失って初めて気付く恋心の小説

辻野 深月

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The Over

The Over (2)

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 ゲームセンターを出る頃には、すっかり夜も更け込んでいた。もう少し遅ければ警察に補導されても不思議じゃない。

 ファミレスをはじめとした飯所はどこも混雑していたので、そのまま街の外れにあるコンビニに行って適当に晩飯を買う。カップラーメンにサイダーなんて、いかにも高校生らしい組み合わせ。

「あはは、おそろいとかマジ? 恥ずかしいんだけど」

 ラーメンをすする雨宮をみて、コンビニから出てきたエリナが言った。
 言葉とは裏腹に、まんざらでもないような表情。どういうわけか頬が緩んでいる。

「まぁ、別にいいか。アタシら以外には誰もいないし」

 パーキングブロックに腰を下ろしたエリナがカップラーメンを啜りはじめる。雨宮は醤油でエリナは味噌。いつもと同じ、代わり映えのないメニュー。

「味噌ばっかり飽きない? 俺、毎日は無理だわ」
「そっちこそ醤油ばっかりじゃん」
「仕方ないじゃん。おいしいんだから」
「じゃあアタシも」

 なんだその、アタシも、って。
 そう思ったけれど、追求しない。どうせ脊髄反射で口に出ただけなのだ、多分。

「そういやさぁ、レオ。今日学校でなんかあったっしょ?」

 ラーメンを食べ終え、店内にあるゴミ箱にカップを捨てて戻ってきたところで、エリナが小首を傾げてそう聞いてきた。

「よく分かったな」
「キャラの操作に少しムラがあったっていうか、いつもより攻撃が単調だった」
「エスパーかよ」
「レオだってそうじゃん。アタシが不機嫌なときは見抜くじゃん」
「すげぇわかりやすいじゃん、エリナは。ヤバいときは筐体蹴ったりするし」
「あー……そうかも」

 不機嫌なときのエリナのキャラ操作はかなりがさつになるので雨宮でなくとも気がつく。
 そういうとき大抵は剣呑な眼差しを湛えたまま眉間に皺が寄っているから、その都度、雨宮は冗談じみた声で「綺麗な顔が台無しだ」なんて注意してみたりするのだ。

「で、話戻すけどさ、なんかあったんでしょ、学校で」

 どうやら話題を逸らすことはできないようだ。
 堪忍したように雨宮は溜息を一つ。

「……まぁ、あったよ」
「成績優秀で優等生な学級委員がどうしたのさ。らしくない」

 らしさってなんなんだろうな、とふいにそんな思考か過ぎった。
 学校を早退して、空いた時間をゲーセンで潰す程度には素行不良なのに。
 首を振り、余計なことを考えるのをやめる。

「来月に文化祭があるんだけどさ」
「そういえばそんなこと聞いたね、先週」

 五月末に文化祭とか珍しいね、なんて話もした。

「そう。それの準備でさ、どいつもこいつもしっかり動かないから、キレた」

 クラスメイトはどうしようもない奴らばかりだ。
 自分の行いが迷惑になっていることすら自覚しないクラスメイトが多くて気が滅入る。なのに迷惑を被っている側もそう感じている様子を見せないから、苛立ちを覚えてしまう。おくびにも出さないことが美徳でありルールなのだと、そんな馬鹿げたことをまるで社会生活には欠かせない正論のようにぶちまけてくる姿勢が癪に障る。そういった小難しい空気の読み合いを前にすると、どうしようもなく腹が立ってしまう。

 同じレベルで物事をやってほしい。そう期待してしまっている自分の傲慢さも、その腹立たしさに拍車を掛けるのだから困ったものだった。望んでもいない鬱憤や不満が溜まり、処理しきれなくなって、爆発してしまう。周囲に合わせてうまくやっていくことができない雨宮の悪い部分だ。

 学級委員の立場だから言わないわけにはいかず、けれど真面目に耳を傾けてくれる同級生なんていやしない。感情を細切れに吐き出す場所だって学校にはどこにもない。切れ散らかして周囲に悪態ばかりついてしまうから、もう誰も相手にはしてくれなくなっている。

