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プロローグ
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その夜は新月だった。僅かな街灯が道を照らすが、人間が歩くには暗すぎる。今まで脱走してきた魔法使いも、みんな新月の夜に作戦を決行してきた。ここまで暗ければ誰にも見つからないだろう。絨毯に乗ったヴィヴィアンは、気配を消しながら深夜の空を駆けていた。
このままいけば自分は自由になる。魔法都市ロイランを囲む城壁の外には、変な伝統も、縛りもない。本当に自由な世界が広がっている。考えただけでわくわくする。その時だった。
ドウウウウウウウウ!
後ろから巨大な火球が飛んできた。はっ、としたヴィヴィアンは絨毯を翻してひらりと避けた。もうバレてしまったのか? 暗く、夜遅く、普通の人間が出かけることなんてないような状況で。もしや、誰かがずっと自分をつけていたのか? 自分が脱走することを予想して、対策をしていたのか? だとしたらそれは誰だ? 誰が自分に目星をつけていた? 何人かは候補に挙がる。だが、そのうちの誰なんだ? ヴィヴィアンの頭に浮かんだ数多くの疑問は、放たれた一声によって答えが示された。
「小娘ごときが、勝手なことは許さぬ」
振り返ると、後ろから魔術院の老師が絨毯に乗り猛スピードで追ってきていた。もしかしたら誰かに気付かれるかもしれないと思っていた。そして、場合によっては会いたくない人間に会うことも想定はしていた。状況によっては強行突破も考えていた。だが、これは考えていた中でも最悪のパターンだ。よりによってこいつ? 自分が最も会いたくない、最も嫌いな魔法使い。老害、頑固ジジイ、名誉ばっかり気にする最低魔法使い、悪口を挙げたらきりがないほどの人間。アンは爆発しそうな嫌悪感を一度抑え込み、にっこりと笑って老師を見た。
「老師様、夜更かしと激昂は体に障りますよ? 残り少ない寿命を大切になされてはいかがですか? いや、このまま命を燃やし尽くしてささっと天へ召された方が幸せかもしれませんね」
「減らず口は相変わらずじゃな。じゃが、今の状況が分かっているのかの? 脱走するところを見つかり、追われているのじゃぞ?」
「……チッ」
やはりこの爺さんは大嫌いだ。常に誰かを見下し、自分を抑え込もうとする害悪。こんな奴とこれ以上話しても仕方ない。
ヴィヴィアンは絨毯を急加速させ、老師を無理やり振り切ろうとした。
ボワッ。
突如目の前に炎の壁が形成され、ヴィヴィアンの行く手を阻んだ。
「学生の身分で魔術師の称号を受けたからといって、思い上がらぬほうが良いぞ? お主はまだわしの足元にも及ばぬ小童の魔法使いなのだからの。さて、これに懲りたらさっさと家に帰るのじゃ。このことは不問にするし、明日からしっかりと矯正してやろう。そうすれば、お主はわしの指導で最高の名誉を持った最高の魔法使いになれる」
老師は勝ち誇った笑みを浮かべている。あの顔、よく魔術院で多くの学生に向けている顔だ。学生を自分の成果、自分の名声を上げる道具のようにしか見ない、強欲な魔法使い。私もまた、老師の手駒の一つのようにしか見られなかった。その老師の顔が、ヴィヴィアンの神経を逆なでした。
「……ジジイ、私はずっとうんざりしていたんだ。この都市の連中は、いつも出世の話、名誉の話、伝統の話ばかりする。私はただ、魔術が大好きなだけなのに。みんな私を出世頭くらいにしか見ない。私はこんなところにいたくない。分かったならさっさといなくなれ!」
ヴィヴィアンは左手に杖を構え、右手を突き出して叫んだ。
「バウンド・カタパルト!」
右手付近に巨大な空気塊が出現し、老師へ向かって突進していく。
「ぐわっ!」
高速で射出された空気塊が老師を吹き飛ばした。
「では老師様。私はこれで」
「……まだだ」
ヴィヴィアンは別れの挨拶を済まし、そのまま飛び出そうとするが、老師が体勢を立て直し、杖を構えた。
ボウウウウウウウウウ!
