失って初めて気付く恋心の小説

辻野 深月

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The Over

The Over (0.7)

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 雨宮がエリナと次に会ったのは、ゲームセンターではなかった。地元の駅でも学校の最寄り駅でもなく、原宿の竹下通り。

 時間を潰すついてに物見遊山でほっつき歩いていたら、見知った金髪がいたのだ。
 同時、彼女もまた、ゲーセンのときとは装いがまるで違う雨宮を一目で見抜いた。

「な……んで、エリナがここにいるんだよ……」
「いや、こっちの台詞だし……しかも、それ……」

 服装が被っていた。
 黒地に胸元のワッペンに似た刺繍が目立つTシャツに、下は青地のパンツ。そこまでが全く同じだった。違うのは足元のお洒落だけ。雨宮は厚底のハイブーツで、エリナは有名なチーターのマークが入ったスニーカー。

「その格好、まさかのまさかじゃない!?」
「……こんな偶然あるか、ほんと」

 四月の第一週の土曜日。
 恒例になっているHigh Twilightの春ツアー第一陣、代々木体育館でのライブ。確率なんて考えるだけ無駄のような、途方もない小数点以下を超えて、雨宮はエリナと再会した。

「マジでウケるんだけどっ! つうか一人なの?」
「今日はね。再来週の日本武道館も行く予定。そっちは連番取れたから相方募集してるけど」
「ほんと!? だったらアタシいくよ。今日とセトリ違うだろうし。ってか、アタシ一人だから心細かったんだよねぇ。学校にファンいないしさぁ。っつか、いま暇でしょ? ちょっと買い物付き合ってくんない?」

 畳みかけるように喋り散らかしたエリナが、テンションそのままに雨宮の左袖をぐいっと引っ張る。

「ちょっ……、もうそろそろライブ始まるってのに、買い物とか正気かよっ!?」
「まだ時間あるじゃん! 一時間あるならウィンドウショッピングくらいできるし! お金も使わないから経済的でしょ? 原宿なんてそんなに来ないからぎりぎりまで色々見ておきたいの!」
「だからって俺を連れ回す必要あるのかよ!?」
「そんなつれないこと言うなよぉ。今度からゲーセンで遊んでやんないぞ?」
「……ぐ、卑怯だぞ、それを天秤にかけるのは」
「だったらアタシに従うことね!」

 結局、あちこちに連れ回された雨宮は、ライブの開演三十分前まで荷物持ちをさせられた。

「強引すぎるだろマジでっ!」

 それでも、面と向かって文句を言えるほどの勇気を、雨宮は持ち合わせていなかった。

 ライブが終わってから再び合流して、ファミレスで夕飯にありつくことにした。休日の土曜日。夕飯の時間には遅いだけあって店内は客もまばらだった。ウェイターに案内されて駅前表通りに面する窓際の四人席に腰を落ち着ける。

「いやぁ、今日は散財しちゃったなぁ」
「流石に買いすぎだろ。普段身につけないようなもんまで買って、阿呆なのか?」

 始発でライブの物販に並んでいたらしいエリナは、有り金をはたいて物販に陳列していた全部の商品を買い占めたらしかった。対面の座席には物販で無料配布されていた大型のショッパーにぎっしり詰まったグッズの山。いまどき全部買うなんて滅多にやらないことだけれど、そこまでエリナはこのバンドにはまっているのかと思うと、少しだけ嬉しくなってむず痒さが背中を撫でる。

「そういやライブはどんだけ参戦してるの?」
「はじめてだったんだよねぇ、今日のが」
「へぇ、そりゃあいい」

 いい、というのは、今日のセットリストが素晴らしいものだったからだ。古参向けというよりは、ここ最近で新しくファンになった人に向けた最新曲が詰まったライブだった。売れない頃に必死こいて書いていた中二病のようなナンバーではなく、少しだけ大衆受けを狙いながら彼らの味もしっかりと残したロックナンバーは、これまでの曲と比較するまでもなく一般ウケがいい。
 エッジがなくなったという古参ファンもいるけれど、いつまでも売れずにいるよりは、全然いい。

「どうだった? ライブ」
「楽しかった! 物販も欲しいもの全部揃えたし!」

 屈託のない笑顔を浮かべてエリナが言う。

「結構色んなアーティストのライブ行ってるんだけどさ、なんか、久々にバンドがみんな輝いてる感じがあってさ。やっぱさ、きらきらしてるのがいいよね。勢いに乗ってると調子づいて変なこと言うバンドもあるけど、High Twilightにはそういうのがなかったから、うん」

