31 / 31
魔法使いの章
『命』というリソース(前編)
しおりを挟む
「……はい?」
叡持は言葉では“不快”と言った。ハヤテは初めて見た。あの魔法使いが、不快感を露わにするところを。滅多に見られない、貴重な瞬間を。
「ハヤテさんの仮説では、多くの者が、不安を抱えている。抱えた不安を解消する方法は、“力を示す”こと。他者に対して示すのではなく、自分自身に示す。その場合、最も効果的方法が、何かの命を奪うこと。そういうことですね」
「はい。たぶんその通りだと思います」
「つまり、多くの者は、自分の不安を解消するために、他の命を消費している。そう言えますね」
「消費……、って言葉が正しいかどうか——」
「消費ですよ。少なくとも、何かを得るためのコストとしています。そして、大きなリターンは期待できない。つまり投資ではなく消費です。この場合では、自分の不安を解消したい。そのために、他社の命を『コスト』として支払う。代わりに自分は『安心』を得る。違いますか?」
「まあ、ここは正しいと思います」
「ここで重要なのは、このために他者の命を支払ったところで、大きなリターンは期待出来ないということです。どんなに命を支払ったとしても、得られるのは個人の安心感のみ。しかし、安心は簡単なことで崩れてしまいます。そして、崩れるたびに他の命を奪う。なんて非効率な消費、いや浪費でしょうか」
ハヤテは途中から話についていけなくなった。内容が難しいわけじゃない。むしろシンプルで分かりやすい。だが、あまりにも価値観が違う。違いすぎて彼の考えを受け付けられない。
「命というものは、非常に価値が高いです。それこそ、『なにものにも代えられない、かけがえのないもの』と表現されるほど、価値が高い。そこに異論はないでしょうか?」
「は、はい。そこだけは……」
「それならご理解頂けるはずです。命は、粗末に扱ってはいけない、と」
どの口が言ってんだ? という突っ込みが頭の中を満たしたが、ハヤテは口を固く閉じた。今、何を言っても無駄だからだ。
「命とは非常に価値が高いので、そう簡単に奪っていいものでもありません。ましてや消費するなど論外です。金、希少な武器などは、多くの人間が重要視します。しかし、それらもまた、命に比べれば価値は低いです。具体的に説明すれば、まずは機会費用があげられるでしょう。命を奪うということは、その後生産したであろう価値を、すべて失ってしまう。つまり、命を奪うことでその後に生み出される価値を消滅させてします。機会費用が高すぎるでしょう。そして、すべての財産は、命がなければ保有することは出来ません。命を奪うということは、実質的に、それが持っていた財産、力、すべてを無に帰す、と言えます。また、長い時を生きた命は、それだけ様々な経験、知識、物語を有しています。それらの価値は、僕のような研究者にとっては非常に価値が高く見えます。それさえも、命があって初めて積み重ね、蓄積することが出来ます。命はまさに『なにものにも代えられない、かけがえのないもの』と言えるでしょう」
まさか、あの魔法使いの口からこんなセリフを聞くことが出来るとは。理由は彼らしいが、命の尊さを力説している。はっきり言って違和感しかない。だが、なぜか聞き入ってしまう。感覚の違いが、好奇心を刺激しているのだろうか。ハヤテは叡持を直視したまま、引き続き話を聞く。
「それほど貴重なものを使用するのですから、それ以上の価値を生み出すのは義務です。そもそも、僕は消費、浪費、無駄というものを好みません。すべてのものは、しっかりと、最高効率で運用されるべきであり、無駄や浪費というものは、すべてもものに対しての侮辱と言ってもいいでしょう。当然、支払った『命』といいう高価なものに対し——」
「待ってください!」
ハヤテの口が勝手に動いた。叡持の言葉に魅了され、気が付いたら抑圧されていた本心。それが、口を伝って外に飛び出した。
「じゃ、じゃあ……叡持殿は……、『支払った命以上の価値を生み出せるのなら、いくらでも命を奪ってもいい』と、言いたいんですか?」
「その通りです」
あっさりとしていた。清々しいくらいに、端的で分かりやすい返答だった。彼は、自分が何を言っているのか分かっているのか? 既に、彼の性格は理解していた、そのつもりだった。だが、彼は別格だ。こんなことを軽々と口にできる。
「命に限らず、支払ったコストに対し、それ以上のリターンを求めるのは当然のこと。むしろ、そのようなことを考えない者の方がおかしいのです。僕が命を奪う、又は実験等で失われる時は、すべて計算しています。失われる命と、失われる価値の総量。それに対し、リターンで得をすることが出来るか。そのコストを取り返すほどの成果を生み出すことが出来るか。僕は常に、それを考えていました。だからこそ不快なのです。命という貴重な物を無駄遣いする輩を。僕に渡して下されば、はるかに高いリターンを生み出すことが出来るというのに」
叡持は言葉では“不快”と言った。ハヤテは初めて見た。あの魔法使いが、不快感を露わにするところを。滅多に見られない、貴重な瞬間を。
「ハヤテさんの仮説では、多くの者が、不安を抱えている。抱えた不安を解消する方法は、“力を示す”こと。他者に対して示すのではなく、自分自身に示す。その場合、最も効果的方法が、何かの命を奪うこと。そういうことですね」
