植物大学生と暴風魔法使い

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幻想夜(前編)

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 自分は植物の強さが欲しい。ずっとその場にとどまり、あらゆるものに耐え続ける強さ。そして、自分はその強さを持っていない。だが、アンは持っていた。持ちすぎていた。それなのに、アンはそれを捨てて、風のように生きる道を選んだ。自分には信じられない。そして、羨ましい……。
「……優作? 今日はずっと毛布にくるまってるの? 日は落ちちゃったけど、もうそろそろ何かしない?」
アンはずっと魔導書を読んでいる。あれほどの力があるというのに、アンは更に魔術の腕を磨こうとしている。そして、自分にもそれを促す。
「……今、ちょっと考えたいことがあるんだ」
「ふーん。なら、私が相談に乗るよ!」
アンはいつも通り、明るく接してくる。その明るさが、やっぱり眩しい。
「……正直、アンには相談しにくい」
「そんなこと言わないでよ! 私ならどんなことでも相談に乗るよ。これでも私、2年くらい元いた世界を旅して、そのあとこの世界に来たんだからさ。経験豊富だよ!」
「ほんとに、何言っても怒らない?」
「怒るわけないでしょ」
「ほんとに?」
「ほんと!」
「……なら、言わせてくれ。なんでアンは、エリート街道を捨てたんだよ」
その言葉で、一瞬アンの顔から笑顔が消えた。だが、すぐに笑顔を取り戻した。
「……そうだよね。どんなことでも相談に乗るって言ったのは、私だもんね。大丈夫。怒んないし、気にしないし。じゃんじゃん話しちゃって!」
「アンは、どうしてそんなにエリート、って言われるのが嫌なんだよ」
「……心地よかった」
「は?」
「とっても、心地よかったんだ」
そういうアンの目は、いつもより潤っていた。いつも強いアンなのに、今はとても弱く、脆いものに見えた。
「ロイランは伝統と名誉を大事にする。だから、優秀な魔法使いはかなり優遇される。だから私は、ずっと特別扱いを受けてきた。学生のうちに魔術師の称号までもらって、卒業したら魔導卿、更に魔導王への道も——」
「そんなにおいしい道を捨てるくらいなら、俺にくれ!」
優作はがばっと毛布をよけ、勢いよく起き上がった。
「……なんだよ。何が心地よかった、だよ。どうせこうだろう? 『みんな私を特別扱いして困っちゃう! それに、決められたレールを行くなんて、私はしたくない!』なんて言うつもりだろ? で、『この家はそんな扱いをしないからとっても幸せ!』とでも——」
「——!」
アンの表情が一変した。しんみりした雰囲気が取り払われ、目を大きく見開いて優作に急接近し、彼の手をぎゅっと握りしめた。
「その通りだよ優作! 君、もしかして人の心が読めるの?」
まさか、こんな時にこんな行動をしてくるとは。ペースが乱れる。
「……アンには分かんないだろうよ」
「え? 何が分からないの?」
優作は一度大きく深呼吸をし、落ち着いてから口を開いた。
「みんな、アンみたいに強くないんだよ。むしろ、みんな弱いんだよ」
「どういうこと?」
「才能も、価値も、何も持ってない人間にとって、アンが持っていたものは、どんなことをしてでも欲しい物なんだよ。少なくとも、俺は欲しい」
「私が、持っていたもの?」
アンは何も理解していないような顔をしている。当然だろう。既に多くの物を与えられていた者にとっては、どうでもいいものなのだろうから。
「俺は大学生だ。もう少しで、荒れ狂う暴風の中に叩き込まれるんだ。その中じゃ誰も助けてくれない。むしろ、あらゆるものが、自分を殺そうと、吹き飛ばそうと狙ってくる。そんな中で、たった一人で、生きていかなくちゃいけない。そして、そんな中でずっと戦い続けないといけないんだ。今まで生きてきた時間よりずっと長い時間、何倍もの時間を戦っていかないといけない」
「優作……そんなこと——」
「だから! 俺は植物のような強さが欲しい!」
優作の強い一言が、アンの動きを止めた。彼の魂の叫びが、アンの心に直接響いたように。
「俺は、別に誰かと争いたいわけじゃない。ただ、安心して暮らしたいんだよ。だから、植物のような強さが欲しい。植物のように、しっかりとした根が欲しい。自分で栄養を作り出す葉が欲しい。どんな暴風雨でも、どんな天災でもその場で耐え続け、生き続ける逞しさ。何かと争うわけでもなく、一人で生き続ける強さ。そんな力が欲しい」
「……優作」
「きっと、みんな不安なんだよ。みんな根を張りたいんだよ。いろんなことに挑戦して、どこかに自分が根を張れる場所が無いか、必死に探してるんだよ。ネットに小説を挙げてる奴、動画を投稿してる奴、ゲーム作って売ってる奴、起業してお金を稼ごうとする奴、みんな不安なんだよ。運よく根を張れた奴はいいさ。だけど、俺は全く見つからなかった。必死になって、探し続けても、何も見つからなかった」
「優作、それは——」
「アンには絶対わかんないだろ! もともと暴風雨の中でも吹き飛ばされない強さを持ってるアンには、絶対わかんないだろ。ずっと護られてたのに。ずっと、親や、大人たちに護られてたのに、いきなり突き放されて、暴風雨の中に叩き込まれる奴の気持ちなんか!」
優作はハァ、ハァ、と息を荒げていた。顔も熱くなっていた。目は血走り、アンの鮮やかな瞳をまっすぐに捉えている。
「……種、なんだよ」
「…………は?」
「種、なんだよ。栄養をたっぷり含んで、今にも綿毛を生やしてそれへ飛び立とうとする種なんだよ。種が持っているのは、自分を護る強い殻と、栄養と、遠くへ飛ぶための綿毛だけ。根も、葉も、最初から生えてるわけじゃない」
「アン、何を言いたい——」
「不安だと思うよ。ずっと栄養を受けて大きくなってきたのに、ある日突然親とのつながりがぷつっと切れて、空に放り出される。だけど、その時吹く風が強ければ強いほど、種は高く、遠くまで飛んでいける」
アンの言葉は重かった。重くて、優作の心の深いところまで浸透していった。
「そうだよ。高く、遠くまで飛んでいこうよ!」
アンが優作の手をガシッと掴んだ。
「お、おい! アン! 何をするんだよ!」
アンは優作の手を掴んだまま窓を開け、そのまま飛び降りた。
「ちょ、や、やめろ!」
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