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幻想夜(後編)
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ボフッ。
飛び降りた二人を、アンの絨毯が受け止めた
「さあ優作! しっかり掴まって!」
ビュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
絨毯が急上昇した。
「ぎゃあああああああああああああ!」
「優作! 目を開いて! 目を開いて、外の様子をしっかり焼き付けて!」
「……え?」
言われるがまま、優作は恐る恐る目を開いた。ある程度絨毯になれた彼でも叫んでしまうスピード。そんな中で視界に広がるのは、際限なく広がる空。ところどころに星が散りばめられ、雲がたなびいている。下を見れば、細かい明かりが灯った街並み。猛スピードで飛んでいるはずなのに、遠すぎてほとんど動いて見えない。
「これが、私たちが出会った街。どう思う?」
「どう思う、って、言われても……」
「なら、別の場所に行きましょうか!」
キュィィイイイイイイン!
絨毯が急に方向転換した。その勢いのまま、絨毯は更に進んでいく。
「ぐわあああああああああああ!」
必死に意識を保ちつつ、出来る限り風景を焼き付ける。映るのは、何倍もの長さに引き伸ばされながら通り過ぎていく雲。絨毯は、更に加速していく。
「さて、もう海を越えたよ」
アンの言葉に、頭の理解が追い付かない。
「え? 海を越えた、っていうことはつまり……」
「そう。もう別の帝国。あ、この世界では、この規模でも帝国じゃないんだっけ?」
「俺達、戦闘機に撃ち落されないかな?」
「何かが襲ってきたら、ささっと返り討ちにしてやるわ」
アンが強気な一言を放つ。
そういえば、こんな場面、何かの物語であったような。城の中に閉じこもっていたお姫様を、魔法の絨毯に乗った男が連れ出す。そして二人は世界中を飛び回る。この場合なら、連れ出されたのは冷たく、閉じこもっていた学生(映えねぇな……)。そして連れ出してくれたのは、暴風のような魔法使い。自分より遥かに高い背で、どんな人よりも美しくて、どんな人よりも自由で、強くて、何より、どんな人よりもかっこいい魔法使い。
「さて優作。もうそろそろ太陽が昇るよ」
言われて気が付いたが、絨毯の上の空がだんだん明るくなってきた。そうこうしないうちに、空は完全に明るくなっていた。
「そんな、昼夜をまたぐなんて」
戸惑う優作をよそに、アンは笑っている。
「そういえば、この世界は球でできてるんだもんね。なら、このまま一周できるよね!」
「え、ア、アン、待って……」
ビュウウウウウウウウウウウ!
絨毯が急加速した。あまりの加速の強さに、優作の体に強い衝撃が走る。
「ぐわっ!」
優作が苦しんでいる間に、絨毯は昼間の地域を抜けて再び地球の影へと入った。
「優作の限界はこれくらいみたいだね。だけど、もうそろそろ一周するのか。なら次は……」
アンがにやりとした。その表情に、優作は顔が真っ青になった。
(ア、アン。まさか……)
キュィィイイイイイイン!
絨毯が方向を急転換し、そのまま空に対して垂直に飛行を始めた。
「アン! さすがにもっと高いところはまずいって! 高いところには空気とか……」
「私は大風師・ヴィヴィアンだよ?」
「え?」
高度を上げていくにつれて、目の前に輝く星が増えていく。それなのに、全然寒くないし、息も普通に出来る。そうか。アンが得意とするのは風と気象。つまり空気を操ることに長けている。高度を上げても快適な空気を維持することくらい、アンにとっては造作もないことなのだ。
「こんなところまででいいかな?」
絨毯が方向を変えた。だが、今までのように急な感じが無い。
「さて優作。前には何が見える?」
「……うわ」
優作の目に映ったものは、三日月のように大きく欠けた地球。三日月なら影の部分には何も無いが、地球の影にはぽつぽつと明かりが見える。なんと、二人は地球を飛び出して、宇宙まで来てしまった。
「でさ、どう思った?」
「どう思った、と言われても……」
優作は、さっきから自分に降りかかった出来事を整理するので手いっぱいだった。突然外に連れ出され、空から街を見て、知らない間に日本を飛び出して、気が付いたら地球を一周していて、今は宇宙から地球を眺めている。
これは夢なのだろうか。まるで、幻想の中に浸っているような気分。清々しくて、すっきりしている。隣を見ると、赤髪とダッフルコートをなびかせた魔法使いが、こちらを大きな瞳で見つめている。やさしくて、暖かい瞳。自分のすべてを受け止めて、浄化してくれるような、透き通った瞳。
