2 / 43
植物になりたい大学生(前編)
しおりを挟む
こんな授業受けて意味があるのかなあ。延々と流れる教授の言葉を聞き流しながら、並木優作はノートを眺めていた。乱雑で、解読がしにくいノート。様々な知識がメモされ、まとまりが全く無いノート。優作の心は、まさにこのノートそのものだった。
ゴーン。
講義終了の知らせだ。優作は広げていたノートを速やかにリュックにしまい、いつも利用している駅を目指す。
「おーい、優作! お前いつも一人だろ? 今日、実験グループのメンバーで飲み会しようと思うんだけど、来ないか?」
講義室から出る前に、実験グループの中でも元気な奴が声をかけてきた。
「いや、やめておくよ」
優作は冷たく返答した。
「大丈夫! うちのグループにはうるさい奴とかウェーイ! って感じの奴はいないから、優作でも大丈夫だよ」
こいつ、俺がシャイで、恥ずかしくて人と関わっていないと思っているのか。こいつは、勝手に俺を救済しようとか考えているのか。優作は少しイラっとしながら冷淡に言葉を吐き出した。
「人間関係で苦労しない確実な方法。それは、人間関係を作らないことだよ」
一言で、誘ってきた学生が凍り付いた。優作はそのまま講義室を後にした。
ガタンゴトンと電車に揺られながら、優作はスマホを眺めていた。
『特集:世界を支配する四つの企業』
『これから来る超情報化社会、乗り遅れるな!』
『成功できない人の10の特徴』
……ろくな情報が流れてこない。不愉快なキーワードを消し、また別の情報に目を通す。
『実録 夢を追いかけて超名門大学を中退した超成績優秀超エリートが、起業して夢を実現させる感動ストーリー』
またこんな話か。どうせあれだろ。最後には「今の世の中、一つの企業に終身雇用とか、一生安泰なんてありえない。積極的にチャレンジして、夢を掴もう!」とかいうことを言って、読者を煽るんだ。『チャレンジこそ至高! 挑戦こそ正義! 安定志向は悪!』という考えを植え付ける。所詮はエリートの妄想、天才にのみ許された贅沢。凡人を、天才のように思いこませる戦略だ。少しスマホから目を離し、周りに意識を向ける。
「これで一発当ててやる!」
「これからの時代変化が激しいから、もっと能力を付けないと」
みんな考えているのはこんなことか? どこに意識を集中させても不愉快だ。イヤホンを付け、優作は静かにリュックから取り出した本を読み始めた。
電車を降り、家へと歩みだす。優作の家はかなり住宅密集地から離れている。ご近所さんの家も、歩いて5分かかるほどだ。そのため、途中から人通りが極端に少なくなる。そこで優作は、いつも考え事をしながら歩いている。
一体いつからこんなになったんだろう。親の世代は、一生懸命勉強して、いい企業に勤めれば一生安泰。何も気にすることなく、安心して一生を過ごすことができた。俺だって、それを信じて一生懸命勉強してきた。勉強して、いい高校に入った。いい高校に入ればいい大学に入れていい企業に就職でき、一生安泰。それなのに、高校に入ったとたん、「大学受験はすべての同い年と浪人生が敵だ! 油断なんてできないぞ!」「いい大学に入ったところで一生安泰なんてありえないぞ! 常にキャリアを考えなければいけない」なんて言う。一生安泰どこ行った。受験で人生掴む神話はどこ行った。それを信じてきた俺はどうなった。
俺は、誰かと競い合いたいわけじゃない。勝ちたいわけじゃない。ただ、安心して暮らしたいだけなんだ。安心が手に入るなら、いくらでも成功や勝利を差し出そう。だが、今、安心するためには成功するしかない。お金が無い者、立場が無い者に安心はありえない。だから勝たなければいけない。成功して、他の人を追い落とさないといけない。いや、成功してもなお安心できない。勝ち続けなければいけないんだ。だって、この世界は変化が激しいのだから。一度負ければ、待っているのは死ぬまで続く敗者の地獄。俺は、このまま死ぬまで競争を続けて、勝ち続けて、追い落とすレースを走り続けるのか。いや、そもそも勝つことが、勝ち続けることができるのだろうか。
人気のない帰り道を歩いていたら、街灯の下に花が咲いていた。野草だが、とても美しい。優作はその場にかがみこみ、じっくりとその花を眺めた。君はすごいな。植物は、誰かと競争しない。何かを追い落としたり、成功なんて考えない。だけど、ずっとその場所で生き続ける。しっかりと根を張り、栄養を確保し、日差しを浴び、逞しく生き続ける。たとえ暴風雨が起こっても、その場にとどまり生き続ける。俺も、そんな強さがあればなあ。俺も、根を張ることができれば。いっそ、植物になれればいいのに。
花から視線を少し動かすと、視界の中に気になるものが入ってきた。何なのかよくわからなかった優作はそちらに目を向け、じっくりと見てみることにした。
——人の腕? にわかには信じがたいが、そこに見えたのは倒れた女性だった。鮮やかな長くてまっすぐな赤毛が広がり、うつ伏せに倒れている。体の半分は道路の外、草に隠れてよく見えないが、とにかく人が倒れている。
