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The Over

The Over (0.3)

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 雨宮がエリナと出会ったのは、入学式の翌日だった。
 クラスメイトのせいで学級委員に指名されてしまい、そのままキレて早退したあとのこと。

 家から最寄りの、行きつけにしているゲームセンター。そこで適当に時間を潰そうとやってきたら、見慣れない金髪の女子が雨宮お気に入りの筐体を陣取っていたのだ。彼女は平日の昼間とあって閑散とした店内で一心不乱にレバガチャをしていた。

 筐体のテーブルに積み上がった何十枚もの百円玉が目に入って、もうしばらく動く気配がないことを察知してから、そのときばかりは席を譲って対面に腰を下ろした。

 しばらくNPCとプレイしていると、対戦乱入をされた。対面に座る彼女から申し込まれたのだと分かったけれど、別に驚くことはない。無言で挑んでくるということは、このゲームセンターで長らく王座に居座り続けている雨宮のことを知らない新参プレイヤー。目に物を見せてやるつもりで挑戦を承諾して、キャラクターを選択する。

 多数のキャラがいる中で、雨宮は彼女より先にスタンダードなステータスのキャラクターを選ぶ。相性の良し悪しがある格闘ゲームだ。相手に有利なキャラクターを選ばせるつもりだったが、予想に反して、彼女は雨宮が有利になるようにキャラを選んできた。

 舐められているな。
 そう思った。だったら徹底的に潰してやるまでだと、むかつきさえ覚えた。
 だからだろうか。

 雨宮は完膚なきまでに打ちのめされた。
 しばらく呆然と、画面に映る結果を眺めることしかできなかった。対戦相手の体力を半分も削りきれずに倒されるなんてこと、いままで一度だってなかった。結果を受け入れろと言われたところで素直に納得なんでできやしない。
ハッと席を立って対面を見る。彼女は毅然とした態度でNPCとのプレイを再開していた。

 その態度が気に食わなくて、今度は雨宮のほうから乱入対戦を申し込む。ぼこぼこにしてやりたい。一泡吹かせてやらないと気が済まない。性根をたたき直してやるつもりで一番使い込んでいるキャラを選ぶ。またも彼女は相性の悪いキャラを選択してきた。怒りのボルテージが跳ね上がって爆発しそうだったが、なんとか堪えて深呼吸。対戦が始まると同時、畳みかけるようにラッシュを繰り出してハメて沈める――そんな算段を胸にレバーを握る。

 けれど、終わってみれば惨敗だった。
 一番得意なキャラで、相性だって抜群なのに、大半の攻撃を躱された。まったく予想だにしない挙動のせいで次が読めず、何度も大技を食らってしまった。

 驚いた。それと同時、悔しくてたまらなかった。
 平然とした素振りでプレイを続行する態度が憎たらしく感じて、けれど、無性に格好いいなとも思ってしまった。人気漫画でよくある、序盤の悪役が主人公にこてんぱんにされてその強さに惚れてしまうのはこういう感覚なのかもしれない。


「名前、教えてよ」

 店内のがやがやとした機械音に負けじと、声を張り上げて聞く。
 彼女が手を止めて、顔を上げた。
 雨宮は目を瞠る。

 金髪で、色白で、美人。読者モデルみたいな、すらりとした生足に覗くニーハイソックス。すべてがパーフェクトに思えるその肢体を包む制服は、隣校のそれ。

「ん? アタシ?」
「他に誰がいるんだよ」
「確かにっ」

 にはは、と笑う顔に、えくぼが浮かぶ。

「真田エリナ。青凛の一年。あんた、その制服は白澄でしょ。名前は?」
「雨宮零央」
「っ…………」

 エリナは言葉を失ったかのように、ハッとした顔を浮かべる。
 けれどそれもほんの一瞬。

「名前、格好いいね。あんた、なかなかやるじゃん。久しぶりに楽しかったよ」
「皮肉にしか聞こえねぇ」
「つうか今日って平日だよね? まだ学校じゃないの? なんでこんなところにいるの?」
「キレて早退してきたんだよ」
「あはっ、めっちゃウケるんだけどそれ」
「そっちこそこんな時間からゲーセンにいるじゃねぇか」
「アタシはサボったの。どうせ出ても楽しい授業もないし」
「俺のこと言えたクチかよ……」
「レオ、授業バックれてこんな場所いるんだし、どうせ暇でしょ? ちょっと付き合ってよ」
「付き合うって、どこに」
 雨宮の問いに、エリナが筐体を指さす。
「練習。まだ使いこなせないキャラがいてさぁ。極めたいんだよねぇ」
「俺はサンドバッグじゃねぇんだけど」
「そんなつもりで言ってない。レオの強さは尊敬してるよ? さっきはたまたま上手くいっただけだもの。戦い方を覚えられたら負けるかもしれないとは思ってるよ」
「なら、負けた方のおごりで続けるぞ」
「望むところ!」

 その日、夕暮れまでプレイし続けて、結果、雨宮はエリナに一度も勝てなかった。
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