ある物語なら、旅を終えたお姫様は世界の広さを知ることになる。そして、自分が閉じこもっていた世界が、いかに狭いかを痛感する。
「……ちっさいな」
優作が囁いた。
「そう。自分たちがいる世界を見てみると、驚くほど小さいことがわかる。それなのに、ずっとその世界だけがすべてだと信じ込んでしまう。こんなにも狭いのに。もっと別のところもあるのに。狭い中で見た問題は、大きく見えてしまう。ほんとはこんなにも小さいのに」
アンが遠くへと視線を移しながら、話を続けた。
「私はさ、広い世界に憧れてた。城壁の向こう側の世界、先達が行ったっていう異世界に。何の縛りも無い、駆け抜ける風に憧れてた。ここまで来るのも大変だったんだよ? 道しるべの本はなくなるし、ほんとに来れるか怪しかった。それに、こっちに来てからも、もしかしたら死んでたかもしれない。優作に助けられなかったら」
「アン……」
「それだけじゃない。何回も、死ぬかもしれなかった」
「アンが、何回も、死ぬかもしれなかった、の?」
「そう。それでも旅を続けた。いろんな世界を見たくて。そして、優作に出会えた」
アンの言葉に、優作の心の奥底が、暖かくなった。今まで誰も温めることができなかった部分が、どんどん熱くなっていく。
「未来は、未来になってみないと分からない。未来を予想して、準備するのはもちろん大切だよ。だけど、ずっと不安に襲われて、目の前の不安を解消するばかりでどうするの? きっと未来は、優作が思うほど地獄じゃない。嵐の中でも、きっときれいな光景を見ることができるはず」
アンの言葉を、優作は地球を眺めながら聴いていた。未来、か。ずっと不安に思っていたこと。不安から逃げたくて、準備して、更に不安になって。気が付いたら何もできなかった。前を向いたと思っても、結局不安から逃げてるだけだった。
「……変われる、かな?」
優作が恥ずかしそうに口を開いた。
「……うん! 変われるよ!」
アンが、やさしく優作を包んだ。アンのTシャツに、優作の涙がにじんでいく。優作の口から溢れ出す籠った泣き声が、アンの大きな体に受け止められていった。
飛び降りた二人を、アンの絨毯が受け止めた
「さあ優作! しっかり掴まって!」
ビュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
絨毯が急上昇した。
「ぎゃあああああああああああああ!」
「優作! 目を開いて! 目を開いて、外の様子をしっかり焼き付けて!」
「……え?」
言われるがまま、優作は恐る恐る目を開いた。ある程度絨毯になれた彼でも叫んでしまうスピード。そんな中で視界に広がるのは、際限なく広がる空。ところどころに星が散りばめられ、雲がたなびいている。下を見れば、細かい明かりが灯った街並み。猛スピードで飛んでいるはずなのに、遠すぎてほとんど動いて見えない。
「これが、私たちが出会った街。どう思う?」
「どう思う、って、言われても……」
「なら、別の場所に行きましょうか!」
キュィィイイイイイイン!
絨毯が急に方向転換した。その勢いのまま、絨毯は更に進んでいく。
「ぐわあああああああああああ!」
必死に意識を保ちつつ、出来る限り風景を焼き付ける。映るのは、何倍もの長さに引き伸ばされながら通り過ぎていく雲。絨毯は、更に加速していく。
「さて、もう海を越えたよ」
アンの言葉に、頭の理解が追い付かない。
「え? 海を越えた、っていうことはつまり……」
「そう。もう別の帝国。あ、この世界では、この規模でも帝国じゃないんだっけ?」
「俺達、戦闘機に撃ち落されないかな?」
「何かが襲ってきたら、ささっと返り討ちにしてやるわ」
アンが強気な一言を放つ。
そういえば、こんな場面、何かの物語であったような。城の中に閉じこもっていたお姫様を、魔法の絨毯に乗った男が連れ出す。そして二人は世界中を飛び回る。この場合なら、連れ出されたのは冷たく、閉じこもっていた学生(映えねぇな……)。そして連れ出してくれたのは、暴風のような魔法使い。自分より遥かに高い背で、どんな人よりも美しくて、どんな人よりも自由で、強くて、何より、どんな人よりもかっこいい魔法使い。
「さて優作。もうそろそろ太陽が昇るよ」
言われて気が付いたが、絨毯の上の空がだんだん明るくなってきた。そうこうしないうちに、空は完全に明るくなっていた。
「そんな、昼夜をまたぐなんて」
戸惑う優作をよそに、アンは笑っている。
「そういえば、この世界は球でできてるんだもんね。なら、このまま一周できるよね!」
「え、ア、アン、待って……」
ビュウウウウウウウウウウウ!