「はい。たぶんその通りだと思います」
「つまり、多くの者は、自分の不安を解消するために、他の命を消費している。そう言えますね」
「消費……、って言葉が正しいかどうか——」
「消費ですよ。少なくとも、何かを得るためのコストとしています。そして、大きなリターンは期待できない。つまり投資ではなく消費です。この場合では、自分の不安を解消したい。そのために、他社の命を『コスト』として支払う。代わりに自分は『安心』を得る。違いますか?」
「まあ、ここは正しいと思います」
「ここで重要なのは、このために他者の命を支払ったところで、大きなリターンは期待出来ないということです。どんなに命を支払ったとしても、得られるのは個人の安心感のみ。しかし、安心は簡単なことで崩れてしまいます。そして、崩れるたびに他の命を奪う。なんて非効率な消費、いや浪費でしょうか」
ハヤテは途中から話についていけなくなった。内容が難しいわけじゃない。むしろシンプルで分かりやすい。だが、あまりにも価値観が違う。違いすぎて彼の考えを受け付けられない。
「命というものは、非常に価値が高いです。それこそ、『なにものにも代えられない、かけがえのないもの』と表現されるほど、価値が高い。そこに異論はないでしょうか?」
「は、はい。そこだけは……」
「それならご理解頂けるはずです。命は、粗末に扱ってはいけない、と」
どの口が言ってんだ? という突っ込みが頭の中を満たしたが、ハヤテは口を固く閉じた。今、何を言っても無駄だからだ。
「命とは非常に価値が高いので、そう簡単に奪っていいものでもありません。ましてや消費するなど論外です。金、希少な武器などは、多くの人間が重要視します。しかし、それらもまた、命に比べれば価値は低いです。具体的に説明すれば、まずは機会費用があげられるでしょう。命を奪うということは、その後生産したであろう価値を、すべて失ってしまう。つまり、命を奪うことでその後に生み出される価値を消滅させてします。機会費用が高すぎるでしょう。そして、すべての財産は、命がなければ保有することは出来ません。命を奪うということは、実質的に、それが持っていた財産、力、すべてを無に帰す、と言えます。また、長い時を生きた命は、それだけ様々な経験、知識、物語を有しています。それらの価値は、僕のような研究者にとっては非常に価値が高く見えます。それさえも、命があって初めて積み重ね、蓄積することが出来ます。命はまさに『なにものにも代えられない、かけがえのないもの』と言えるでしょう」
まさか、あの魔法使いの口からこんなセリフを聞くことが出来るとは。理由は彼らしいが、命の尊さを力説している。はっきり言って違和感しかない。だが、なぜか聞き入ってしまう。感覚の違いが、好奇心を刺激しているのだろうか。ハヤテは叡持を直視したまま、引き続き話を聞く。
「それほど貴重なものを使用するのですから、それ以上の価値を生み出すのは義務です。そもそも、僕は消費、浪費、無駄というものを好みません。すべてのものは、しっかりと、最高効率で運用されるべきであり、無駄や浪費というものは、すべてもものに対しての侮辱と言ってもいいでしょう。当然、支払った『命』といいう高価なものに対し——」
「待ってください!」
ハヤテの口が勝手に動いた。叡持の言葉に魅了され、気が付いたら抑圧されていた本心。それが、口を伝って外に飛び出した。
「じゃ、じゃあ……叡持殿は……、『支払った命以上の価値を生み出せるのなら、いくらでも命を奪ってもいい』と、言いたいんですか?」
「その通りです」
あっさりとしていた。清々しいくらいに、端的で分かりやすい返答だった。彼は、自分が何を言っているのか分かっているのか? 既に、彼の性格は理解していた、そのつもりだった。だが、彼は別格だ。こんなことを軽々と口にできる。
「命に限らず、支払ったコストに対し、それ以上のリターンを求めるのは当然のこと。むしろ、そのようなことを考えない者の方がおかしいのです。僕が命を奪う、又は実験等で失われる時は、すべて計算しています。失われる命と、失われる価値の総量。それに対し、リターンで得をすることが出来るか。そのコストを取り返すほどの成果を生み出すことが出来るか。僕は常に、それを考えていました。だからこそ不快なのです。命という貴重な物を無駄遣いする輩を。僕に渡して下されば、はるかに高いリターンを生み出すことが出来るというのに」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
許すかどうかは、あなたたちが決めることじゃない。ましてや、わざとやったことをそう簡単に許すわけがないでしょう?
珠宮さくら
恋愛
婚約者を我がものにしようとした義妹と義母の策略によって、薬品で顔の半分が酷く爛れてしまったスクレピア。
それを知って見舞いに来るどころか、婚約を白紙にして義妹と婚約をかわした元婚約者と何もしてくれなかった父親、全員に復讐しようと心に誓う。
※全3話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる