爆轟のマッドワイズマン

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魔法使いの章

『命』というリソース(前編)

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「……はい?」

 叡持は言葉では“不快”と言った。ハヤテは初めて見た。あの魔法使いが、不快感を露わにするところを。滅多に見られない、貴重な瞬間を。

「ハヤテさんの仮説では、多くの者が、不安を抱えている。抱えた不安を解消する方法は、“力を示す”こと。他者に対して示すのではなく、自分自身に示す。その場合、最も効果的方法が、何かの命を奪うこと。そういうことですね」

「はい。たぶんその通りだと思います」

「つまり、多くの者は、自分の不安を解消するために、他の命を消費している。そう言えますね」

「消費……、って言葉が正しいかどうか——」

「消費ですよ。少なくとも、何かを得るためのコストとしています。そして、大きなリターンは期待できない。つまり投資ではなく消費です。この場合では、自分の不安を解消したい。そのために、他社の命を『コスト』として支払う。代わりに自分は『安心』を得る。違いますか?」

「まあ、ここは正しいと思います」

「ここで重要なのは、このために他者の命を支払ったところで、大きなリターンは期待出来ないということです。どんなに命を支払ったとしても、得られるのは個人の安心感のみ。しかし、安心は簡単なことで崩れてしまいます。そして、崩れるたびに他の命を奪う。なんて非効率な消費、いや浪費でしょうか」

 ハヤテは途中から話についていけなくなった。内容が難しいわけじゃない。むしろシンプルで分かりやすい。だが、あまりにも価値観が違う。違いすぎて彼の考えを受け付けられない。


「命というものは、非常に価値が高いです。それこそ、『なにものにも代えられない、かけがえのないもの』と表現されるほど、価値が高い。そこに異論はないでしょうか?」


「は、はい。そこだけは……」

「それならご理解頂けるはずです。命は、粗末に扱ってはいけない、と」

 どの口が言ってんだ? という突っ込みが頭の中を満たしたが、ハヤテは口を固く閉じた。今、何を言っても無駄だからだ。

「命とは非常に価値が高いので、そう簡単に奪っていいものでもありません。ましてや消費するなど論外です。金、希少な武器などは、多くの人間が重要視します。しかし、それらもまた、命に比べれば価値は低いです。具体的に説明すれば、まずは機会費用があげられるでしょう。命を奪うということは、その後生産したであろう価値を、すべて失ってしまう。つまり、命を奪うことでその後に生み出される価値を消滅させてします。機会費用が高すぎるでしょう。そして、すべての財産は、命がなければ保有することは出来ません。命を奪うということは、実質的に、それが持っていた財産、力、すべてを無に帰す、と言えます。また、長い時を生きた命は、それだけ様々な経験、知識、物語を有しています。それらの価値は、僕のような研究者にとっては非常に価値が高く見えます。それさえも、命があって初めて積み重ね、蓄積することが出来ます。命はまさに『なにものにも代えられない、かけがえのないもの』と言えるでしょう」

 まさか、あの魔法使いの口からこんなセリフを聞くことが出来るとは。理由は彼らしいが、命の尊さを力説している。はっきり言って違和感しかない。だが、なぜか聞き入ってしまう。感覚の違いが、好奇心を刺激しているのだろうか。ハヤテは叡持を直視したまま、引き続き話を聞く。

「それほど貴重なものを使用するのですから、それ以上の価値を生み出すのは義務です。そもそも、僕は消費、浪費、無駄というものを好みません。すべてのものは、しっかりと、最高効率で運用されるべきであり、無駄や浪費というものは、すべてもものに対しての侮辱と言ってもいいでしょう。当然、支払った『命』といいう高価なものに対し——」

「待ってください!」

 ハヤテの口が勝手に動いた。叡持の言葉に魅了され、気が付いたら抑圧されていた本心。それが、口を伝って外に飛び出した。

「じゃ、じゃあ……叡持殿は……、『支払った命以上の価値を生み出せるのなら、いくらでも命を奪ってもいい』と、言いたいんですか?」

「その通りです」

 あっさりとしていた。清々しいくらいに、端的で分かりやすい返答だった。彼は、自分が何を言っているのか分かっているのか? 既に、彼の性格は理解していた、そのつもりだった。だが、彼は別格だ。こんなことを軽々と口にできる。

「命に限らず、支払ったコストに対し、それ以上のリターンを求めるのは当然のこと。むしろ、そのようなことを考えない者の方がおかしいのです。僕が命を奪う、又は実験等で失われる時は、すべて計算しています。失われる命と、失われる価値の総量。それに対し、リターンで得をすることが出来るか。そのコストを取り返すほどの成果を生み出すことが出来るか。僕は常に、それを考えていました。だからこそ不快なのです。命という貴重な物を無駄遣いする輩を。僕に渡して下されば、はるかに高いリターンを生み出すことが出来るというのに」
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