植物大学生と暴風魔法使い

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着地、そしてこれから(前編)

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 魔術の鍛練を始め、数日経った。このまま何かが出来るわけではないし、ゴールに辿り着いたわけでもない。しかし、自分は確実に着地した。暴風のような魔法使いに導かれ、「魔術」という場所に着地した種。決して魔術だけで世の中を渡り歩こうとは思わない。だが、これからだ。これから魔術という大地に根を張り、養分を吸い取りながら今の世界に茎を伸ばす。そして、いつしかこの世界にそびえる大樹となる。そう、どんな暴風にも、どんな大災害にも耐える大樹に——。

 ヒュゥゥゥゥゥウウウウウウウウ!

 「いやー! いい天気の中、猛スピードで駆け抜けるのは最高だね! そう思わない?」
「ああ、最高だと思うよ。命の危機さえなけりゃぁな」
「大丈夫だよ。もう最低限の応急処置は魔術で出来るでしょ?」
「死んだら元も子もないだろ」
「さて、もうそろそろ大学に着くね」
アンは何の脈絡もなしに話を変える。今日も朝の鍛練を終え、大学へと行く。正直、魔術の鍛練の方が講義より遥かに面白い。しかし大学生たるもの、講義をおろそかにしてはいけない。それに、まだそこまで魔術を習得出来ていない。焦ってはいけない。だって、自分は前に進んでいるのだから。

 バコンッ!

 ドサッ!

 絨毯が急停止し、勢いよく地面に着地する。
「着いたよ優作。じゃあ、頑張ってね!」
「……ぐはっ、……ああ、アン。行ってきます」
「そうそう優作、今日は迎えに行けない。優作が鍛練を始めたからさ、私ももっと、改めて勉強することがあるの。教え方とか、いろいろとね。今日は遅くまで図書館にいるから、家に帰るのも遅くなる。だから優作、今日は一人で帰ってきて」
「……わかった」
今日はあの人混みに飲まれるのか……。暗い想像をした優作だが、命に関わる暴走絨毯と比べたらどっちもどっちだと割り切った。
「じゃあね!」

 ビュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!

アンが絨毯を駆り、勢いよく空に吸い込まれていった。さて、今日も頑張るか。大学生の義務を果たすため。将来への保険をかけるために。

〇 〇

 教授はいつも通り言葉をペラペラ話している。だが、内容は大体テキストに書いている。優作はテキストをパラパラとめくった。
『ポリマーの電子は共有結合等によって拘束されているので、自由電子になれない』
めくっただけで内容が頭に入ってくるのなら、そちらの方がいい。テキストを魔導書に強化することができれば、大学の講義は実質受ける必要がない。この授業の内容を頭に流し終えた優作は、また別の授業のテキストに力を込め始めた。
 なんてアドバンテージだろう。他の人が必死に眠気と闘い、または屈服して話を聞いていない。だが、自分は何も苦労をすることなく内容を身に着けることができる。これだけでも十分勝ち組だ。
 魔術に限らず、特殊なスキルを身に着けている人たちはみんなこうなのだろうか。多くの人が経験する苦労を、スキルによって回避する。そして多くの収入を得て、長く、安心して暮らしていく。
「さて、明日期限のレポートについてですが……」
やべぇ……。全然書いてない。
「ルーズベルト」
優作が声をかけると、リュックサックがもぞもぞと動き出し、その中からクマの人形が姿を現した。
「今からPC室に行って、ちゃちゃっと書いてくれ。最低限単位がもらえればいい」
ルーズベルトはピシッと直立し、元気よく敬礼した。その後、優作のUSBを持って猛スピードで走りだした。もちろん透明になる魔法をかけてあるので、ルーズベルトが見られる心配はない。なお、勝手に動くPCの噂がこの大学で流行ったことはここだけの話である。

 アンと違って、優作はそこまで気象や現象を操るのは得意ではない。しかし、ゴーレムや魔導書の作製といったスキルは非常に上達が早い。優作はその有利を全面に活かし、ゴーレムとの共闘による提出物の処理、魔導書による講義の効率化といった、大学生全員が羨むだろう技を徹底的に利用している。そもそも、大学生が大きな風を操れたり、大火を起こせたところであまり役立たない。優作は初めて、自分が恵まれた人だと思えた。自分の適性が、初めていいものだと思えた。

 ゴーン。

 講義が終了した。さて、いつも通り帰るか。優作は速やかに勉強道具をリュックにしまい、素早く講義室のドアを目指す。前みたいに、アンが空間を歪めてそのまま家に着かないかな。ぽっと浮かんだ願望を一度ぬぐい彼はすたすたと歩き始めた。
「おーい、優作!」
はっ、とした。早めのペースで動いていた優作の動きが止まった。
「今日は久々に飲み会やるんだが、優作も来ないか?」
「……いや、やめておくよ」
「ほんとか? 優作いつも——」
「じゃ、さようなら」
同級生の誘いを冷たく断り、優作は引き続き駅を目指した。
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