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第一部
特殊エピローグ:12年後の初出張
ディスプレイに懐かしい名前が映し出された。ここ数年は噂は聞いているが、年賀状などのやりとりぐらいしかしていない相手だ。一体何の用だと思って電話に出た。
「どうした、急に電話なんて」
電話の主は市来榛斗。玖堂がこちらに引っ越す前に出会った青年で、今は民警として活躍している。どうやら優秀らしく、その活躍は遠く離れたところにいる玖堂の耳にも入っていた。そして律儀に毎年年賀状を送ってくる真面目な男なので、そこに書いてある短い近況報告により、彼に弟妹ができたということも知っていた。
榛斗は先日起きたある事件の追加の調査をしているらしい。それに関連して玖堂に聞きたいことがあるという。
「聞きたいことって言ったって、俺はそっちを離れてから十年ぐらい経ってるんだ。正直、お前の方が詳しいんじゃないのか?」
『聞きたいのは、玖堂がそっちに行ってすぐに起きた事件のことなんですよ。教誨師が中学生の男の子を誘拐した事件なんですけど、覚えてます?』
「――忘れるのは無理だなぁ。何せ、その中学生が今や部下だからな」
そう言うと、榛斗は少し驚いたようだった。電話をかけてくる前に十年前に書かれた報告書には目を通しているだろうが、そこにはその後被害者がどうなったかなどは書かれていないからだ。
「で、なんで今更あの事件の話を?」
『こっちで少し前に結構大きな事件があったの知ってます?』
「あれを知らない民警はモグリだろ。サーペンティンの社長がマッチポンプやってた話はこっちだって迷惑してんだ」
玖堂がこちらに来てから、古巣に新しい民警会社が出来て、そこが勢いを伸ばしているらしいということは聞いていた。軍隊のような規律を持った優秀な民警会社。しかしその新興民警会社の社長は天使である天堂樹で、しかも秘密裏に捕らえた怪異に自らの血を与えて暴走させて野に放ち、自社の民警たちに倒させるというマッチポンプをやっていたのだ。おかげで現在、民警に対する風当たりは強くなっている。
そこまで思い起こしたところで、玖堂は気がついた。同時に榛斗が電話をかけてきた理由も理解できた。
「確かに、捕らえた怪異に自分の血を与えて暴走させて人を襲わせる手法なんかはそっくりだな」
ユキチを救出に行くときに襲われた怪異たちがそうだった。事件の詳細を記述するときに、確かにその件についても書いた記憶がある。
「あの手法、天使の間で流行ってたりするのか?」
『天使の中での流行は俺も知らないですけど……天堂樹の調査によりわかった事実がひとつありまして。それが、天使って性別ないらしいんですよね』
「いやそれは取り調べする必要もなくわかることだろ。天使は性別もないし、なんなら姿形も変えようと思えば――つまりお前は、『サーペンティンの社長・天堂樹と教誨師・ティファリアは同一の存在である』ってことが言いたいのか?」
『話が早くて助かります。まだ仮説の段階ではあるんですが』
「いや、そもそもどうやってその仮説を立てたんだよ。さすがに解析魔法と調査だけでそこまでわかるのか?」
昔、数回だけ会ったことのある彼が、今やトップクラスの解析術師になっていることは知っていた。しかしそれを加味しても、榛斗がその仮説に辿り着くまでの機序がわからなかった。
『これに関しては、純粋に警察の尋問の中で『十年ほど前に弱い怪異に天使の血を与えて暴走させたらどうなるかを試した』と言っていたらしくて、該当する事件の記録がないか、民警が残している記録を手当たり次第に調べて、ヒッとしたのがそれだけだったってだけです』
「それは気が遠くなりそうな量だな。……で、その記録を書いたのが俺だったから、直接話を聞いた方が早いと思って電話してきたってことか。でも話せることはそんなにはないぞ。その報告書に書いてある以上のことは俺にもわからない」
『ですよね……』
「こっちに来てすぐの事件だったしな。……あのとき大分深手を負わせてやったけど、十年ぐらいしか大人しくしてなかったってことか」
『サーペンティンの設立時期を考えたら五年くらい……下準備の時期も入れたら一年も大人しくしてなかったでしょうね』
