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13・欲と熱_1
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誰かが、あるいは天花自身が天花を呪っているのなら、逆の呪いで縛り付けてでも天花には生きていて欲しかった。
「人を殺しただとか、誰かを不幸にしただとか、そんなことは関係ない。俺が天花に死んでほしくないだけだ」
「でも」
「何も言うなって言っただろ」
今は何も否定せずに、ただ自分の言葉を聞いて欲しかった。言いたいことをまとめるとたった一言だけど、それはどうしても届けたいのに届かなくてもどかしい言葉でもあった。
「俺は天花が抱えているものに気付けなかった。それなのに何を言ってるんだって思うかもしれない。でも、死んでほしくないんだ」
言葉を封じられた天花は弱々しく首を横に振る。瞳が揺れて、涙が溢れ落ちた。
「頼むから、もう自分の命を簡単に投げ出すようなことはやめてくれ」
天花が恭一を見上げて何かを言おうとする。それがこれまでの否定の言葉とは違うことを察知した恭一は、天花の言葉を促した。
「……どうすればいいか、わからないの」
天花は震える声で呟いた。
「今までずっと……こうやって生きてきたから、それ以外の方法がわからない。自分が自分でなくなるみたいで、すごく怖い」
「天花……」
「お兄ちゃんと一緒にいると、自分のことがどんどんわからなくなる。何か大事なものが壊れてしまいそうになる」
母に憎まれ、様々な要因が重なったとはいえ自分の行動がきっかけで母を死なせてしまった。そのあとからずっと、天花は自分自身を否定しながら生きてきたのだろう。そうすることで自分を守ってきたのだろう。だからこそ、天花を大切に思う人のことを受け入れられない。間壁皓を傷つけてしまったのは、おそらくそれが原因だ。皓の想いを、そして自分の皓への想いを受け入れてしまったら、自分を守っていたものが壊れてしまうから。
「だから、これ以上……私を壊さないで」
恭一は首を横に振った。天花の願いは二律背反だ。言葉に出されたものが全てではない。けれど言葉の裏側の願いは、天花自身に縛られて表に出てくることはない。
「――壊れてしまったら、全部俺のせいにしていいから」
涙を溜めた大きな目が見開かれる。揺れる水面のような瞳。吸い込まれそうな深い淵を見つめているうちに溢れ出したのは、愛とはとても呼べない、どす黒い欲望だった。
「何、言って……」
「俺のことならどれだけ責めてもいい。お前のせいだって言われても一向に構わない。だから――もう、勝手にいなくならないでくれ」
天花は気付いているだろうか。自分自身を守ってきたものが壊れることを恐れる天花を、いっそ壊してしまいたいと思っているということを。抱いている感情は、あまりにも身勝手なものだった。そこにあるのは欲でしかないから、天花の望みなど無視して好きなことが言えるのだ。
「人殺しなんだよ、私」
「そうだな。でも俺も人を殺してる」
「なのにどうして……私にはそんな資格なんてないのに」
「資格なんて関係ない。人殺しだろうが何だろうが、俺が勝手に想ってるだけのことなんだ」
天花はゆっくりと体の力を抜いた。呆れたような笑みを浮かべて、必死になっている恭一を見上げる。
「……全部、お兄ちゃんのせいだからね」
天花が恭一の頬に手を伸ばす。恭一はそれに応えるように、互いの唇を静かに合わせた。
「――大体お兄ちゃんが予想した通りだよ。私は深色に、お母さんが私に毒を盛ってるって話を聞いて……でも、どちらが死ねばいいのかは決められなかった。だから深色にもらった睡眠薬と、自分で集めた種を片方のコップにだけ入れて、お母さんがどっちを選ぶかは賭けだった」
「……そこでその睡眠薬を入れなければ、助かったかもしれないけどな」
「うん。でも……私が毒だと思って入れたのは事実なんだよ」
