Relight

椛茶

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プロローグ

幸せな時

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 ――ヒョコッ

 草むらから、可愛らしい茶髪の女の子の頭が覗く。
 街外れにある森の奥、隠れるようにしてぽっかりと開いたその場所で、女の子はキョロキョロと何かを探すようにしてあたりを見回した。

 この場所は、沢山とまでは行かないまでもそれなりに人が訪れる森の中で、唯一と言っていいほど数少ない、誰も来ない場所。誰にも知られていない、二人だけの秘密の場所。

「ロイ!!」

 声をひそめるようにして小さな声で誰かの名を呼んだ少女は、しばらくの間じっとしていたが、返事がないことを知るとあからさまに肩を落とした。

「…なんだ。まだ来てないんだ……」

 眉を下げ、草影に隠していた二脚の椅子を取り出し、片方にちょこんと座る。

 少々不格好で歪な形をした椅子は、それもそのはず。女の子ともう一人の、今女の子が待っている子が二人で、協力して材料集めから作ったものなのだから。

 ぶらぶらと両足を揺らし、不貞腐れた顔で待つ女の子は、それでも待つことすら楽しいといった様子で一人、静かに森を眺めていた。

「レイ……!!」

 少し経った頃、背後で僅かに草木を踏む音が聞こえ振り返ると、そこにはグレージュの髪をした十歳いくかいかないかくらいの男の子がいた。女の子の待ち人である。

 これでも今年で十三になるこの少年は、整った顔立ちをしながらも、髪や肌、衣服は汚れ、全体的にくたびれた印象を受けた

「ロイ!!もう、遅いよ!私、待ってたんだから!!」

 対して、女の子は小綺麗なワンピースや靴、髪飾りをまとい、その愛らしい容姿を磨き上げていた。
 少年の一つ年下であるその子は、立ってもほぼ同じ目線である。

 そんな服装や格好からひと目で身分が違うとわかる二人だが、そんなものは関係ないとばかりに互いに遠慮なく言葉を交わし、親しげな雰囲気をあたりに漂わせていた。

「ごめん、ちょっと抜け出すのに時間かかっちゃって……」
「そうだろうとは思ってたけど、でも……一緒に、いたかったんだもん……」

 ふと、女の子の顔に寂しさとは違う影が落ちたように見えたが、次の瞬間にはぱっと顔を輝かせて明るく笑った。

「でもいいや。こうして来たんだから、許してあげる」
「ほんと?…ありがとう」

 一瞬のことだったようで、少年はそれに気づかずに、女の子の笑顔に頬を緩めた。

「って、あ!!また怪我してる!!」

 女の子の視界に入らないようさり気なく背後に隠していた右腕を、それに気づいた女の子にさっと取り上げられてしまい、少年が慌てた頃にはもう袖をまくりあげられていた。

 青く内出血したその痕は、腕に堂々とその存在を主張し、見ている人にまで痛いと感じさせてしまうほど。到底、何かにぶつけたとか転んだとか、そういうものではつけることの出来ないものだ。

「もうっ……。また殴られたの?」

 女の子はカバンから取り出したお手製の塗り薬をその怪我へと塗っていく。

 腕には、その大きな内出血以外にも、ところどころ怪我が見える。それは同じような内出血だったり、擦り傷だったり、切り傷だったりと様々だ。けれどそのどれもが、自然にできたものでは決してない。

「……うん。でも大丈夫。だってレイが薬を塗ってくれるんでしょ?」

(そういう意味じゃないんだけど……)

 ニッコリ笑うロイに、レイは少し困った顔をして笑った。

「やっぱりレイの薬はすごいや。ほら、もう治ってきてる。どの薬屋の薬よりも効果がある」
「あったりまえよ。だってこれはロイ専用の薬なんだもの。私はいつか薬屋になるのよ。そしてロイがいつ怪我をしてもいいように、ロイが怪我をしても痛くないように最高よ薬を作って、街一番の薬屋になるの」

 ロイに効くのは当たり前。なぜならこれは、ロイのために、薬や魔法が効きにくいロイのために、一生懸命開発したロイだけの薬なのだ。

 ロイは、家族や周囲の人達に暴行を受けている。まともな薬をもらえず、不良品ばかりで治療された体はいつしか、ただでさえ効きづらかったそれらにより耐性をつけ、そこらの薬や魔法が効かなくなった。魔法が効かないことは、一見良いことのように聞こえるかもしれないが、それは同時に、怪我や病気になっても、回復魔法が効かないということでもあった。

 レイの夢が薬屋になることも、全部ロイのためだ。この塗り薬だって、ロイのために、薬のことなんて全く知らないところから、必死に勉強して開発したものなのだから。

 薬屋になれば、もっと多くの薬草や魔法を扱うことが許される。そうすればきっと、ロイに効く薬を他にも開発出来る。

 そんな思いで、日々薬屋になることを目指し、レイは薬屋に通い勉強していた。

「うん。きっとなれるよ、レイなら。だってこんな凄い薬を作れるんだから」

 レイのそんな思いを知ってか知らずか、ロイはそう淡く微笑んだ。





 ――静かで穏やかな時間が過ぎていく。一週間に一度の、森の中での優しい時。それは、二人にとって、何よりの幸せな時間だった。
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