「随分タフな天使様だねぇ。でも一応捕まってるんだろ? それなのに民警が過去の事件にまで遡って調べるようなことがあるのか?」
警察に捕まっているということは、民警のやることはほとんど終わっている。検察や警察の裏付け調査に協力することはあるが、基本的にはもう司法の手に委ねられる段階のはずだ。
『あの天使がずっと大人しくしてると思います?』
「……思わねえな。やろうと思えば脱獄することすらできるだろうしな」
『それどころか拘留されてるのに聖槍会の事件にも一枚噛んでるような状況で。大人しくしてくれていればそれでいいんですけど、仮にもし脱走してこちらに攻撃を仕掛けてきたときに対抗する手段を考えておきたくて』
「成程な。意図は理解できたが……かといっていい情報を渡せるわけでもないところが申し訳ないな」
玖堂は電話をしながらカレンダーを見る。今の仕事の管理はユキチがやっていて、そこに今後の予定が書かれているのだ。
『この件も含めて一度ゆっくり話をしたいと思っていたんですけど……今度の連休とかって何か予定ありますか?』
「少なくとも仕事はないみたいだな。何だったらユキチも連れて遊びに行ってもいいけど」
『そうですね……玖堂さんの方が負担でなければですけど』
「……交通費とか出る?」
『出して欲しいなら出しますけど』
「冗談だよ。一応仕事ではあるから経費でいけるだろ」
そこは玖堂の裁量でどうにかできるところではある。榛斗は小さく笑って言った。
『別に出せる金額ですけどね。特急列車の座席一両分に比べたら安いし』
「どうしたら特急列車一両分の座席を買う羽目になるわけ?」
『色々あったんですよ』
それは是非とも話を聞いてみたいところではある。知らない間に随分と大事に巻き込まれていたということはわかった。
「ああ、じゃあ連休にそっちへ顔を出すよ。その『一両分の座席』の話、酒の肴にゃ最高そうだ」
玖堂はそう言って電話を切った。受話器を置くと、事務所内には独特の静寂が戻る。
「ところであいつは何してんだ?」
「ユキチ様なら、書類を提出したあとで岬様と仲良くお話ししているようです」
千里眼で見たらしい泪泪が言う。玖堂はカレンダーに印をつけながら言った。
「油を売れるとは随分余裕が出てきたじゃねえか。初めての出張とか言ったらびっくりするだろうな」
玖堂はにやりと笑って、弟子兼助手にメールを打ち始めるのだった。
「どうした、急に電話なんて」
電話の主は市来榛斗。玖堂がこちらに引っ越す前に出会った青年で、今は民警として活躍している。どうやら優秀らしく、その活躍は遠く離れたところにいる玖堂の耳にも入っていた。そして律儀に毎年年賀状を送ってくる真面目な男なので、そこに書いてある短い近況報告により、彼に弟妹ができたということも知っていた。
榛斗は先日起きたある事件の追加の調査をしているらしい。それに関連して玖堂に聞きたいことがあるという。
「聞きたいことって言ったって、俺はそっちを離れてから十年ぐらい経ってるんだ。正直、お前の方が詳しいんじゃないのか?」
『聞きたいのは、玖堂がそっちに行ってすぐに起きた事件のことなんですよ。教誨師が中学生の男の子を誘拐した事件なんですけど、覚えてます?』
「――忘れるのは無理だなぁ。何せ、その中学生が今や部下だからな」
そう言うと、榛斗は少し驚いたようだった。電話をかけてくる前に十年前に書かれた報告書には目を通しているだろうが、そこにはその後被害者がどうなったかなどは書かれていないからだ。
「で、なんで今更あの事件の話を?」
『こっちで少し前に結構大きな事件があったの知ってます?』
「あれを知らない民警はモグリだろ。サーペンティンの社長がマッチポンプやってた話はこっちだって迷惑してんだ」
玖堂がこちらに来てから、古巣に新しい民警会社が出来て、そこが勢いを伸ばしているらしいということは聞いていた。軍隊のような規律を持った優秀な民警会社。しかしその新興民警会社の社長は天使である天堂樹で、しかも秘密裏に捕らえた怪異に自らの血を与えて暴走させて野に放ち、自社の民警たちに倒させるというマッチポンプをやっていたのだ。おかげで現在、民警に対する風当たりは強くなっている。
そこまで思い起こしたところで、玖堂は気がついた。同時に榛斗が電話をかけてきた理由も理解できた。