 噛みしめるような言いながら、エリナが興奮気味に続ける。

「分かる。俺も、だから好きなんだよ」

 彼らの音楽はひたすら素直だ。
 趣味もロクにない雨宮の心すら捕まえてくるようなストレートさがいい。真正面から叩きつけてくるような、ナルシストさを感じさせない歌詞と演奏がいい。けれど、それだけでなく、雨宮が知らないような世界を奏でる姿もいい。ライブの合間合間に入るMCで語られる言葉の実直さがいい。

 いいところを語らせれば一日では足りない。

「今度、CD貸してやろうか」
「ほんと? やった、なんか初期のやつは廃盤のやつもあるとか聞いてたから、うれしい。Youtubeにも投稿されてないし、Spotifyとかにもないから、助かるよ。それじゃあ今度、うちにこない? 学校も違うし、会うってたってゲーセンしかないし、それはなんか……だし」
「あ、え、うん。まぁ、俺は構わないけど……」

 いいのか? という疑問を、どうにかして飲み込む。
 いくら趣味が合うからって、知り合って間もない男子を自分の部屋に連れ込むなんて、よっぽどのことだ。雨宮だって、異性となれば躊躇(ためら)う。

「そっちこそ大丈夫なわけ?」
「へっ? もしかしてレオ、誘われるの嫌だった?」
「そうじゃなくてさ。……というか、普段からそんなお手軽に男子誘ってるの?」
「いやいや、それはない。流石にそれはないって」

 至極真顔で言って、エリナがぶんぶんと首を振る。

「友達でも知り合いでもない赤の他人に家の敷居を跨がせるほど安い女じゃないよ、アタシ」

 鼻を鳴らし、堂々とそう言ってのけるエリナ。

「なら、来週でいいか? エリナのところに行くの。平日は流石にどうかと思うし」
「いいよ。ああ、ちなみにだけどさ、部屋、片付けられる状況にないから、そこは勘弁してくれるとありがたい。散らばってないと集中できないタイプでさ」
「なんかそれ、アインシュタインみたいだな」
「そんな頭よくないけど」
白澄しろすみ高校って時点で俺みたいのとは学力が違う」

 学区の中では地元で一番の偏差値を誇る青凛せいりん高校と、隣の学区でトップに君臨するばかりか県下で一番を誇る公立の白澄とでは、比較するのもおこがましい学力の差がある。白澄に通っている生徒の頭が悪いなんてことは万に一つもあり得ない。

「でも学校はほとんどいってないからなぁ……」
「出席もしてないのか」
「まぁ、うん。たまに顔見せてる程度かな。授業つまんないし。出席とかはさ、ぎりぎり足りればいいかなって」

 オーダーしたピラフを食べ終えて珈琲を啜るエリナが、とんでもないことをなんでもないことのように口にする。

「学校にいてもさ、退屈なんだよね。誰と話をしても大して面白くないし、授業はユーモアの欠片もないし、部活とかそういうのに熱心なわけでもないから活気もないし。陰気くさいっつうか、芋っぽいっつうか、なんなんだろうなぁ、あの感じ」
「エリナって結構協調性なさそう」
「ちょっとそれ失礼じゃない!?」
「あ、ごめん……つうか俺が言えた話じゃないのかも」
「ほんとそれ。そっちだってドロップアウトしかかってるじゃん」
「そんなことはねぇよ。とりあえず学校には行ってるから。度合いでいったら明らかにエリナのほうがヤバいでしょ。ずっと欠席してたら留年するぞ、マジで」
「そんなの言われなくたって分かってるって。けど、実際さぁ……」

 エリナが不満げな表情を浮かべたまま頬杖をついて窓の外を見やった。釣られて雨宮も閑散とした商店街に目をやる。
 夜の景色は灰色だった。ゲームセンターに入り浸ることもできないし、あとは帰って寝るだけの退屈な時間帯。自由もなく、面白みもない、濃度の深い灰色の世界。
 もしかすると、エリナの瞳には日中の学校がこんな風に映っているのかもしれない。自分のいていい世界ではない、だから色褪せてしまっている。そう考えると、胸にすとんと収まる音がした。

「そろそろ帰ろっかな」

 しばらくしてエリナがそう言って、おもむろに席を立った。物販で手に入れたグッズを詰め込んだショッパーを肩に提げ、プリペイドカードで会計を手短に済ませて店の外に出る。

「そういえば、まだ連絡先交換してなかったよね」
「確かに」
「それじゃあ、さくっとやっちゃおっか」

 エリナの作った空気に流されるようにして、雨宮は連絡先を交換する。『真田エリナが友達に登録されました』という文字列が新鮮で、しばし目を瞬く。機械的には、どうやらそういう関係性になったらしかった。まるで実感が伴わない。

「おやすみ、レオ」
「お、おう」

 エリナの後ろ姿が完全に見えなくなるまで見送る。

「友達……ね」

 機械的な文字列に、少しだけぬくもりを感じる気がした。
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