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出逢い

見つめる。

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 「本当にさっきのは何だったんだ…」天はため息を漏らす。
 そうなるのも無理はない。ソフィア、と、名乗った女の子は小学生程の身の丈に金色で長くツヤがある髪の毛、露出の多い白い羽衣を見に纏った、文字通り純白の天使が突如として天の前に現れた。まだ家を出て10分というのに膨大な量の知識と未曾有の事態が天の身に起こり、どっと疲れが押し寄せてきた。
 最寄り駅に着くと、改札に定期乗車券を読み取り口に押し当て、ホームで乗るべき電車を待つ。天はシャワーを浴びた事を忘れる程の汗をかいていた。
 「天くん、先に行くなら一言連絡入れたらどうかな?」後ろから幼馴染の桐生誠司が肩を叩いてきた。呼吸が荒くなっている、どうやら後ろから走って追いかけてきたようだ。
 天はスマートフォンに目を落とすと、誠司からの着信がメッセージアプリ《TIME》によってかけられていた。
 「悪かったな。朝は少し立て込んでてさ」天は苦笑いではぐらかし、電車に乗りその場を後にした。
 大学に着くと、天と誠司は授業が行われるキャンパスへ向かった。その後の授業はいつも通り何事もなく時間が過ぎていった。
 昼休みに入ると、食堂は賑やかになる。学年、学科が違う人達もここでは皆同じ食欲に従順な者となる。
 「やはりラーメンとカレーは並ぶよな…。ならばここは敢えて、っと」
天が誠司のいるテーブルへ戻るや否や誠司の顔が落胆する。
「あのな、たまにはチャーハンじゃなくて違うものでも食べたらどうだ? 麺類とかパンとか、幾らでも選べるだろ!」誠司が天の顔を覗き込むように見て言った。
 「俺はチャーハンが好きなの。嫌いな食べ物はないけどチャーハンはとても魅力的な料理であってな…」天がチャーハンを頬張りながらチャーハンについての魅力を説明する。
 「それより誠司は毎日のり弁当だよな。お前こそ飽きないのか?」
 「俺は親愛なる母上の有難みを噛み締めてるんですよ。ああ美味しゅうございます!」
 目の前で三文芝居を見せられている天は意に介さず食器を片付けようと立ち上がった。
 その瞬間、体にぶつかった衝撃とは裏腹に微かに感じた背中からの柔らかい感触。成程。これがなのか。
 「す、すみません! 自分が後ろを確認せず立ち上がったばかりにぶっかってしまい、本当にすみません!」女性との触れ合いに慣れていない天は動揺し、綺麗なお辞儀の角度を保ち謝罪をした。
 「いえいえ、こちらこそごめんなさい。今度からは気をつけますね」綺麗な言葉遣いの女性は笑顔でその場を去った。
 「おい、お前はなんて事をしたんだ!」誠司が天の腕を引っ張り男子トイレへと連れ込む。
 何って…と動揺している天に向かって誠司がすかさず口を開ける。
 「あの人はこの大学のミスコン一位の水無月理央さん! ただでさえファンクラブもあってアイドル的存在の人に対してぶつかったなんて知られたら、お前はこの大学で生きていけないぞ!」
 真剣な眼差しで誠司は天を見つめる。
 「ぶつかったくらいでなにもそんな大袈裟な…」天は苦笑いをして見せたが、誠司は話を続けた。
 「確かにぶつかっただけだ。だがあの人にだけは別だ。あの人のファンはな、皆理央さんを神のように崇めてる。言わば宗教! 神に触れ、粗相を起こすことなど断じてあってはならない!」誠司は天そう言うとを連れ出し、ひっそりと食堂から抜け出した。
 一日の授業が終わると、辺りは既に夕日で赤く染っていた。
 「本当に良かったな、大事にならなくて。たまに噂はされてたけど天が犯人とはバレてないみたいだぜ」誠司と天は安堵の表情を浮かべた。
 「確かにな、誠司には助かったよ。じゃあ、俺はこれからバイトだから。また明日な」天も先程とは違い柔らかな声色で誠司と別れた。
 大学の最寄り駅から徒歩二分の場所に店を構えている居酒屋が天のアルバイト先だ。
 中に入ると、店長とパートのおばさん、数人の来店客の姿が見えた。
 「おはよう! 今日から新人の子が来るから、教育係よろしくな!」店長の元気で力強い声が耳に入る。
 「おはようございます。そうなんですね、分かりました」天は落ち着いて返す。
 高校生の時からアルバイトをしていた天にとって新人の人に教えるのは決して珍しいことではない。教育係も仕事を効率的にこなす天だからこその役割だろう。
 アルバイトの制服に着替え時計を見ると、まだ出勤時刻まで時間がある。天はSNSで趣味のカフェ巡りに関する情報を集め、休みの日に向けてのモチベーションを高めていた。
 ガチャッ、と扉が開くと同時にそちらへ目をやると、肩下まで伸び、片方がかき上げられた赤茶色の髪の毛。かき上げられた方から見えるワンポイントのピアス。如何にもなギャルが入ってきた。
 「おはようございます、今日から入りました。新人の…ってえ?」
 覇気のない挨拶から始まったギャルが呆気に取られる。
 「え、あ…どうも…」天も動揺を隠せない。それもその筈、先程食堂でぶつかり、束の間の幸せを感じさせてもらった相手、大学のアイドル、水無月理央なのだから。
 理央は笑顔を取り繕い、天に向かって歩き頬を赤らめ耳に顔を近付けた。
 「…バイト終わったら私に付き合いなさい」理央はそう言うと更衣室へと姿を消した。
 「…入信しようかな」天はそう呟き、休憩室を後にした。
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