植物大学生と暴風魔法使い

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エピローグ

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 カタカタ。

 パソコンっていうのは、どうしてこうも頭が固いんだ。どこが最新式だ。うちのルーズベルトの方が遥かに頭がいい。これをやるくらいならゴーレムに関する魔導書を読んだ方が有意義な気がする。
「苦戦しているようだね、並木君」
「ああ、このパソコン、俺が一生懸命書き上げたプログラムをコンパイルしねぇんだよ。俺のプログラムが読めねぇってのか? いい度胸だ」
「うん。読めるわけないよ。だって、セミコロンはよく書き忘れているし、開き括弧と閉じ括弧の数はバラバラだし。これは、プログラムの形をしたただの文字の集まりだもの」
さらさらっと、的確かつ強烈なアドバイスを受け、優作のやる気が一瞬でズタズタになる。
「……う。やっぱり俺、プログラミンなんてやめた方がいいのかな?」
「必修だから、やめるっていう選択肢はないよ。それに、ここら辺のミスはインデントとまとまりを意識して回数を重ねればどうにかなる」
「ほんとか!」
「うん。じゃあ、引き続き頑張ろう」
「なんか、いつも悪いな。俺が課題終わらせるのが遅いから、毎回助けてもらってる」
「気にしないでよ。あの時助けてもらったから。あのボールペンがなかったら今頃どうなってたか」
「……別に、大したことじゃねぇよ」
「まあ、お互い助け合っていこうよ」
「……ああ」
二人はお互いを見て笑い合った。

 俺は、植物のようになりたい。しっかりと根を張り、十分な栄養を確保し、何事にも耐える強さが欲しい。それは変わらないし、恐らく今後も変わることはないだろう。
 思いがけない暴風が巻き起こった時、しっかりと根を張っておかなくては死んでしまう。だが、吹き飛ばされそうになった時、お互いに手を取り合うことが出来るのは、人間の特権なのかもしれない。
「もう大丈夫そうだ。だから、先に帰ってくれ。このまま仕上げて提出する」
「そう? 最後まで見届けなくて大丈夫?」
「大丈夫だ。ここから先はどうにかできる」
「そこまで言うなら、僕は先に帰るよ。頑張ってね」
「ああ」
優作を助けていた学生は、そう言うと速やかに自分の道具を片付け、さささと出口を通り抜けた。
「さて、やるか」
優作は画面を睨みつけた。今に見てろよ、パソコン! 手に力を入れ、静かな気力を蓄えながら、カタカタとキーボードを打ち始めた。

〇 ○

 ヒュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。

 日が落ちた空を、一枚の絨毯に乗って駆けていた。まだ、アンみたいに猛スピードで飛ぶことは出来ないが、これくらいの速度が出せれば十分だ。世界を旅するわけでもないし、ただ大学と家を往復するだけだのだから。それにしても、あのパソコンのせいで帰りが遅くなってしまった。おのれプログラミング。貴様らなんか、俺の魔術で排除してやる。優作は帰りが遅くなったことへの愚痴を頭の中に思い浮かべながら、ゆったりと帰路を辿っていた。

 スッ。

 滑らかに高度を落とし、静かに着地する。人気のない一本道には、今日も僅かな街灯が道を照らすのみだ。絨毯に乗れるようになっても、ここだけはいつも歩いている。ここでいつも悩み、考えてきたからだ。ここを歩くだけでなぜか落ち着く。そして……。

 優作は一度立ち止まった。目の前にあるのは、一本の街灯。ここからいろんなことが変わった。突然現れた美人、何の前触れもなく降りかかった暴風。いろいろなことがあった。
 突然、またここに倒れてないかな。そんなことを考えながら、優作はまた、ゆっくりと歩き始めた。

 ガチャリと扉を開け、家の中に入る。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい、優作。大学はどうだった?」
「まあ、普通だったよ」
「そう。嫌なこととかなくてよかったわね」
「ああ」
簡単な返事を済ませ、優作はすたすたと階段を上がる。

 部屋の扉を開ける。中は驚くほど広かった。魔導書もしっかりと整理整頓して棚に入れてあるから、床を埋め尽くすこともない。大柄の美人が寝転がっていることもない。とても静かな部屋の中で一人、優作は毛布を引っ張り出し、その中にくるまった。



 優作には後悔がある。あの時、夜空を飛んだ時、言いたくても言えなかったことがある。それからもチャンスを逃し続け、ついに言うことが出来なかった一言。
 

 「アン…………。ありがとう」


 本人には絶対に届かないセリフを、暖かい毛布の中にそっと吐き出した。

                                  
                                  ——完
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