「あー、なる」

 エリナが神妙な面持ちで頷いてみせる。どうやら合点がいったらしい。

「それで先週より来るの早かったんだ、ゲーセン」
「くだらない言い合いを仲裁すんのも疲れたし、俺がいなくたってみんなうまくやるんだろ。勝手に仲良くやってろって言い残して、放り出してきた」
「むしろレオいないほうがさっくり決まっていきそうだよねー」

 実際そうだから反論できない。

「というか、レオがキレるの全然想像できないんだよね。身体ひょろひょろだし、身長も170ないし、キレて手に負えないとかマジで考えられない。それにさ、どっちかっていうとオタク系?みたいな雰囲気だし。あーでも、オタクってキレるとヤバいって聞くよねー」
「悪かったなオタクみたいなナリで」

 確かに、身だしなみには気を遣わないし、髪だって色は黒で、清潔感はない。ワックスで綺麗に整えることも億劫に感じるし、お洒落なんて最低限でいいとすら思っている。
 ただ、アニメとか、漫画とか、そういう趣味は一切ない。強いて言えば、ゲーセンで遊んだり、適当にロックミュージックを聴いたりする程度で。

「ごめんごめん、オタクっぽいって言っただけじゃん。ねないでよ」
「つうかエリナに言われるの心外なんだけど。そっちこそガチじゃん」
「いや、アタシがガチとか、それはマジであり得ないから」
「それこそねぇわ。エリナの部屋ヤバかったもん」

 好きな漫画は全部初版で集めていたり、床に膨大な数が積み上がっていたり、かと思えば硝子戸の棚には格闘ゲームキャラのフィギュアが整然と飾ってあったり、机には大人気の漫画家の画集がぞんざいに広げてあったりする。の壁にはエリナお気に入りのロックバンドの写真やポスター、カレンダーでびっしり埋まっていて、立ちくらみを覚えたほどだ。

「えー……同類だと思ってシンパ感じてたのに。ちょっとショックかも」
「別にエリナのことを嫌いになったりはしてないけど」
「それ聞いて安心した。レオに絶交されたら一緒にライブいける友達いなくなっちゃうし」
「……あ、やべぇ、思い出した。そういやHigh Twilightのライブって来週じゃん。親に許可取ってない」
「ちょっと! もしかして忘れてたの!?」

 エリナが甲高い声を張り上げた。

「うぉ……急に騒ぐなよ」

 隣で悲鳴を耳にした雨宮の頭がきぃぃん、とぐらつく。

「ライブ! ちゃんと許可取ってよね! でないとマジでダメになっちゃうじゃん!」
「分かってるつうの! いま親に申請したから!」

 言いながら、雨宮はチャットアプリで母親にさっくり連絡する。すぐに「いいよ。書類準備しておく」と返事が返ってきて、ほっと胸を撫でおろす。

「そんでもって、もう取れた」
「早くない!? ……レオってマジで親に心配されてないんだ」
「期待もされてないからな」
「……ふぅん」
「心配されてないおかげで好き勝手なことして、そんでこうしてエリナといられるんだから、まんざらでもないけど」
「……そういう恥ずかしいこと素で言わないで。鳥肌が立つから」

 弾んでいたエリナの声が一転して、ひどく冷たいものになる。
 感情の落差をはっきり感じて、雨宮は「ごめん」とぼそりと呟く。けれど、その謝罪は届かない。振り返ると、エリナは空になったカップを捨てにコンビニの中へと吸い込まれていくところだった。

「……はぁ」

 出会ってから三週間が経ち、少しはエリナのことを分かってきたつもりだが、どうにも距離感が難しい。この手のやりとりに不得手だという自覚ももちろんあるが、それにしたって、だ。

「あそこまで露骨だと流石になぁ……」
「おい、零央」
「……ん?」

 唐突に名前を呼ばれて顔を上げる。

「なんだ、悠二か」
「なんだじゃねぇよ」

 コンビニ店員の服装で、数少ない友達の一人である夏目なつめ悠二ゆうじが仁王立ちしていた。

「こんな所でいちゃつくな。営業妨害なんだよ」

 適当に整えた中途半端に長い茶髪をがりがりと掻きむしりながら、反吐を吐くように雨宮へ言った。
 対して雨宮は、それを受け止めて、平然と言い返す。

「こんな辺鄙へんぴな場所に店構えて客が来ると思ってるほうがどうかしてるんだよ。それを見越して悠二だって学校に黙ってここでバイト始めたんだろ? 教師も知り合いもほとんど来ないもんな」
「客入りが悪いからっつって店の前でイチャつくのを許してるわけじゃねぇんだよ。飯食い終わったんならさっさと家に帰れ」

 しっ、しっ、とまるで野良猫を追い払うように右手を振ってみせる夏目。

「どうせ客こねぇんだからいいだろ、これくらい」
「よくねぇ。つうかそもそもたむろするのも飯食うのも禁止だ、この馬鹿。一等目立つ場所に張り紙してあるのが見えねぇのか?」

 言いながら夏目が自動ドアを指さす。そこには確かに『敷地内での飲食、長時間の滞在は禁止』と達筆で書かれた注意書きがあった。真っ新な白紙の紙に文字だけが躍る、簡素なそれ。

「全然気付かなかったな。啓蒙ポスターっぽくないと駄目だろ、ああいうの」
「わけわかんねぇ言い訳してんじゃねぇ」
「そういやエリナ見かけたか? 店の中に入っていったはずだけど」
「花摘みたいって言われたから、貸してやったぞ。もうすぐ来るだろ」
「お待たせ~……って」

 言うか早いか、エリナが出てきた。

「レジにいないと思ったら、レオと話してたの。あ、これ、もらってくからね」

 すっきりした表情で夏目にそう告げる、その手には紙パックのアップルティー。

「真田……それ、万引きっていうんだぞ?」
「レジにお金置いておいたから。取引成立でしょ?」
「この店以外でやるなよ。マジで洒落になんねぇからな。一歩間違ったら補導案件だぞ」
「それくらいわかってるって。そんじゃ、ユウジもバイト頑張ってね。アタシらそろそろ引きあげるから」
「おうおう、そうしろそうしろ。営業妨害ではた迷惑だったんだ。清々するわ」
「……もしかして妬いてる?」
「馬鹿いうんじゃねぇ」

 エリナのからかい文句に、見事に釣られた夏目が叫ぶ。

「てめぇらみたいな中途半端な関係、羨ましくもなんともねぇよ」
「存外、気楽でいいもんだけどねー」
「…………はぁ、つまんねぇ。相手するだけ骨折り損だ」

 夏目はもうエリナと取り合うことをやめたようだった。懸命な判断だ。
 店内へと戻っていく夏目の背中を見送って、雨宮は踵を返した。
 左隣にエリナが並び、スマホをいじくりながらついてくる。

「もうちょいふらつくか。スナック菓子らしてるから、ドンキで買い足ししたい」
「あ、アタシもそういや紅茶切らしてたんだった。一緒に行く」
「おう」

 そうして適当に買い物を済ませ、いい時間になったところで別れる。

「そんじゃあ、次会うのはライブのとき?」
「そうなるな」

 別れ間際、とりあえずといった形で確認してくるエリナに、雨宮は頷いてみせた。

「日本武道館に直行でいいよな?」
「どうせならライブ前に買い物したいかも」
「なら、昼の一時に二子玉にこたまの改札でいいか?」
「ん。分かった。じゃあね」

 今度こそ、それぞれ帰路につく。

「ったく……、マジでなんなんだろうな」

 悩んで悩んで、悩み尽くして、それでも一向に、雨宮のなかで、答えは出てこない。
 思考の迷路に入ったまま、いつまでも出口が見つからない。別段それで困ることはないからと放置しておいたら、本当に、分からなくなってしまっている。

 ――俺にとって、エリナは……。

「なんて、詮ないことを考えても仕方ないか……」

 気付けば家の玄関だった。タイムアップだ。
 こういうことを考えるのはまた今度でいい。

 雨宮はそうして、心に巣くったもやもやに蓋をする。
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