シアたそ」
「シアね~さま」
 生前に親しかった同僚が棺に駆け寄る。
 男が片手を無言で伸ばし、制止。
 乳白色の骨片がぎっしり詰まっている。ガッガッと火箸で掻き分ける彼。
「きれいなお骨ですよ。これが、左薬指の爪先です。こっちは尾てい骨」
 彼が拾い上げて説明する。
 冷静に眺めている存在がいた。
 この世の存在ならざる声がいう。
「これが、わたし?」

「うああぁぁぁぁあああん」
 少女がコンテナにすがりつく。
 霊魂がマジマジと遺灰を眺める。
「へぇ、脊椎の骨って金太郎飴を切ったみたいにスパっと角がたってるんだ」
「シアは……ロストして自然解放された霊魂は全く新しい魂となって新生児に宿る。ノゾミとユメミも可哀想な事をした。出来れば特権者も惑星プリリム・モビーレも蘇生術もない時代に生まれ変わってほしい。現世のしがらみを持ったままズルズルと復活を繰り返す事が果たして幸福なのだろうか」
 クライン部長がまるで、相手がそこにいるかの様に一人語る。
「いや、あたしはここにいるんですけど……」
 霊魂が困惑している。
 ロストした魂
 はただちに崩壊する訳ではない。宿るべき生命が現れるまで半永久的にさまよい続ける。死ぬことも生きる事もできず、どっちつかずの状態で苦しみ続ける。
 ある宗教ではこれを煉獄と呼んでいる。
 蘇生術を支える霊魂回収システムもクローニングも万能ではない。もっとも霊魂の追跡技術が進歩すればロスト問題も解決できるだろうが。

 真っ白な骨盤が灰の中から拾い上げられた。
 材木の断面の様に細かい筋が刻まれた軽石といった感じだ。
「へー、ヒップボーンとかヒップハングのショーツっていうじゃない。ここに引っ掛けて履くのね」
 シアの霊魂も興味深げに遺骨を眺める。
 お棺にすがり付いていた少女が、やおらブラウスのボタンをはずし始める。いかにも、もどかしいという感じで、ばっさばっさと脱ぎ捨てる。
 彼女は自分のショーツをシアの骨盤にかけてあげる。胸があったとおぼしき場所にブラを置く。
「突然の災難で、ご出棺のお化粧もできなかったものね」
 女は泣きじゃくりながら、スカートとブラウスをその上に置いて整える。
 そして査察機構の黒いビキニ姿になり、敬礼した。「三途の川を三度越えて下さい」と手向けの言葉を贈った。
 残りの少女たちも、脱いだ喪服のミニスカートとブラウスを自分の足元に横向きに並べ、ブラとショーツを置く。
 自分の死体を拝むようだ。
 合掌して敬礼。
「まいそうされます」
 制服の男が一礼すると、墓石がせり上がった。

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