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女神の降臨

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散策日和と言える、麗かな日差し
日傘を持ってこればよかったと思った。

幼い頃から日除けは大事だと言うが、私にその習慣はなく
よく友人や私付きの侍女にお小言をくらったものだ。
だが、結婚式前には日傘を使う習慣ができていた。

若さでカバーできるだろうか。
5歳なら良いんじゃないかと楽観視することにした。

たまに、知った顔の使用人が彼に声をかけている
『坊っちゃん』と。私がからかったからやめてもらった呼び方。
古参の使用人は癖になっていたけど。

笑顔を向けられ挨拶をする。
彼と並んでいれば、親子に見えるのだろうか。

その想像にダメージを受けた。

そもそもここにいるのは、
お義母様が私たちの“ぎこちなさ”に、庭の散策を勧めたためだ。

昨日はすぐにベッドで眠りについた。
幼い女の子の体力は限界で、気力でなんとかしていたらしい。

すっかり遅い朝に目覚めた。

起きて目にしたのは、不機嫌なふりをした彼だった。
この顔は、興味はあるが気に食わないって顔に書いてある状態。

彼が起こしてくれる朝は照れ臭い。
顔馴染みのメイドの彼女が控えているのも。

知り合いの娘さんのだというドレスに着替え、
お義母様の心遣いが感じられ、食事をいただいた。

ここで出されたのはこの家で作られた、私の好物だ。

思う存分に食べられ、ほっとした気分だ。
緊張しっぱなしだったのだと自覚した。

ソワソワしっぱなしの彼と会話を試みる。
夜食の礼を言われ、
あっちで用意した食事は、全て昨日、食べてくれたらしい。

『それくらいの用意させてもらうわ!、妻だもの。』
と言おうとしたのを止めた。

場に合わない
視線を落とし笑顔が固まった私に、お義母様が気がついて
庭の散策が出てきたのだ。


最初の頃の見合いで、彼が話題の提供をしてくれる。
買った本の話
私が本好きだから話題を合わせてくれていた。

付き合ってから、
お義父様が頼んだ本を取りに行った時、私を見かけ
素性を探って見合いに持ち込んだと聞いた。

「そんなに私のこと好きなの?」と言えば真っ赤な涙目で。
ああこの人が好き。応えたいと思った。

彼を見上げる角度、触れない距離。

書店にそんな本あったかしら?
『悪魔の誘惑』という本

女神を引っ張ってくる
力技の方法。代償は?


ベンチに腰掛けた。
この距離感は、付き合いたてを思い出す。

「本の内容を
母は眉唾物と言うけど、試してみよう!」

確かに、何もしないより良い。と同意する。

「昔、話したのを覚えているか?」
不健康な感じになっているけど、彼の目は同じだ。

「私、読んだわ。
お義父様がお持ちの本でガーデニングのところに」

「それ、見に行こう!」
直ぐに抱き上げられた。

照れ臭かった。幼い子だと思い出しても、だ。


お義父様の管理する書庫に来た。
良く来ていた場所だったが、今は埃っぽい。

「君が来ていたから、掃除も念入りだったんだよ。」
私のためだったらしい。

ここで紅茶をいただいたこともある。
落ち着いた隠れ家のような雰囲気に、安心する。

お義父様の本を貸していただいて、
お義母様とお茶を楽しむ。

そうして、彼を待っていた。
『お帰りなさい』と言えば

「僕よりこの家に馴染んでいるんじゃないか?」って
寛いでることに冗談まじりで言っていた。

そうそう!お義父様が悪ノリされてたわ。
「娘は嫁にやらんぞ?」
「父上!彼女は、僕の嫁に貰うんです!!」

変な言い争いをしだして、お義母様が笑いを堪えてらした。

あの光景がありありと思い出せるのに。
ここの本は、しばらく誰も触れていないようだ。

私もいなかった5年。

悪い夢だわ
そう嘆くほど、現実だと受け入れられない。
年月が経った事はわかるけど

この悪夢を受け入れてしまえば、
私はココにいる意味がない。

通い慣れた書庫、幼い子の足で進むのではなく
彼に抱っこされたまま。

恥を晒ているが歩幅の違いは明確だ
視線が違うと見つけにくい

恥ずかしい!
それを彼に悟られないよう、普通に振る舞った。
バレたら負けな気がする。

近い顔も
キスできる距離

「これだな」平然としている彼に、冷静になる。
彼にとっては私は今、娘のようなものか。

女神の慈悲があるなら
彼が私の死を受け入れ

皆に死を悼む時間を与えてくれれば、
5歳から生き直す?

いいや。
ねじ込んだようなこの状態に、何故?としか浮かばない。
女神に逆らう。
そう、私が決めたんだから!