すると、老師の手から大量の炎が噴出し、大きな炎の波となってヴィヴィアンを取り囲んだ。
「……そんな」
「ガハハハ! これがわしの力じゃ。小娘ごときが敵うわけがないのじゃ!」
少しこの老師をなめていた。いつも威張ってばかりだと思っていたが、ただ威張っていただけなじゃない。ある程度は力でねじ伏せていたのだ。このままでは自分は焼けてしまう。だからと言って、このまま屈服するような私じゃない。
「先祖の恩を忘れ、師の厚意を無視したものの末路はこうなのじゃ! さあ、心を改め、まっとうな魔法使いとなるのじゃ。わしの下でこの都市を支える高名な魔法使いに」
「……」
「うん? どうしたヴィヴィアン。感銘で言葉も出んか?」
「……嫌だ」
「ほう?」
「嫌だ!」
ヴィヴィアンがカッと目を見開き、強烈な気迫を老師へとぶつけた。
「私は嫌だ! こんな都市を支える一本の柱として一生を終えたくなんかない!」
昂った感情がヴィヴィアンの魔力を刺激し、彼女を取り巻く暴風となって顕現する。彼女が持つ鮮やかな赤髪は風によって荒ぶり、大きく、透き通った瞳からは魔力が噴水のように溢れ出る。
「私は大陸を駆ける風でありたい! 大空を旅する雲でありたい!」
ヴィヴィアンの形相は、まさに台風だった。有り余るエネルギーを放出し続け、ありとあらゆるものをなぎ倒す大災害。どんなに抗おうと止めることのできない自然の理。抵抗する手段は存在しない。受け入れるしかない。少しでも抵抗すればどうなるのか。人知を超えたエネルギーを目の当たりにした老魔法使いは、その答えを今から体感することになる。
ヴィヴィアンは再び左手の杖を構え、右手を突き出して叫んだ。
「ロー・プレッシャー!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
叫んだ瞬間、ヴィヴィアンを取り巻いていた暴風が、彼女の正面に一斉に吹き込み始めた。その風に周りの炎さえも巻き込まれ、巨大な火災旋風へと発展する。
「こ、これは⁉」
火災旋風が周囲の物を飲み込む力は強く、老師もこの炎に吸い込まれまいと必死に抵抗せざるを得ない。
「愚かですね。自分が放った炎に自分が燃やされそうになるなんて」
「……ま、待て! ヴィヴィ——」
「お別れです老師様。私は失礼します」
ビュウウウウウウウウウウウ!
ヴィヴィアンは絨毯を急加速させ、瞬く間に遠くへ飛んで行ってしまった。
「待て! ヴィヴィアン! お主はなぜ都市の外を望む! おは輝かしい将来を約束されながら、なぜそれを捨てて外を目指す? 誰もが羨む天賦の才を授かりながら、これ以上何を求めるのじゃ! ヴィヴィアン! ヴィヴィアン!」
老師は必死に叫んでいたが、既にヴィヴィアンは遥か遠くへ飛び去っていた。
このままいけば自分は自由になる。魔法都市ロイランを囲む城壁の外には、変な伝統も、縛りもない。本当に自由な世界が広がっている。考えただけでわくわくする。その時だった。
ドウウウウウウウウ!
後ろから巨大な火球が飛んできた。はっ、としたヴィヴィアンは絨毯を翻してひらりと避けた。もうバレてしまったのか? 暗く、夜遅く、普通の人間が出かけることなんてないような状況で。もしや、誰かがずっと自分をつけていたのか? 自分が脱走することを予想して、対策をしていたのか? だとしたらそれは誰だ? 誰が自分に目星をつけていた? 何人かは候補に挙がる。だが、そのうちの誰なんだ? ヴィヴィアンの頭に浮かんだ数多くの疑問は、放たれた一声によって答えが示された。
「小娘ごときが、勝手なことは許さぬ」
振り返ると、後ろから魔術院の老師が絨毯に乗り猛スピードで追ってきていた。もしかしたら誰かに気付かれるかもしれないと思っていた。そして、場合によっては会いたくない人間に会うことも想定はしていた。状況によっては強行突破も考えていた。だが、これは考えていた中でも最悪のパターンだ。よりによってこいつ? 自分が最も会いたくない、最も嫌いな魔法使い。老害、頑固ジジイ、名誉ばっかり気にする最低魔法使い、悪口を挙げたらきりがないほどの人間。アンは爆発しそうな嫌悪感を一度抑え込み、にっこりと笑って老師を見た。
「老師様、夜更かしと激昂は体に障りますよ? 残り少ない寿命を大切になされてはいかがですか? いや、このまま命を燃やし尽くしてささっと天へ召された方が幸せかもしれませんね」
「減らず口は相変わらずじゃな。じゃが、今の状況が分かっているのかの? 脱走するところを見つかり、追われているのじゃぞ?」
「……チッ」
