正義を捕まえた正義

朝香 龍太郎

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ストーカーの追憶2

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「はぁ、また自殺か。なんでこんなにも自殺したい人が多いのかね。」
男は呆れた。
そして,いつものことのように彼女に声をかける。
「君。そんなところで何を・・・。」
言い終わる前に男は気づいた。

彼女は笑っていた。
涙を流していない。本心から笑っている。
男は,3人の自殺志望者を見てきたから気づいていた。自殺する人の心は,決してポジティブなものではない。その心を誤魔化すために,泣きながら作り笑いをすることを。
しかし目の前の彼女は本心で笑っている。
まるで,夏休み前日の学生の,あるものから解放されるような彼女の笑みに,男は恐怖した。

自分が過去にやったように,話し合いで諦めさせられないだろうと男は感じた。
かと言って警察に連絡するか?いや,警察がいくら彼女をいくら諭したとしても,諦めさせられないだろう。

「君,そんなところで何をしているんだ?」
「見ての通り自殺よ。首を吊って死ぬの。」
彼女は,驚いた様子も恐れている様子もなく,男に話す。
「俺がもし,やめろと言ったらやめるのか?」
「そんなわけないでしょう。あなたがどんな説得をしても,結果は変わらないわよ。」
彼女の足が踏み台の椅子から離れようとしたその時,男はこう話しかけた。
「俺の目の前で死ぬな。不愉快だ。」
女は動きを止め,男の方を見た。
「フフッ。いいですよ。」
そう言うと,女は首から縄を外し。どこかへ行ってしまった。
男は後をつける。辿り着いたのは,男が住むアパート。しかも隣の1003号室だった。
女が部屋に入った後,自分の部屋に入り,1003号室側の壁に耳をつけた。
聞こえたのは,何かをひこずる音,どこかに紐をくくりつけるような音,そしてひこずってきた何かに乗る音。
もしかしてあの女は,椅子をひこずり,縄をどこかに結び,その椅子を踏み台に首を吊るつもりじゃないだろうか。
そう考えた時には,男は隣の部屋に向かっていた。1003号室のインターホンを鳴らす。
「はーい。」
そう言いながら出てきた彼女は,男を見ると少し驚いた表情を浮かべた。
「言いましたよね?俺の目の前で死ぬなって。」
女は少し笑い,
「わかりました。」
と返した。

男はこの日から,彼女をつけ回すようになった。
全てはあの女を自殺させないためだった。
そしてのちに,このセリフを7回,言うことになった。
ストーカーとして警察に捕まるまでに。
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