薄暗くなったので移動した。
お茶を頼みリビングへ。

私を膝に乗せて、彼が本を広げる。
それにひと言、文句を言いたくなったが、効率重視!と飲み込んだ。

ガーデニングのジャンルにあったと思えない単語が並んでいた。

罪を裁く
嘆きを聞き入れる
昔の神卸しの
古の魔法

神が地上に居たはるか昔の頃の名残り

神にたてつく者
悪魔

とされる。

何でこれがガーデニングなんだ?
「置き物の項目が書いてあるからじゃない?」
庭に装飾されたものがいくつかあった。

それに何か意味があるのか聞いたことがある。

昔からやっている、おまじないだと教えてもらった。
その時はそれ以上深く聞かなかったけど。

場所や配置、植える植物も決まっていて
しっかり決め事があるんだと話を聞いた気がする。

「他に覚えてないのか?」
「貴方の家のことでしょ!何で知らないのよ!!」

苛立ちに、売り言葉に買い言葉。
言い争いに発展しそうなところで人が入ってきた。

「アラアラ。仲良くなったわね?」おっとりお義母様が言う。
皮肉ではないのだが、釈然としない。

「貴方達は、言い合うくらいがちょうどいいわよ?」
嫣然と笑われれば、否とは言えない。

大人しく淹れてもらったお茶を飲み、
時間もいいので、軽食もいただきながら今日の成果を報告した。


「庭の…ガーデニング?
ああ!お義母様がお供えしていたものかしら?」
「母さん覚えてるの?」

いつも母上って言ってる彼が、子供の時の呼び方に戻ってしまったらしい。
バツが悪そうに、そっぽ向いた。

私とお義母様は顔を見合わせて笑った。

家ごとに伝わる庭の決まりごとみたいなのを
嫁入りしたときに教えてもらったと言う話だった。

元々の祖先は、信仰を持っていて
庭にその考えが受け継がれているらしい。

知らなかった。
私の要望で、野菜を植えたりしてもらったが大丈夫だっただろうか?

「信仰といっても、感謝を伝える作法のようでね。お花を捧げて飾ったり
すりシンプルなものだそうよ。

この辺でも庭師が伝えているんじゃないかしら?」

探しに庭へ出た。
女神様の名が刻まれた小さな石碑

その見かけは、石の飾りのようで蔦が彫られ、花が置かれている。
庭に添えるように。ひっそり置かれていた。

その石のカケラを削り、花を供える。

力を貸して欲しい。
私は、この今を望んでいない!

決意をして、結婚式の日。教会へ
訪れる日と決めた。

私の命日
下見と称して、式場を貸し切った。

「返して。私の幸せを!」
真っ直ぐ、天を睨みつけた。

その後、ドサリッと本当に人が落ちてきた!?


少女とも言える子が神が小麦色に光輝く
天使ってこんな娘のことを言うのね!そう見惚れていたら

「ちょっとぉお!何してくれちゃってるの!?」
声を聞いて、グッと幼い印象になった。

神々しさはなく、おバカな娘という喋り方だ。

両脇に天使が降り立つ。
膝をつき、瞳は見えない。目をつぶったまま話している。
そういうものなのかと彼らの話を聞く。

「貴方がたは、女神に反する気ですか?」
王が認めた国教になっている。その重要性、権力に怖気付く。

それらを振り払うように叫んだ
「呼んだのは私です!」

「死んだ貴方が?」冷たく言い放つ。

考えないようにした事。
死んだ人間のエゴではないかと

それでも、前を見据えて言った。
「何故、私がここにいるの?
私が死んで5年後、彼の娘として。」

1番疑問に思ったことだ。

わざわざアレに見つけさせて、
女神さまの慈愛と言って作為的に私を娘にした。
息子が良いとか言った。アレが、ピンポイントに私を連れて帰ったのだ。

女神が関係していると見ていい。
ハッタリ半分だったが、天使たちが狼狽る。

「だからやめた方がと!」
「転生も早く、関係者の近くとは異例なのは確かです。」

「何言ってんの?新しく家族を得てハッピーエンドっしょ!??」

どういう思考回路でそうなったのだろうか?ー


「私の幸せは?」

「彼と一緒なら良いって言ったでしょ?
あの子の願いを叶えるのに邪魔だから
死んだし良いでしょ?」

「違う。」殺されたのだ


時間があれば受け入れられるのだろうか?
このまま進んでも私のハッピーエンドにはならない


「返してよ。私の幸せを!」

地を這うような声だった


「あ、悪魔」
怯える天使などどうでもいい。





悔しい
苦しい

受け入れられない


その睨み合いに割り込むように、
【話は聞きました。】と神々しい声が降り注いだ。
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