やはりこの爺さんは大嫌いだ。常に誰かを見下し、自分を抑え込もうとする害悪。こんな奴とこれ以上話しても仕方ない。
ヴィヴィアンは絨毯を急加速させ、老師を無理やり振り切ろうとした。
ボワッ。
突如目の前に炎の壁が形成され、ヴィヴィアンの行く手を阻んだ。
「学生の身分で魔術師の称号を受けたからといって、思い上がらぬほうが良いぞ? お主はまだわしの足元にも及ばぬ小童の魔法使いなのだからの。さて、これに懲りたらさっさと家に帰るのじゃ。このことは不問にするし、明日からしっかりと矯正してやろう。そうすれば、お主はわしの指導で最高の名誉を持った最高の魔法使いになれる」
老師は勝ち誇った笑みを浮かべている。あの顔、よく魔術院で多くの学生に向けている顔だ。学生を自分の成果、自分の名声を上げる道具のようにしか見ない、強欲な魔法使い。私もまた、老師の手駒の一つのようにしか見られなかった。その老師の顔が、ヴィヴィアンの神経を逆なでした。
「……ジジイ、私はずっとうんざりしていたんだ。この都市の連中は、いつも出世の話、名誉の話、伝統の話ばかりする。私はただ、魔術が大好きなだけなのに。みんな私を出世頭くらいにしか見ない。私はこんなところにいたくない。分かったならさっさといなくなれ!」
ヴィヴィアンは左手に杖を構え、右手を突き出して叫んだ。
「バウンド・カタパルト!」
右手付近に巨大な空気塊が出現し、老師へ向かって突進していく。
「ぐわっ!」
高速で射出された空気塊が老師を吹き飛ばした。
「では老師様。私はこれで」
「……まだだ」
ヴィヴィアンは別れの挨拶を済まし、そのまま飛び出そうとするが、老師が体勢を立て直し、杖を構えた。
ボウウウウウウウウウ!
すると、老師の手から大量の炎が噴出し、大きな炎の波となってヴィヴィアンを取り囲んだ。
「……そんな」
「ガハハハ! これがわしの力じゃ。小娘ごときが敵うわけがないのじゃ!」
少しこの老師をなめていた。いつも威張ってばかりだと思っていたが、ただ威張っていただけなじゃない。ある程度は力でねじ伏せていたのだ。このままでは自分は焼けてしまう。だからと言って、このまま屈服するような私じゃない。
「先祖の恩を忘れ、師の厚意を無視したものの末路はこうなのじゃ! さあ、心を改め、まっとうな魔法使いとなるのじゃ。わしの下でこの都市を支える高名な魔法使いに」
「……」
「うん? どうしたヴィヴィアン。感銘で言葉も出んか?」
「……嫌だ」
「ほう?」
「嫌だ!」
ヴィヴィアンがカッと目を見開き、強烈な気迫を老師へとぶつけた。
「私は嫌だ! こんな都市を支える一本の柱として一生を終えたくなんかない!」
昂った感情がヴィヴィアンの魔力を刺激し、彼女を取り巻く暴風となって顕現する。彼女が持つ鮮やかな赤髪は風によって荒ぶり、大きく、透き通った瞳からは魔力が噴水のように溢れ出る。
「私は大陸を駆ける風でありたい! 大空を旅する雲でありたい!」
ヴィヴィアンの形相は、まさに台風だった。有り余るエネルギーを放出し続け、ありとあらゆるものをなぎ倒す大災害。どんなに抗おうと止めることのできない自然の理。抵抗する手段は存在しない。受け入れるしかない。少しでも抵抗すればどうなるのか。人知を超えたエネルギーを目の当たりにした老魔法使いは、その答えを今から体感することになる。
ヴィヴィアンは再び左手の杖を構え、右手を突き出して叫んだ。
「ロー・プレッシャー!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
叫んだ瞬間、ヴィヴィアンを取り巻いていた暴風が、彼女の正面に一斉に吹き込み始めた。その風に周りの炎さえも巻き込まれ、巨大な火災旋風へと発展する。
「こ、これは⁉」
火災旋風が周囲の物を飲み込む力は強く、老師もこの炎に吸い込まれまいと必死に抵抗せざるを得ない。
「愚かですね。自分が放った炎に自分が燃やされそうになるなんて」
「……ま、待て! ヴィヴィ——」
「お別れです老師様。私は失礼します」
ビュウウウウウウウウウウウ!
ヴィヴィアンは絨毯を急加速させ、瞬く間に遠くへ飛んで行ってしまった。
「待て! ヴィヴィアン! お主はなぜ都市の外を望む! おは輝かしい将来を約束されながら、なぜそれを捨てて外を目指す? 誰もが羨む天賦の才を授かりながら、これ以上何を求めるのじゃ! ヴィヴィアン! ヴィヴィアン!」
老師は必死に叫んでいたが、既にヴィヴィアンは遥か遠くへ飛び去っていた。
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