絨毯が急加速した。あまりの加速の強さに、優作の体に強い衝撃が走る。
「ぐわっ!」
優作が苦しんでいる間に、絨毯は昼間の地域を抜けて再び地球の影へと入った。
「優作の限界はこれくらいみたいだね。だけど、もうそろそろ一周するのか。なら次は……」
アンがにやりとした。その表情に、優作は顔が真っ青になった。
(ア、アン。まさか……)
キュィィイイイイイイン!
絨毯が方向を急転換し、そのまま空に対して垂直に飛行を始めた。
「アン! さすがにもっと高いところはまずいって! 高いところには空気とか……」
「私は大風師・ヴィヴィアンだよ?」
「え?」
高度を上げていくにつれて、目の前に輝く星が増えていく。それなのに、全然寒くないし、息も普通に出来る。そうか。アンが得意とするのは風と気象。つまり空気を操ることに長けている。高度を上げても快適な空気を維持することくらい、アンにとっては造作もないことなのだ。
「こんなところまででいいかな?」
絨毯が方向を変えた。だが、今までのように急な感じが無い。
「さて優作。前には何が見える?」
「……うわ」
優作の目に映ったものは、三日月のように大きく欠けた地球。三日月なら影の部分には何も無いが、地球の影にはぽつぽつと明かりが見える。なんと、二人は地球を飛び出して、宇宙まで来てしまった。
「でさ、どう思った?」
「どう思った、と言われても……」
優作は、さっきから自分に降りかかった出来事を整理するので手いっぱいだった。突然外に連れ出され、空から街を見て、知らない間に日本を飛び出して、気が付いたら地球を一周していて、今は宇宙から地球を眺めている。
これは夢なのだろうか。まるで、幻想の中に浸っているような気分。清々しくて、すっきりしている。隣を見ると、赤髪とダッフルコートをなびかせた魔法使いが、こちらを大きな瞳で見つめている。やさしくて、暖かい瞳。自分のすべてを受け止めて、浄化してくれるような、透き通った瞳。
ある物語なら、旅を終えたお姫様は世界の広さを知ることになる。そして、自分が閉じこもっていた世界が、いかに狭いかを痛感する。
「……ちっさいな」
優作が囁いた。
「そう。自分たちがいる世界を見てみると、驚くほど小さいことがわかる。それなのに、ずっとその世界だけがすべてだと信じ込んでしまう。こんなにも狭いのに。もっと別のところもあるのに。狭い中で見た問題は、大きく見えてしまう。ほんとはこんなにも小さいのに」
アンが遠くへと視線を移しながら、話を続けた。
「私はさ、広い世界に憧れてた。城壁の向こう側の世界、先達が行ったっていう異世界に。何の縛りも無い、駆け抜ける風に憧れてた。ここまで来るのも大変だったんだよ? 道しるべの本はなくなるし、ほんとに来れるか怪しかった。それに、こっちに来てからも、もしかしたら死んでたかもしれない。優作に助けられなかったら」
「アン……」
「それだけじゃない。何回も、死ぬかもしれなかった」
「アンが、何回も、死ぬかもしれなかった、の?」
「そう。それでも旅を続けた。いろんな世界を見たくて。そして、優作に出会えた」
アンの言葉に、優作の心の奥底が、暖かくなった。今まで誰も温めることができなかった部分が、どんどん熱くなっていく。
「未来は、未来になってみないと分からない。未来を予想して、準備するのはもちろん大切だよ。だけど、ずっと不安に襲われて、目の前の不安を解消するばかりでどうするの? きっと未来は、優作が思うほど地獄じゃない。嵐の中でも、きっときれいな光景を見ることができるはず」
アンの言葉を、優作は地球を眺めながら聴いていた。未来、か。ずっと不安に思っていたこと。不安から逃げたくて、準備して、更に不安になって。気が付いたら何もできなかった。前を向いたと思っても、結局不安から逃げてるだけだった。
「……変われる、かな?」
優作が恥ずかしそうに口を開いた。
「……うん! 変われるよ!」
アンが、やさしく優作を包んだ。アンのTシャツに、優作の涙がにじんでいく。優作の口から溢れ出す籠った泣き声が、アンの大きな体に受け止められていった。
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