天花は静かに、これまで起きたことを話し始めていた。天花が泊まっている民宿の部屋で、二人は並んで座っていた。
「ずっと、それを誰にも言えずにいた。……皓には、少しだけ話したけど」
おそらくはそれを話してしまうくらいには心を許していたのだろう。そしてそこまで心を許していたからこそ、傷つけることになってしまった。結果的にはいい方に転んだと言えるが、一歩間違えば間壁皓も死んでしまう可能性はあったのだ。
「このまま墓場まで持っていくんだと思ってたけど、あの日――あいつが調査会社に調べさせたっていう書類を持って、私を問い詰めてきた」
父は何故、天花へ疑いを向けたのだろう。死んでしまった今となってはそれを聞くことはできない。母のことは確かに想っていたのか、それとも支配欲を満たすための存在がいなくなってしまったと感じていたのか。今できるのは推測だけだ。
「お前が殺したんだろ、って言われて……私はそれを認めた。そしたら怒り狂ったあいつに首を絞められて、咄嗟に近くにあった包丁で刺して、それからあの調査書は処分しなきゃいけないと思って、火を点けた」
「諸悪の根源はお前だろって言いたいところだけどな。――俺は、何も見えてなかったんだな」
自分も住んでいたはずの家で起きていたことに気が付かなかった。天花のことは気にかけていたはずなのに、だ。俯く恭一に天花は力の抜けた笑みを見せる。
「仕方ないよ。私もあんまり家にはいないようにしてたし」
「もっと早く気が付いていたら、何か変わったのかもしれないけどな」
少なくとも、天花が二人も人を殺すことはなかったかもしれない。けれど後悔しても過去は変えられはしないのだ。
「こんなこと言ったら変かもしれないけど……二人を殺したことは、後悔はしてないよ」
「……俺は結構後悔してるけどな」
「ふふ。お兄ちゃんと私はやっぱりちょっと違うよ」
殺人の一線を超えてはいるけれど、人殺しとして生きていく覚悟は全く違っていたのだろう。どこか儚げに微笑む天花を、恭一は静かに床に押し倒した。どちらからともなく唇を合わせて、脚を絡ませる。
その肌に触れた瞬間に頭の芯が痺れてしまう。本能に誘われるように、恭一は天花の体に溺れていった。
「人を殺しただとか、誰かを不幸にしただとか、そんなことは関係ない。俺が天花に死んでほしくないだけだ」
「でも」
「何も言うなって言っただろ」
今は何も否定せずに、ただ自分の言葉を聞いて欲しかった。言いたいことをまとめるとたった一言だけど、それはどうしても届けたいのに届かなくてもどかしい言葉でもあった。
「俺は天花が抱えているものに気付けなかった。それなのに何を言ってるんだって思うかもしれない。でも、死んでほしくないんだ」
言葉を封じられた天花は弱々しく首を横に振る。瞳が揺れて、涙が溢れ落ちた。
「頼むから、もう自分の命を簡単に投げ出すようなことはやめてくれ」
天花が恭一を見上げて何かを言おうとする。それがこれまでの否定の言葉とは違うことを察知した恭一は、天花の言葉を促した。
「……どうすればいいか、わからないの」
天花は震える声で呟いた。
「今までずっと……こうやって生きてきたから、それ以外の方法がわからない。自分が自分でなくなるみたいで、すごく怖い」
「天花……」
「お兄ちゃんと一緒にいると、自分のことがどんどんわからなくなる。何か大事なものが壊れてしまいそうになる」
母に憎まれ、様々な要因が重なったとはいえ自分の行動がきっかけで母を死なせてしまった。そのあとからずっと、天花は自分自身を否定しながら生きてきたのだろう。そうすることで自分を守ってきたのだろう。だからこそ、天花を大切に思う人のことを受け入れられない。間壁皓を傷つけてしまったのは、おそらくそれが原因だ。皓の想いを、そして自分の皓への想いを受け入れてしまったら、自分を守っていたものが壊れてしまうから。
「だから、これ以上……私を壊さないで」
恭一は首を横に振った。天花の願いは二律背反だ。言葉に出されたものが全てではない。けれど言葉の裏側の願いは、天花自身に縛られて表に出てくることはない。
「――壊れてしまったら、全部俺のせいにしていいから」
涙を溜めた大きな目が見開かれる。揺れる水面のような瞳。吸い込まれそうな深い淵を見つめているうちに溢れ出したのは、愛とはとても呼べない、どす黒い欲望だった。
「何、言って……」
「俺のことならどれだけ責めてもいい。お前のせいだって言われても一向に構わない。だから――もう、勝手にいなくならないでくれ」
天花は気付いているだろうか。自分自身を守ってきたものが壊れることを恐れる天花を、いっそ壊してしまいたいと思っているということを。抱いている感情は、あまりにも身勝手なものだった。そこにあるのは欲でしかないから、天花の望みなど無視して好きなことが言えるのだ。
「人殺しなんだよ、私」
「そうだな。でも俺も人を殺してる」
「なのにどうして……私にはそんな資格なんてないのに」
「資格なんて関係ない。人殺しだろうが何だろうが、俺が勝手に想ってるだけのことなんだ」
天花はゆっくりと体の力を抜いた。呆れたような笑みを浮かべて、必死になっている恭一を見上げる。
「……全部、お兄ちゃんのせいだからね」
天花が恭一の頬に手を伸ばす。恭一はそれに応えるように、互いの唇を静かに合わせた。
「――大体お兄ちゃんが予想した通りだよ。私は深色に、お母さんが私に毒を盛ってるって話を聞いて……でも、どちらが死ねばいいのかは決められなかった。だから深色にもらった睡眠薬と、自分で集めた種を片方のコップにだけ入れて、お母さんがどっちを選ぶかは賭けだった」
「……そこでその睡眠薬を入れなければ、助かったかもしれないけどな」
「うん。でも……私が毒だと思って入れたのは事実なんだよ」
天花は静かに、これまで起きたことを話し始めていた。天花が泊まっている民宿の部屋で、二人は並んで座っていた。
「ずっと、それを誰にも言えずにいた。……皓には、少しだけ話したけど」
おそらくはそれを話してしまうくらいには心を許していたのだろう。そしてそこまで心を許していたからこそ、傷つけることになってしまった。結果的にはいい方に転んだと言えるが、一歩間違えば間壁皓も死んでしまう可能性はあったのだ。
「このまま墓場まで持っていくんだと思ってたけど、あの日――あいつが調査会社に調べさせたっていう書類を持って、私を問い詰めてきた」
父は何故、天花へ疑いを向けたのだろう。死んでしまった今となってはそれを聞くことはできない。母のことは確かに想っていたのか、それとも支配欲を満たすための存在がいなくなってしまったと感じていたのか。今できるのは推測だけだ。
「お前が殺したんだろ、って言われて……私はそれを認めた。そしたら怒り狂ったあいつに首を絞められて、咄嗟に近くにあった包丁で刺して、それからあの調査書は処分しなきゃいけないと思って、火を点けた」
「諸悪の根源はお前だろって言いたいところだけどな。――俺は、何も見えてなかったんだな」
自分も住んでいたはずの家で起きていたことに気が付かなかった。天花のことは気にかけていたはずなのに、だ。俯く恭一に天花は力の抜けた笑みを見せる。
「仕方ないよ。私もあんまり家にはいないようにしてたし」
「もっと早く気が付いていたら、何か変わったのかもしれないけどな」
少なくとも、天花が二人も人を殺すことはなかったかもしれない。けれど後悔しても過去は変えられはしないのだ。
「こんなこと言ったら変かもしれないけど……二人を殺したことは、後悔はしてないよ」
「……俺は結構後悔してるけどな」
「ふふ。お兄ちゃんと私はやっぱりちょっと違うよ」
殺人の一線を超えてはいるけれど、人殺しとして生きていく覚悟は全く違っていたのだろう。どこか儚げに微笑む天花を、恭一は静かに床に押し倒した。どちらからともなく唇を合わせて、脚を絡ませる。
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