——人間関係で苦労しない確実な方法。それは、人間関係をつくらないこと。優作はその女性を見なかったことにして、ゆっくりとその場を後にした。
ゴーン。
講義終了の知らせだ。優作は広げていたノートを速やかにリュックにしまい、いつも利用している駅を目指す。
「おーい、優作! お前いつも一人だろ? 今日、実験グループのメンバーで飲み会しようと思うんだけど、来ないか?」
講義室から出る前に、実験グループの中でも元気な奴が声をかけてきた。
「いや、やめておくよ」
優作は冷たく返答した。
「大丈夫! うちのグループにはうるさい奴とかウェーイ! って感じの奴はいないから、優作でも大丈夫だよ」
こいつ、俺がシャイで、恥ずかしくて人と関わっていないと思っているのか。こいつは、勝手に俺を救済しようとか考えているのか。優作は少しイラっとしながら冷淡に言葉を吐き出した。
「人間関係で苦労しない確実な方法。それは、人間関係を作らないことだよ」
一言で、誘ってきた学生が凍り付いた。優作はそのまま講義室を後にした。
ガタンゴトンと電車に揺られながら、優作はスマホを眺めていた。
『特集:世界を支配する四つの企業』
『これから来る超情報化社会、乗り遅れるな!』
『成功できない人の10の特徴』
……ろくな情報が流れてこない。不愉快なキーワードを消し、また別の情報に目を通す。
『実録 夢を追いかけて超名門大学を中退した超成績優秀超エリートが、起業して夢を実現させる感動ストーリー』
またこんな話か。どうせあれだろ。最後には「今の世の中、一つの企業に終身雇用とか、一生安泰なんてありえない。積極的にチャレンジして、夢を掴もう!」とかいうことを言って、読者を煽るんだ。『チャレンジこそ至高! 挑戦こそ正義! 安定志向は悪!』という考えを植え付ける。所詮はエリートの妄想、天才にのみ許された贅沢。凡人を、天才のように思いこませる戦略だ。少しスマホから目を離し、周りに意識を向ける。
「これで一発当ててやる!」
「これからの時代変化が激しいから、もっと能力を付けないと」
みんな考えているのはこんなことか? どこに意識を集中させても不愉快だ。イヤホンを付け、優作は静かにリュックから取り出した本を読み始めた。
電車を降り、家へと歩みだす。優作の家はかなり住宅密集地から離れている。ご近所さんの家も、歩いて5分かかるほどだ。そのため、途中から人通りが極端に少なくなる。そこで優作は、いつも考え事をしながら歩いている。
一体いつからこんなになったんだろう。親の世代は、一生懸命勉強して、いい企業に勤めれば一生安泰。何も気にすることなく、安心して一生を過ごすことができた。俺だって、それを信じて一生懸命勉強してきた。勉強して、いい高校に入った。いい高校に入ればいい大学に入れていい企業に就職でき、一生安泰。それなのに、高校に入ったとたん、「大学受験はすべての同い年と浪人生が敵だ! 油断なんてできないぞ!」「いい大学に入ったところで一生安泰なんてありえないぞ! 常にキャリアを考えなければいけない」なんて言う。一生安泰どこ行った。受験で人生掴む神話はどこ行った。それを信じてきた俺はどうなった。
俺は、誰かと競い合いたいわけじゃない。勝ちたいわけじゃない。ただ、安心して暮らしたいだけなんだ。安心が手に入るなら、いくらでも成功や勝利を差し出そう。だが、今、安心するためには成功するしかない。お金が無い者、立場が無い者に安心はありえない。だから勝たなければいけない。成功して、他の人を追い落とさないといけない。いや、成功してもなお安心できない。勝ち続けなければいけないんだ。だって、この世界は変化が激しいのだから。一度負ければ、待っているのは死ぬまで続く敗者の地獄。俺は、このまま死ぬまで競争を続けて、勝ち続けて、追い落とすレースを走り続けるのか。いや、そもそも勝つことが、勝ち続けることができるのだろうか。
人気のない帰り道を歩いていたら、街灯の下に花が咲いていた。野草だが、とても美しい。優作はその場にかがみこみ、じっくりとその花を眺めた。君はすごいな。植物は、誰かと競争しない。何かを追い落としたり、成功なんて考えない。だけど、ずっとその場所で生き続ける。しっかりと根を張り、栄養を確保し、日差しを浴び、逞しく生き続ける。たとえ暴風雨が起こっても、その場にとどまり生き続ける。俺も、そんな強さがあればなあ。俺も、根を張ることができれば。いっそ、植物になれればいいのに。
花から視線を少し動かすと、視界の中に気になるものが入ってきた。何なのかよくわからなかった優作はそちらに目を向け、じっくりと見てみることにした。
——人の腕? にわかには信じがたいが、そこに見えたのは倒れた女性だった。鮮やかな長くてまっすぐな赤毛が広がり、うつ伏せに倒れている。体の半分は道路の外、草に隠れてよく見えないが、とにかく人が倒れている。
——人間関係で苦労しない確実な方法。それは、人間関係をつくらないこと。優作はその女性を見なかったことにして、ゆっくりとその場を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる