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暴風のような魔法使い(後編)
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優作の口から、恐怖にまみれた言葉が零れ落ちた。
「やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ! もうたくさんだ! 分かった! アンが魔法使いだって信じるから! 魔法があるって、信じるから! お願いだからもうやめてくれ! お願いだから、命だけは助けてくれ!」
優作は気が動転していた。目を見開き、顔は青ざめ、恐怖に潰された顔をしていた。そう、目の前にいる女性は本当に魔法使いなんだ。超自然的な技で、ありえないことを平然とやってのける存在なんだ。自分みたいなちっぽけな人間なんて、簡単に消せてしまうほどの存在なんだ。
「大丈夫、もう終わるから」
「……へ?」
シーン。
さっきまでの雨音と風音が嘘のように、音がすっとなくなった。
「さすがにあの程度の魔術で、大災害は起こせないよ。まあ、髪の毛をあの紙に包んだら、この街一つ巻き込む暴風雨程度にはなったかな? いつもは杖なんかを使ってサクッとあれくらいの雨を降らせるんだけど、あえて誰でもわかりやすい、文様を媒介した魔術を使ったの。私がもともといた世界では、自分がインチキ魔法使いでないことを証明するためにこの魔術を使っていたんだけど、まさか魔術そのものを証明することになるなんてね。優作の反応を見ると、本当に魔法を知らないみたいだし」
アンが、何事も無かったかのように話し出す。その声が余りにも普通で、優作は思わず拍子抜けしてしまった。さっきまでの恐怖も、どこかへ吹き飛んでしまった。
「ア……アン……」
優作はアンに声をかけようとした、だが、優作の言葉が届く前に、アンは崩れ落ちるように膝を床に着けた。
「ああ、なんてことでしょう! ほんとに、この世界には魔術がないなんて! みんな、魔術を知らないなんて! ああ、ああ……」
優作は、ここまで悲しそうな声を聞いた事が無かった。この時のアンの精神的なショックは計り知れないのだろう。だが、そんなことを気にしている場合ではない。恐怖心から解放された優作は、一つはっきりしなければいけないことを思い出した。
「絶望してるところ悪いんだけど、一つ確認してもいいかな?」
「……何?」
輝きを失った大きな瞳が、優作を捉えた。これ以上聞くのも悪い気がしてきたが、やはり確認しなくてはいけない。
「さっきから“異世界”とか、“こっちの世界”、“もともといた世界”とか言っているけど、それってどういうこと? 異世界ってものが、本当にあるの?」
優作が聞くと同時に、アンの瞳は急に輝きを取り戻した。バッと優作に迫り、大きな瞳を優作の目に急接近させた。
「よくぞ聞いてくれた! どうして私がこの世界にいるのか! 一言では語れない、とっても長い道のりの末、ついに私は異世界にたどり着いた! まず……」
「ストップ! とりあえず、異世界ってのは本当にあって、アンはこことは別の世界から来た、と。で、その世界では魔法が当たり前だと。そう言いたいんだな?」
長くなりそうな話をさっと中断させ、優作は聞きたかったことを確認する。正直、自分の口からこんな言葉を出していて、頭がおかしくなったんじゃないか、と思ってしまう。魔法? 異世界? 大学生が考えていいことじゃない。だが、信じるしかない。
「うん。間違いなく、優作が住んでるこの世界と、私が旅してきた世界は違う。ここに来る前に会った人たちは、みんな魔法の存在は知っていたもの。優作みたいに、空想だとか、迷信なんていわなかったもの。手順通りに魔術を発動したから、ちゃんと異世界に来れたはずだし。はぁ、せっかく異世界に来たのに……」
「アン……」
なんだか、アンが可哀そうになってきた。よくわからないが、恐らく新天地を求めてアンはこの世界にやってきたのだろう。だが、この世界はアンに合わなかった。挑戦にはリスクがある。目の前の女性は、その挑戦に見事に失敗し、その代償を払わされるのか。
「まあ、魔法をみんな知らないとはいえ、私はしっかり魔術を使えるし、放浪する魔法使いたるもの、受けた恩を返さないわけにはいかない! なんてったって、命を救ってもらったのだから! さて、何して返そうかな!」
声のトーンが急に明るくなり、瞳も今まで以上に輝き始めた。さっきまでの落ち込みは何だったのか、というつっこみを、優作は口から外に出さないようにこらえた。アンは満面の笑みを浮かべ、妄想にふけっている。どれほどアンは、感情のアップダウンが激しいのだろう。てか、まさか恩返しをするまでずっとこの家にいるつもりなのだろうか。
……疲れた。まさか、植物みたいに生きたい自分が、こんな女性に振り回されることになるなんて。驚き、見惚れ、混乱から放心し、圧倒され、怒り、恐怖して、正直数えたくないくらい感情を振り回された。
異世界から来た魔法使い・ヴィヴィアン。か。彼女のことを例えるなら、まさに“暴風”という言葉が似合うだろう。何の前触れもなく降りかかり、生活をかき回す大災害。平穏だった日常を一瞬で混乱に陥れるエネルギーの塊。彼女はいとも簡単に暴風を巻き起こすことができるが、彼女自身が暴風と言って差し支えない。並木家に突如上陸した暴風。まだ根も張らぬ優作の目の前に降り立った自然災害の予感。これから来る混乱に満ちた日常を想像した優作は、死んだ目をしながらただただ天井を見上げた。
「やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ! もうたくさんだ! 分かった! アンが魔法使いだって信じるから! 魔法があるって、信じるから! お願いだからもうやめてくれ! お願いだから、命だけは助けてくれ!」
優作は気が動転していた。目を見開き、顔は青ざめ、恐怖に潰された顔をしていた。そう、目の前にいる女性は本当に魔法使いなんだ。超自然的な技で、ありえないことを平然とやってのける存在なんだ。自分みたいなちっぽけな人間なんて、簡単に消せてしまうほどの存在なんだ。
「大丈夫、もう終わるから」
「……へ?」
シーン。
さっきまでの雨音と風音が嘘のように、音がすっとなくなった。
「さすがにあの程度の魔術で、大災害は起こせないよ。まあ、髪の毛をあの紙に包んだら、この街一つ巻き込む暴風雨程度にはなったかな? いつもは杖なんかを使ってサクッとあれくらいの雨を降らせるんだけど、あえて誰でもわかりやすい、文様を媒介した魔術を使ったの。私がもともといた世界では、自分がインチキ魔法使いでないことを証明するためにこの魔術を使っていたんだけど、まさか魔術そのものを証明することになるなんてね。優作の反応を見ると、本当に魔法を知らないみたいだし」
アンが、何事も無かったかのように話し出す。その声が余りにも普通で、優作は思わず拍子抜けしてしまった。さっきまでの恐怖も、どこかへ吹き飛んでしまった。
「ア……アン……」
優作はアンに声をかけようとした、だが、優作の言葉が届く前に、アンは崩れ落ちるように膝を床に着けた。
「ああ、なんてことでしょう! ほんとに、この世界には魔術がないなんて! みんな、魔術を知らないなんて! ああ、ああ……」
優作は、ここまで悲しそうな声を聞いた事が無かった。この時のアンの精神的なショックは計り知れないのだろう。だが、そんなことを気にしている場合ではない。恐怖心から解放された優作は、一つはっきりしなければいけないことを思い出した。
「絶望してるところ悪いんだけど、一つ確認してもいいかな?」
「……何?」
輝きを失った大きな瞳が、優作を捉えた。これ以上聞くのも悪い気がしてきたが、やはり確認しなくてはいけない。
「さっきから“異世界”とか、“こっちの世界”、“もともといた世界”とか言っているけど、それってどういうこと? 異世界ってものが、本当にあるの?」
優作が聞くと同時に、アンの瞳は急に輝きを取り戻した。バッと優作に迫り、大きな瞳を優作の目に急接近させた。
「よくぞ聞いてくれた! どうして私がこの世界にいるのか! 一言では語れない、とっても長い道のりの末、ついに私は異世界にたどり着いた! まず……」
「ストップ! とりあえず、異世界ってのは本当にあって、アンはこことは別の世界から来た、と。で、その世界では魔法が当たり前だと。そう言いたいんだな?」
長くなりそうな話をさっと中断させ、優作は聞きたかったことを確認する。正直、自分の口からこんな言葉を出していて、頭がおかしくなったんじゃないか、と思ってしまう。魔法? 異世界? 大学生が考えていいことじゃない。だが、信じるしかない。
「うん。間違いなく、優作が住んでるこの世界と、私が旅してきた世界は違う。ここに来る前に会った人たちは、みんな魔法の存在は知っていたもの。優作みたいに、空想だとか、迷信なんていわなかったもの。手順通りに魔術を発動したから、ちゃんと異世界に来れたはずだし。はぁ、せっかく異世界に来たのに……」
「アン……」
なんだか、アンが可哀そうになってきた。よくわからないが、恐らく新天地を求めてアンはこの世界にやってきたのだろう。だが、この世界はアンに合わなかった。挑戦にはリスクがある。目の前の女性は、その挑戦に見事に失敗し、その代償を払わされるのか。
「まあ、魔法をみんな知らないとはいえ、私はしっかり魔術を使えるし、放浪する魔法使いたるもの、受けた恩を返さないわけにはいかない! なんてったって、命を救ってもらったのだから! さて、何して返そうかな!」
声のトーンが急に明るくなり、瞳も今まで以上に輝き始めた。さっきまでの落ち込みは何だったのか、というつっこみを、優作は口から外に出さないようにこらえた。アンは満面の笑みを浮かべ、妄想にふけっている。どれほどアンは、感情のアップダウンが激しいのだろう。てか、まさか恩返しをするまでずっとこの家にいるつもりなのだろうか。
……疲れた。まさか、植物みたいに生きたい自分が、こんな女性に振り回されることになるなんて。驚き、見惚れ、混乱から放心し、圧倒され、怒り、恐怖して、正直数えたくないくらい感情を振り回された。
異世界から来た魔法使い・ヴィヴィアン。か。彼女のことを例えるなら、まさに“暴風”という言葉が似合うだろう。何の前触れもなく降りかかり、生活をかき回す大災害。平穏だった日常を一瞬で混乱に陥れるエネルギーの塊。彼女はいとも簡単に暴風を巻き起こすことができるが、彼女自身が暴風と言って差し支えない。並木家に突如上陸した暴風。まだ根も張らぬ優作の目の前に降り立った自然災害の予感。これから来る混乱に満ちた日常を想像した優作は、死んだ目をしながらただただ天井を見上げた。
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