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占領された優作の部屋(前編)
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人気のない道を抜け、自分の家までたどり着く。
ガチャッ。
扉を開け、家の中に入る。
キラキラ。
いい加減見慣れたが、家の中が見違えるようにきれいになっている。靴を脱ぎ、床に足を付ける。床はワックスを塗りたてのように艶があり、つるつるになっている。玄関にあるありとあらゆるものは一切ほこりをかぶっていない。
「あ、優作!おかえりなさい。今日は大学どうだった?」
敦子が優作に明るく声をかける。さすがにもう慣れたが、自分の母親の豹変ぶりには驚かされた。ずっと気弱だったのに、アンが来てから急に明るくなった。まるで、アンの性格がうつったように。
「普通だよ」
優作はいつも通り冷たく受け流した。
「そう。嫌なことが無くてよかったわね」
敦子は明るく返した。
アンが来てからもう数日経つ。アンは恩返しと称して、様々な魔術を振るった。汚れが勝手に無くなっていく魔術(セルフクリーニングと勝手に呼んでいる)、洗濯物がすぐに乾く呪文、自然とほこりが集まってくるゴミ箱、重い物を簡単に持てる手袋、アンは現代の主婦大助かりの様々な魔術を披露し、母親の心を鷲掴みにしたのだ。母があんなに上機嫌になってもおかしくない。
「そういえば、アンはまだ出かけてる?」
「ええ、まだ帰ってきてないわよ」
アンは暇があれば、大体空の散歩に出かけている。どこから出したのか分からない上質な絨毯を駆って、大空に飛び出すのだ。目立つからやめてほしかった優作だが、周りの人から見えないような魔術を使っているから大丈夫と言われ、一応黙っている。いつも母が晩御飯の準備を始めるころくらいに帰ってきて、料理のお手伝い等をするのがアンの日常だ。
階段をスタスタと上がり、自分の部屋のドアを開ける。いつもなら机にスマホを置き、押し入れから毛布を引っ張り出してぬくぬくする。それが毎日の楽しみであり、今日もそうするはずだった。
「……なんだこれ」
優作の目に飛び込んできたのは、長い手足と赤髪を広げ、部屋を占領するように寝ている女性だった。部屋には本が散乱している。ただでさえ大きい体が部屋のスペースを食っているのに、僅かに残った場所さえ本に埋め尽くされている。何より許せないのは、アンが勝手に自分の毛布を使っていることだ。アンの顔は、とっても幸せそうだ。そりゃそうだろう。俺の、最高の毛布を使っているのだから。
俺も、こんな風に何も気にせず毛布にくるまることが出来たらな。いつからか、毛布にくるまっているときでさえ、将来の不安を考えるようになった。何の価値もない自分は、大学卒業までに何か価値を手に入れるしかない。どんなものでも。優作はアンが羨ましかった。アンは、気ままに空を飛んだり、暴風を起こしたり、こうやって幸せそうに寝てたり。自分には許されないことを許されている。
そんなことを考えている場合じゃない。今は、この毛布を取り返さなくては。優作は毛布をがばっと剥ぎ取った。
「これは俺の毛布だ」
本人には絶対届いていないだろう捨て台詞を吐き、優作は身を翻して一階のリビングに向かおうとした。
「ぐ、ぐわあ……、さ、寒い。ここは氷の国か?」
——! アンが喋った。起きてしまったのか? 慌てて振り返り、アンを見る。……寝言だった。よく見ると、部屋の窓が開きっぱなしだ。さてはアン、窓から帰ってきたんだな? だから母さんが気づかなかったのか。優作は呆れながら毛布を足元に置き、窓を閉めることにした。と言っても、そう簡単に行くわけではない。部屋がアンと本に占領されているので、本を片付けて足場を確保しなくてはいけない。優作は窓へ向かうルートをイメージした。そこに置かれた本を避けながら進むことを頭の中でシミュレーションし、思いついた最善の方法を実行した。
アンが散らかした膨大な本は、すべてアンが持ち歩いていた本だ。こんな量をどうやって運んでいるのか。一瞬浮かんだ疑問を“魔法”という一言で解決し、優作は前に進む。
やや乱暴に窓を閉め、優作は来た道を戻る。その途中で、一冊の本——藍色の地に銀色で細かい模様が描かれた本——が優作の目に留まった。散らかった本には、この藍色の本のように高そうな装飾を施された本や、紙束を紐で縛っただけの簡単な冊子もある。もちろん、この藍色の本より豪華で派手な本もある。なぜこの本が気になったのか、特に理由はないが、優作はその本を手に取り、パラパラとめくってみた。
「げっ」
この本は、極めて薄い紙に、知らない文字がぎっしりと詰め込まれている。そして、とても分厚い。一体、どれほどの情報が記されているのか。気持ち悪すぎて、とても読む気にはなれない。
『空間を……歪めるには……』
「——え?」
