魔王の器

本谷紺

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 目が覚めると知らない天井があった。

 寝起きのぼんやりとした頭で考える。ここがどこなのか。横たわるベッドの感触もいつもと違う。これはどういう状況なのか。
 まず、昨夜のことを思い出そうとする。眠りにつくまでのこと。
 そうして思い出す。
 途端、衝撃に胸が詰まった。ベッドの上でごほごほと咽る。

 そうだ。
 俺は眠りについてなんていなかった。
 自分の部屋の、自分のベッドに潜り込むことなく、そうだ、俺は――

 俺は、死んだはずだ。

 どれだけ記憶の糸を手繰っても、思い出される最後の記憶は目の前に迫るトラックだった。とてもじゃないが回避などできない、眼前に、文字通り触れ合う距離に迫った「死」。最後の瞬間まではさすがに覚えていないけれど。そんなもの覚えていた方が困る。

 苦しみながら咳をして、落ち着いてきた頃になってようやく、自分自身の異変にも気付いた。
 口元にあてていた手。腕。体にかかっていた布団をめくって、腹や足。着ている服に見覚えがないのはともかく、体そのものに違和感がある。肌の色、指の長さ――これは、俺が知っている俺の体じゃない。

 ベッドの上から改めて室内を見回す。
 やっぱり知らない部屋だ。知らないだけじゃなく、妙な部屋。床も壁も木の質感がむき出しで、天井には照明もなく、置いてある家具もレトロと言うか、ボロいと言うか……言ってしまえば、目に映る何もかもが現代的じゃないのだ。

 ひとつ、可能性が頭に浮かんだ。あまりに突拍子もないものだから一人でかぶりを振って、でももしかしたら、と再考する。

 俺はもしかしたら、死んで異世界に飛ばされたんじゃないか?

 突拍子もない。現実的じゃない。まともじゃない。有り得ない。
 けど、俺の体も環境も何もかもが変わってしまっているのは現実なのだ。

 俺の思い付きに答えを示すかの如く、タイミングよくドアが開かれた。
 見知らぬ女の子が驚いた顔で俺を見ている。かと思えばすぐに笑顔になった。

「よかった、起きたのね。大丈夫? 痛いところはない?」
「……」

 質問には頷きで返す。
 俺の方から聞きたいことは山のようにあった。そのせいで逆にどこから手をつけていいものやら分からず、困った結果黙ってしまう。

 そんな俺の様子をどう解釈したのか、彼女は笑顔のまま言葉を続けた。

「覚えてるかな。あなた、村の外で倒れてたのよ」

 今度は首を横に振る。俺に分かるのはトラックにはねられただろうところまでで、村とやらに行った覚えはない。

「名前は?」
「……」

 沈黙を保つ俺に、彼女は少し困ったような顔になる。

「覚えてないの?」

 もちろんそんなことはない。何がどうなったかは知らないが、俺にとって事故で死んだのはつい昨日のことだ。自分の人生についてははっきり記憶している。
 けれどそれらについてあまりぺらぺら喋らない方がいいと判断した。漫画やアニメでしか見たことのない現象を他人に話して信じてもらえる保証はない。もっと状況を見極めなければ。

 幸いにも俺の態度は不審がられることもなく、彼女は「大丈夫、心配しないで」と俺を励ました。記憶喪失患者とでも思われたらしい。

 その日から、見ず知らずの小さな村での俺の新しい生活が始まった。
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