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植物になりたい大学生(前編)
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こんな授業受けて意味があるのかなあ。延々と流れる教授の言葉を聞き流しながら、並木優作はノートを眺めていた。乱雑で、解読がしにくいノート。様々な知識がメモされ、まとまりが全く無いノート。優作の心は、まさにこのノートそのものだった。
ゴーン。
講義終了の知らせだ。優作は広げていたノートを速やかにリュックにしまい、いつも利用している駅を目指す。
「おーい、優作! お前いつも一人だろ? 今日、実験グループのメンバーで飲み会しようと思うんだけど、来ないか?」
講義室から出る前に、実験グループの中でも元気な奴が声をかけてきた。
「いや、やめておくよ」
優作は冷たく返答した。
「大丈夫! うちのグループにはうるさい奴とかウェーイ! って感じの奴はいないから、優作でも大丈夫だよ」
こいつ、俺がシャイで、恥ずかしくて人と関わっていないと思っているのか。こいつは、勝手に俺を救済しようとか考えているのか。優作は少しイラっとしながら冷淡に言葉を吐き出した。
「人間関係で苦労しない確実な方法。それは、人間関係を作らないことだよ」
一言で、誘ってきた学生が凍り付いた。優作はそのまま講義室を後にした。
ガタンゴトンと電車に揺られながら、優作はスマホを眺めていた。
『特集:世界を支配する四つの企業』
『これから来る超情報化社会、乗り遅れるな!』
『成功できない人の10の特徴』
……ろくな情報が流れてこない。不愉快なキーワードを消し、また別の情報に目を通す。
『実録 夢を追いかけて超名門大学を中退した超成績優秀超エリートが、起業して夢を実現させる感動ストーリー』
またこんな話か。どうせあれだろ。最後には「今の世の中、一つの企業に終身雇用とか、一生安泰なんてありえない。積極的にチャレンジして、夢を掴もう!」とかいうことを言って、読者を煽るんだ。『チャレンジこそ至高! 挑戦こそ正義! 安定志向は悪!』という考えを植え付ける。所詮はエリートの妄想、天才にのみ許された贅沢。凡人を、天才のように思いこませる戦略だ。少しスマホから目を離し、周りに意識を向ける。
「これで一発当ててやる!」
「これからの時代変化が激しいから、もっと能力を付けないと」
みんな考えているのはこんなことか? どこに意識を集中させても不愉快だ。イヤホンを付け、優作は静かにリュックから取り出した本を読み始めた。
電車を降り、家へと歩みだす。優作の家はかなり住宅密集地から離れている。ご近所さんの家も、歩いて5分かかるほどだ。そのため、途中から人通りが極端に少なくなる。そこで優作は、いつも考え事をしながら歩いている。
一体いつからこんなになったんだろう。親の世代は、一生懸命勉強して、いい企業に勤めれば一生安泰。何も気にすることなく、安心して一生を過ごすことができた。俺だって、それを信じて一生懸命勉強してきた。勉強して、いい高校に入った。いい高校に入ればいい大学に入れていい企業に就職でき、一生安泰。それなのに、高校に入ったとたん、「大学受験はすべての同い年と浪人生が敵だ! 油断なんてできないぞ!」「いい大学に入ったところで一生安泰なんてありえないぞ! 常にキャリアを考えなければいけない」なんて言う。一生安泰どこ行った。受験で人生掴む神話はどこ行った。それを信じてきた俺はどうなった。
俺は、誰かと競い合いたいわけじゃない。勝ちたいわけじゃない。ただ、安心して暮らしたいだけなんだ。安心が手に入るなら、いくらでも成功や勝利を差し出そう。だが、今、安心するためには成功するしかない。お金が無い者、立場が無い者に安心はありえない。だから勝たなければいけない。成功して、他の人を追い落とさないといけない。いや、成功してもなお安心できない。勝ち続けなければいけないんだ。だって、この世界は変化が激しいのだから。一度負ければ、待っているのは死ぬまで続く敗者の地獄。俺は、このまま死ぬまで競争を続けて、勝ち続けて、追い落とすレースを走り続けるのか。いや、そもそも勝つことが、勝ち続けることができるのだろうか。
人気のない帰り道を歩いていたら、街灯の下に花が咲いていた。野草だが、とても美しい。優作はその場にかがみこみ、じっくりとその花を眺めた。君はすごいな。植物は、誰かと競争しない。何かを追い落としたり、成功なんて考えない。だけど、ずっとその場所で生き続ける。しっかりと根を張り、栄養を確保し、日差しを浴び、逞しく生き続ける。たとえ暴風雨が起こっても、その場にとどまり生き続ける。俺も、そんな強さがあればなあ。俺も、根を張ることができれば。いっそ、植物になれればいいのに。
花から視線を少し動かすと、視界の中に気になるものが入ってきた。何なのかよくわからなかった優作はそちらに目を向け、じっくりと見てみることにした。
——人の腕? にわかには信じがたいが、そこに見えたのは倒れた女性だった。鮮やかな長くてまっすぐな赤毛が広がり、うつ伏せに倒れている。体の半分は道路の外、草に隠れてよく見えないが、とにかく人が倒れている。
——人間関係で苦労しない確実な方法。それは、人間関係をつくらないこと。優作はその女性を見なかったことにして、ゆっくりとその場を後にした。
ゴーン。
講義終了の知らせだ。優作は広げていたノートを速やかにリュックにしまい、いつも利用している駅を目指す。
「おーい、優作! お前いつも一人だろ? 今日、実験グループのメンバーで飲み会しようと思うんだけど、来ないか?」
講義室から出る前に、実験グループの中でも元気な奴が声をかけてきた。
「いや、やめておくよ」
優作は冷たく返答した。
「大丈夫! うちのグループにはうるさい奴とかウェーイ! って感じの奴はいないから、優作でも大丈夫だよ」
こいつ、俺がシャイで、恥ずかしくて人と関わっていないと思っているのか。こいつは、勝手に俺を救済しようとか考えているのか。優作は少しイラっとしながら冷淡に言葉を吐き出した。
「人間関係で苦労しない確実な方法。それは、人間関係を作らないことだよ」
一言で、誘ってきた学生が凍り付いた。優作はそのまま講義室を後にした。
ガタンゴトンと電車に揺られながら、優作はスマホを眺めていた。
『特集:世界を支配する四つの企業』
『これから来る超情報化社会、乗り遅れるな!』
『成功できない人の10の特徴』
……ろくな情報が流れてこない。不愉快なキーワードを消し、また別の情報に目を通す。
『実録 夢を追いかけて超名門大学を中退した超成績優秀超エリートが、起業して夢を実現させる感動ストーリー』
またこんな話か。どうせあれだろ。最後には「今の世の中、一つの企業に終身雇用とか、一生安泰なんてありえない。積極的にチャレンジして、夢を掴もう!」とかいうことを言って、読者を煽るんだ。『チャレンジこそ至高! 挑戦こそ正義! 安定志向は悪!』という考えを植え付ける。所詮はエリートの妄想、天才にのみ許された贅沢。凡人を、天才のように思いこませる戦略だ。少しスマホから目を離し、周りに意識を向ける。
「これで一発当ててやる!」
「これからの時代変化が激しいから、もっと能力を付けないと」
みんな考えているのはこんなことか? どこに意識を集中させても不愉快だ。イヤホンを付け、優作は静かにリュックから取り出した本を読み始めた。
電車を降り、家へと歩みだす。優作の家はかなり住宅密集地から離れている。ご近所さんの家も、歩いて5分かかるほどだ。そのため、途中から人通りが極端に少なくなる。そこで優作は、いつも考え事をしながら歩いている。
一体いつからこんなになったんだろう。親の世代は、一生懸命勉強して、いい企業に勤めれば一生安泰。何も気にすることなく、安心して一生を過ごすことができた。俺だって、それを信じて一生懸命勉強してきた。勉強して、いい高校に入った。いい高校に入ればいい大学に入れていい企業に就職でき、一生安泰。それなのに、高校に入ったとたん、「大学受験はすべての同い年と浪人生が敵だ! 油断なんてできないぞ!」「いい大学に入ったところで一生安泰なんてありえないぞ! 常にキャリアを考えなければいけない」なんて言う。一生安泰どこ行った。受験で人生掴む神話はどこ行った。それを信じてきた俺はどうなった。
俺は、誰かと競い合いたいわけじゃない。勝ちたいわけじゃない。ただ、安心して暮らしたいだけなんだ。安心が手に入るなら、いくらでも成功や勝利を差し出そう。だが、今、安心するためには成功するしかない。お金が無い者、立場が無い者に安心はありえない。だから勝たなければいけない。成功して、他の人を追い落とさないといけない。いや、成功してもなお安心できない。勝ち続けなければいけないんだ。だって、この世界は変化が激しいのだから。一度負ければ、待っているのは死ぬまで続く敗者の地獄。俺は、このまま死ぬまで競争を続けて、勝ち続けて、追い落とすレースを走り続けるのか。いや、そもそも勝つことが、勝ち続けることができるのだろうか。
人気のない帰り道を歩いていたら、街灯の下に花が咲いていた。野草だが、とても美しい。優作はその場にかがみこみ、じっくりとその花を眺めた。君はすごいな。植物は、誰かと競争しない。何かを追い落としたり、成功なんて考えない。だけど、ずっとその場所で生き続ける。しっかりと根を張り、栄養を確保し、日差しを浴び、逞しく生き続ける。たとえ暴風雨が起こっても、その場にとどまり生き続ける。俺も、そんな強さがあればなあ。俺も、根を張ることができれば。いっそ、植物になれればいいのに。
花から視線を少し動かすと、視界の中に気になるものが入ってきた。何なのかよくわからなかった優作はそちらに目を向け、じっくりと見てみることにした。
——人の腕? にわかには信じがたいが、そこに見えたのは倒れた女性だった。鮮やかな長くてまっすぐな赤毛が広がり、うつ伏せに倒れている。体の半分は道路の外、草に隠れてよく見えないが、とにかく人が倒れている。
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