「確かに、捕らえた怪異に自分の血を与えて暴走させて人を襲わせる手法なんかはそっくりだな」
ユキチを救出に行くときに襲われた怪異たちがそうだった。事件の詳細を記述するときに、確かにその件についても書いた記憶がある。
「あの手法、天使の間で流行ってたりするのか?」
『天使の中での流行は俺も知らないですけど……天堂樹の調査によりわかった事実がひとつありまして。それが、天使って性別ないらしいんですよね』
「いやそれは取り調べする必要もなくわかることだろ。天使は性別もないし、なんなら姿形も変えようと思えば――つまりお前は、『サーペンティンの社長・天堂樹と教誨師・ティファリアは同一の存在である』ってことが言いたいのか?」
『話が早くて助かります。まだ仮説の段階ではあるんですが』
「いや、そもそもどうやってその仮説を立てたんだよ。さすがに解析魔法と調査だけでそこまでわかるのか?」
昔、数回だけ会ったことのある彼が、今やトップクラスの解析術師になっていることは知っていた。しかしそれを加味しても、榛斗がその仮説に辿り着くまでの機序がわからなかった。
『これに関しては、純粋に警察の尋問の中で『十年ほど前に弱い怪異に天使の血を与えて暴走させたらどうなるかを試した』と言っていたらしくて、該当する事件の記録がないか、民警が残している記録を手当たり次第に調べて、ヒッとしたのがそれだけだったってだけです』
「それは気が遠くなりそうな量だな。……で、その記録を書いたのが俺だったから、直接話を聞いた方が早いと思って電話してきたってことか。でも話せることはそんなにはないぞ。その報告書に書いてある以上のことは俺にもわからない」
『ですよね……』
「こっちに来てすぐの事件だったしな。……あのとき大分深手を負わせてやったけど、十年ぐらいしか大人しくしてなかったってことか」
『サーペンティンの設立時期を考えたら五年くらい……下準備の時期も入れたら一年も大人しくしてなかったでしょうね』
「随分タフな天使様だねぇ。でも一応捕まってるんだろ? それなのに民警が過去の事件にまで遡って調べるようなことがあるのか?」
警察に捕まっているということは、民警のやることはほとんど終わっている。検察や警察の裏付け調査に協力することはあるが、基本的にはもう司法の手に委ねられる段階のはずだ。
『あの天使がずっと大人しくしてると思います?』
「……思わねえな。やろうと思えば脱獄することすらできるだろうしな」
『それどころか拘留されてるのに聖槍会の事件にも一枚噛んでるような状況で。大人しくしてくれていればそれでいいんですけど、仮にもし脱走してこちらに攻撃を仕掛けてきたときに対抗する手段を考えておきたくて』
「成程な。意図は理解できたが……かといっていい情報を渡せるわけでもないところが申し訳ないな」
玖堂は電話をしながらカレンダーを見る。今の仕事の管理はユキチがやっていて、そこに今後の予定が書かれているのだ。
『この件も含めて一度ゆっくり話をしたいと思っていたんですけど……今度の連休とかって何か予定ありますか?』
「少なくとも仕事はないみたいだな。何だったらユキチも連れて遊びに行ってもいいけど」
『そうですね……玖堂さんの方が負担でなければですけど』
「……交通費とか出る?」
『出して欲しいなら出しますけど』
「冗談だよ。一応仕事ではあるから経費でいけるだろ」
そこは玖堂の裁量でどうにかできるところではある。榛斗は小さく笑って言った。
『別に出せる金額ですけどね。特急列車の座席一両分に比べたら安いし』
「どうしたら特急列車一両分の座席を買う羽目になるわけ?」
『色々あったんですよ』
それは是非とも話を聞いてみたいところではある。知らない間に随分と大事に巻き込まれていたということはわかった。
「ああ、じゃあ連休にそっちへ顔を出すよ。その『一両分の座席』の話、酒の肴にゃ最高そうだ」
玖堂はそう言って電話を切った。受話器を置くと、事務所内には独特の静寂が戻る。
「ところであいつは何してんだ?」
「ユキチ様なら、書類を提出したあとで岬様と仲良くお話ししているようです」
千里眼で見たらしい泪泪が言う。玖堂はカレンダーに印をつけながら言った。
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