植物大学生と暴風魔法使い

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性癖全開のお買い物(前編)

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 人が多いデパートを、背が異常に高い美人が歩いている。きれいな体のラインに、鮮やかな赤毛のロング。スカートから伸びる長い脚に、上品な顔立ち。そして、あらゆるものを釘付けにしてしまいそうな大きな瞳。嫌でも人の注目を集める。そして、こんな人の近くにいれば自分まで注目を集めてしまう。あまり目立ちたくない優作は、アンから少し離れたところを歩き、なるべく他人の振りをしていた。
「ねえ! 優作! あれ何?」
何か興味深いものを見つけたアンが、思いっきり近づいてきた。周囲の視線が一気に優作に集まる。
(勘弁してくれ……)
目に溜まる涙をどうにか流れないように我慢し、優作は苦行の時間を耐えることにした。
 どうしてこうなったのか。それは、昨日の晩御飯の会話に遡る——。

 並木家の食卓は最近明るい。おしゃべりなアンがやってきてから、敦子とアンのおしゃべりがテーブルを賑やかにする。
 この日も、食卓は会話で溢れていた。特に、アンと敦子の二人。優作はその会話に全く干渉しようとせず、栄養を摂取することに徹していた。
「そういえばアンちゃん、いつも空を飛んで何をしてるの?」
お米を咀嚼し終えた敦子が、アンに声をかけた。
「ああ、あれですか。話していませんでしたね。あれ、ただ空中散歩して、この世界を眺めていたんです。ここがどういう感じで、どういう仕組みで、どういう風に成り立っているのか。空から見るだけで意外とわかるんですよ」
なぜ母親には敬語で、俺にはため口なのか。優作はどうでもいい疑問をお味噌汁と一緒に飲み込んだ。
「ほ~、アンちゃん、やっぱり勉強熱心なのね」
「ですが、もうそろそろ実際に降りて、直に見ないと学べる事も少なくなってきた気がしました」
「なら、優作と一緒にお買い物にでも出かけたら? 優作もそろそろアンちゃんになれてきたでしょ?」
突然降りかかった災いの前兆に、一瞬お味噌汁を噴き出しそうになった。
「ちょ、か、母さん! なんで俺を話に持ってくるんだよ! 今、絶対母さんとアンで出かける流れだっただろ!」
「優作、新商品の柔軟剤が明日、売り出されるみたい。ちょっと高いけど、きっと優作の毛布、ふわっふわになるわよ」
「——!」
一本取られた。母さんって、こんな性格だったっけ? いくらアンに影響されて明るくなったとはいえ、こんな鋭く、効果的な方法で人を動かそうとする人間ではなかった。とにかく、このせいで逃げる選択肢を失ってしまった。優作の表情の変化を察知したアンは、優作の顔を覗き込んで口を開いた。
「じゃあ、優作! 明日よろしくね!」
悪意の欠片も無いアンの笑顔が優作に向けられる。これもふわっふわの毛布のためなら仕方ない。優作は面倒な気持ちを心の毛布にくるんでどこかへ放り投げた。

 ——こういう経緯があって今に至る。デパートまでは母親の運転で。母はまず地下の食品売り場でお昼と晩御飯の材料を買い、優作とアンでいろいろなものを買う。一番の目的は柔軟剤。布にやさしく、かつふわっふわにしてくれる優れもの。最新技術がふんだんに使われた、最高のアイテムだ。次にアンの洋服。アンが持っていた服はすべて異世界のもの。やはり違和感がある。アンは外出のために、優作の服と敦子の服を借りた。何せ体が大きいので、家の中から服を用意するのも苦労した。とりあえず、足が長くてもどうにかなるスカートに、優作が持っていた紳士物の白いシャツ(婦人物は小さくて体に合わなかった)の上から薄手のコートを着て来た。こんな寄せ集めでも美しく見えてしまうのは、やはりアンが持つ桁違いの美貌によるものだろう。普段があんなんだから、黙っているときれいに見えてしまう。もっとも、一瞬見惚れたところで、すぐに現実へと引き戻されるのだが。

 優作はアンから離れるようにしつつ、目的の場所まで向かった。お目当ての物を見つけるや否や、すっと近づきさっと篭へ入れる。
(へへ、これで明日からふわっふわ)
 はたから見たらただの気持ち悪い大学生としか言えないような笑みを浮かべ、優作は愉悦に浸った。
「優作、それ何?」
アンが高いところから覗き込んできた。
「ふふ、これかい? これはね、“最強のアイテム”だよ……。あの毛布をふわっふわにする、最高の柔軟剤だよ」
「柔軟剤?」
「そう! それがあれば、ただでさえ最高の肌触りの毛布が、更に柔らかく、ふわふわ、幸せがレベルアップする! はははは……」
気持ち悪さ、不気味さ、奇妙さをミキサーで混ぜて塗りつけたような顔で優作が話す。初めて見る優作の表情に、アンも興味を示しはじめた。
「へー、そんなものがあるんだ。そういえば、布を柔らかくする魔術なんて聞いたことないな。ちょっと調べてみたら面白いかも!」
アンの大きな瞳は輝いていた。優作の母である敦子に対しては様々な恩返しをしてきたが、倒れていた自分を見つけてくれた優作には何も出来ていない。せっかくだしやってみてもいいかもしれない。アンは魔術の構想にふけり始めた。
「アン、そんなことはいいから、さっさとアンの買い物も終わらせようぜ。俺の用は済んだから早く帰りたいし」
アンのことをそっちのけで、優作は婦人物の洋服売り場の方向へと歩き始めていた。
「あ、ちょっと! 待ってよ優作!」
遅れないように、アンは駆け足で優作を追いかけていった。
「てか、なんで俺がアンと買い物? 俺、婦人服は全く分かんねぇし。絶対母さんとアンとの買い物で良かった気がする」
「敦子さんは他の物を買ってるから、付き添いができるのは優作しかいないじゃない」
いつもの明るい表情で、鋭い一言を放つ。
(それを言っちゃおしまいだよ……)
少しでも現実逃避をしようとした自分がバカだった。優作はそう思いながら、歩くスピードを上げていった。そんな優作の様子を気にすることなく、アンはまた別の質問をぶつけた。
「ねえねえ、そういえば、ずっと聞きたかったことがあるんだけど、優作や敦子さんがよく履いてるこのズボン、あるでしょ? そのズボンの生地、なんかとても面白そうだと思ってたんだよね。見た感じとっても丈夫そうだし、だけど動きやすそうだし。これなら多少薬がかかっても問題ないだろうし、外で薬草見つけたり、魔術に失敗してもダメージが少なそうだし……」
「ストップ!」
言葉の豪雨を未然に防ぐために、優作はアンの口を止めた。暴風は、優作の都合なんかお構いなしに降りかかる。すぐに気持ちを切り替えて、対処できなければ始まらない。
「アン、言いたいことは分かった。とにかく、俺が履いてる『ジーンズ』に興味があるんだな? わかった。その売り場に行こう」
アンの顔がふわっと明るくなった。その顔に優作はほっと胸を撫でおろした。婦人服は詳しくないが、ジーンズ売り場ならわかる。歩いていれば、自然といい洋服でも見つかるだろう。楽観的な考えを浮かべながら、優作はアンをジーンズ売り場へと連れて行った。
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