怖くなって本をバタンと閉じた。今、一瞬何かが頭の中に浮かんできた気がする。今のは一体……。
ガチャッ。
扉を開け、家の中に入る。
キラキラ。
いい加減見慣れたが、家の中が見違えるようにきれいになっている。靴を脱ぎ、床に足を付ける。床はワックスを塗りたてのように艶があり、つるつるになっている。玄関にあるありとあらゆるものは一切ほこりをかぶっていない。
「あ、優作!おかえりなさい。今日は大学どうだった?」
敦子が優作に明るく声をかける。さすがにもう慣れたが、自分の母親の豹変ぶりには驚かされた。ずっと気弱だったのに、アンが来てから急に明るくなった。まるで、アンの性格がうつったように。
「普通だよ」
優作はいつも通り冷たく受け流した。
「そう。嫌なことが無くてよかったわね」
敦子は明るく返した。
アンが来てからもう数日経つ。アンは恩返しと称して、様々な魔術を振るった。汚れが勝手に無くなっていく魔術(セルフクリーニングと勝手に呼んでいる)、洗濯物がすぐに乾く呪文、自然とほこりが集まってくるゴミ箱、重い物を簡単に持てる手袋、アンは現代の主婦大助かりの様々な魔術を披露し、母親の心を鷲掴みにしたのだ。母があんなに上機嫌になってもおかしくない。
「そういえば、アンはまだ出かけてる?」
「ええ、まだ帰ってきてないわよ」
アンは暇があれば、大体空の散歩に出かけている。どこから出したのか分からない上質な絨毯を駆って、大空に飛び出すのだ。目立つからやめてほしかった優作だが、周りの人から見えないような魔術を使っているから大丈夫と言われ、一応黙っている。いつも母が晩御飯の準備を始めるころくらいに帰ってきて、料理のお手伝い等をするのがアンの日常だ。
階段をスタスタと上がり、自分の部屋のドアを開ける。いつもなら机にスマホを置き、押し入れから毛布を引っ張り出してぬくぬくする。それが毎日の楽しみであり、今日もそうするはずだった。
「……なんだこれ」
優作の目に飛び込んできたのは、長い手足と赤髪を広げ、部屋を占領するように寝ている女性だった。部屋には本が散乱している。ただでさえ大きい体が部屋のスペースを食っているのに、僅かに残った場所さえ本に埋め尽くされている。何より許せないのは、アンが勝手に自分の毛布を使っていることだ。アンの顔は、とっても幸せそうだ。そりゃそうだろう。俺の、最高の毛布を使っているのだから。
俺も、こんな風に何も気にせず毛布にくるまることが出来たらな。いつからか、毛布にくるまっているときでさえ、将来の不安を考えるようになった。何の価値もない自分は、大学卒業までに何か価値を手に入れるしかない。どんなものでも。優作はアンが羨ましかった。アンは、気ままに空を飛んだり、暴風を起こしたり、こうやって幸せそうに寝てたり。自分には許されないことを許されている。
そんなことを考えている場合じゃない。今は、この毛布を取り返さなくては。優作は毛布をがばっと剥ぎ取った。
「これは俺の毛布だ」
本人には絶対届いていないだろう捨て台詞を吐き、優作は身を翻して一階のリビングに向かおうとした。
「ぐ、ぐわあ……、さ、寒い。ここは氷の国か?」
——! アンが喋った。起きてしまったのか? 慌てて振り返り、アンを見る。……寝言だった。よく見ると、部屋の窓が開きっぱなしだ。さてはアン、窓から帰ってきたんだな? だから母さんが気づかなかったのか。優作は呆れながら毛布を足元に置き、窓を閉めることにした。と言っても、そう簡単に行くわけではない。部屋がアンと本に占領されているので、本を片付けて足場を確保しなくてはいけない。優作は窓へ向かうルートをイメージした。そこに置かれた本を避けながら進むことを頭の中でシミュレーションし、思いついた最善の方法を実行した。
アンが散らかした膨大な本は、すべてアンが持ち歩いていた本だ。こんな量をどうやって運んでいるのか。一瞬浮かんだ疑問を“魔法”という一言で解決し、優作は前に進む。
やや乱暴に窓を閉め、優作は来た道を戻る。その途中で、一冊の本——藍色の地に銀色で細かい模様が描かれた本——が優作の目に留まった。散らかった本には、この藍色の本のように高そうな装飾を施された本や、紙束を紐で縛っただけの簡単な冊子もある。もちろん、この藍色の本より豪華で派手な本もある。なぜこの本が気になったのか、特に理由はないが、優作はその本を手に取り、パラパラとめくってみた。
「げっ」
この本は、極めて薄い紙に、知らない文字がぎっしりと詰め込まれている。そして、とても分厚い。一体、どれほどの情報が記されているのか。気持ち悪すぎて、とても読む気にはなれない。
『空間を……歪めるには……』
「——え?」
怖くなって本をバタンと閉じた。今、一瞬何かが頭の中に浮かんできた気がする。今のは一体……。
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