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本編 〜ロイ視点〜
決意と髪紐と
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「まさかお前とあのルクフォード商会の一人娘が知り合いだったとはなあ」
ロイのカトラリーを握りしめた手を、男はグリグリと踏みつけながら言った。
「いやー、さすがあの商会の娘なだけはある。美人で気立てが良くて、薄汚れたお前なんかにも優しいんだからよっ!!」
ガッとロイの鳩尾部分を蹴る男の行動は慣れたものだ。
ロイはグッと歯を食いしばりながら、男の言葉に耳を傾ける。
「俺ももう少し若い頃にでも、ああいう娘と話してみたかったぜ。うちのあのババア何かとは比べモンになんねぇ」
男は何処か恍惚とした表情を浮かべ、宙を眺めていた。だが次の瞬間。
「なのにだ。お前と会ってるみたいじゃねーか。お前なんかと!お前なんかが会って良い相手じゃねーんだよ!!」
先程の表情とは打って変わり、目に怪しげな光を灯してロイを見下ろしていた。
「こんな下っ端の、それこそゴミのような俺達なんかと一緒にいちゃいけねぇんだよ!!!」
ロイには男のそのセリフは、ロイに聞かせるというだけでなく、男自身にも言っているように聞こえた。
「俺らなんかといたら、品位が下がっちまうだろうが。お前なんかが、俺らの中でも特に汚ぇお前なんかが、一緒にいていいもんじゃねぇんだよ!!お前にはここよりも、スラムの方がお似合いなんだからよっ!!」
「っ……」
(わかってる、そんなこと……)
もちろんロイは分かっている。レイとロイは身分が違いすぎることも。レイとロイがこれまでも、これからもずっと一緒にいられるわけではないことも。レイもロイもそれを分かっているけれど、だからこそ今まで、少しでも長く一緒にいるために、その時間を限りないものにするために、二人はあの場所で穏やかな時間を過ごして来たのだ。
だが、それももう終わりだろう。
「お前が汚して良い相手だとでも思ってんのかよ?そんなわけないよなあ?なあ!!」
(思ってるわけない。思うわけがない。……けど)
流石にそれを自分ではない人に突きつけられるのは堪えた。
「……いや。こんなやつなんかと付き合うなんて、向こうのほうがたかが知れてるということか?」
「……は?」
ロイの口から、今までにないほどの低い声が漏れた。
こいつは何を言ってる?レイが、たかが知れてる?
「ああ、なら。俺が手を出してもいいわけだ。なあ?」
と思ったら、男はころりと機嫌を良くし、声を弾ませている。
「年は少しばかり幼いが、まあ、十分に嫁げる年齢。身体も年の割に熟れてるし、別に俺が手を出したっていおよなあ?だってもうすでに、お前が汚しちまったんだから」
「っ!!」
そこからはあまり覚えていない。気がつくと周りには真っ赤なものが散らばっていて、そしてそれの中に男が血を流しながら倒れ伏していた。ロイの手も、赤い液体が伝うカトラリーと共に真っ赤に濡れていた。
ただ、ああ、殺しちゃったのかとだけ、頭に浮かんだ。
ロイが生きているこの世界は、スラムにも近いことから基本的に誰がどこかで死ぬなど日常茶飯事だ。ロイが仕方なく行くスラムだって、あそこでは一見争いごとはなくても、影や奥の方では争いごと、殺し合いは溢れていた。
だからだろう。ロイは初めて人を殺してしまったのにもかかわらず、案外頭は冷静だった。
(これどうしようかな……)
足元に転がる血染めのフォークやナイフを拾い集めながら、視界に映る死体について考える。
幸いなことに、屍となった男は大のギャンブル好きで、かなりの頻度で家を数日に渡り開けていたので、一日二日いなかったところで男の妻含め誰も心配などしない。
とりあえずロイは死体を誰にも見つからないようスラムの一角に埋め、とりあえず冥福を祈って家へと帰った。
男を埋める前にカトラリーや家具、床についた血を乾かぬうちに拭き取ったからか、帰ったらそこはいつも通りの光景が広がっている。人殺しなどなかったかのように。
(でもあったんだよね……。これからどうしようかな)
ロイはベッドと言うには粗末な湿気った寝藁に寝転がり、天井を見上げる。
人殺しなどロイにとってはどうでもいい。それによってかかる、家族や近所の人への迷惑も、はっきり言ってどうでもいい。ただ、レイに迷惑をかけてしまうかもしれないことが、ロイにはそれだけが嫌だった。
もし仮にロイがレイと出会ってなくて、レイのことを知らなかったら。その場合ロイは迷いなくこの街から逃げ出して、一人で適当に旅でもしていただろう。けれど、その場合は生きる気力のないロイは、かなりの確率で盗賊やらなんやらで抵抗することなく早死していただろうが。
いや、そもそも人を殺すことすらなかったかもしれない。
だが、今はレイがいる。レイがいなければロイは生きていけない。そんなふうになってしまった。レイと会えないのならその原因は徹底的に排除し、レイがロイを避けロイを嫌うというのならレイを殺して自分も死んでもいいと思うくらいには。ロイはレイが好きで、たまらない。
だから。
(死のう)
レイに迷惑をかけるくらいなら、いっそのこと。次にレイと会うときは2日後。それを最後にしよう。
(そうだ。遺書も書こう)
もちろん家族宛ではなく、レイ宛に。きっとロイに会えなかったら心配するだろうから、そのための遺書を。
(ああ……そうだ。ついでに、最後くらいなら、レイに告白してもいいよね?ふふっ、レイ驚くだろうなぁ)
……見たい。けれど、実際に音に出して言ってしまったら、きっと決意が鈍ってしまうから。
(後は、そうだな……レイに何か、プレゼントを贈ろうかな)
ずっと少しずつ貯めていたお金。
レイがロイを忘れないように。レイを縛れるように。ロイが死んでからも、少しでも縛り付けられるように。
レイがいつも身につけられるよう、上等なものがいい。そうなると、糸と小ぶりの宝石なら値段的にも手が届く。
(髪紐にしよう。髪紐なら僕も編めるし。僕と同じ色合いで、見たら思い出してくれるよう、藍色の髪紐にゾイサイトと黒翡翠なんかどうかな)
「ふふっ、明後日が楽しみだな」
ロイのカトラリーを握りしめた手を、男はグリグリと踏みつけながら言った。
「いやー、さすがあの商会の娘なだけはある。美人で気立てが良くて、薄汚れたお前なんかにも優しいんだからよっ!!」
ガッとロイの鳩尾部分を蹴る男の行動は慣れたものだ。
ロイはグッと歯を食いしばりながら、男の言葉に耳を傾ける。
「俺ももう少し若い頃にでも、ああいう娘と話してみたかったぜ。うちのあのババア何かとは比べモンになんねぇ」
男は何処か恍惚とした表情を浮かべ、宙を眺めていた。だが次の瞬間。
「なのにだ。お前と会ってるみたいじゃねーか。お前なんかと!お前なんかが会って良い相手じゃねーんだよ!!」
先程の表情とは打って変わり、目に怪しげな光を灯してロイを見下ろしていた。
「こんな下っ端の、それこそゴミのような俺達なんかと一緒にいちゃいけねぇんだよ!!!」
ロイには男のそのセリフは、ロイに聞かせるというだけでなく、男自身にも言っているように聞こえた。
「俺らなんかといたら、品位が下がっちまうだろうが。お前なんかが、俺らの中でも特に汚ぇお前なんかが、一緒にいていいもんじゃねぇんだよ!!お前にはここよりも、スラムの方がお似合いなんだからよっ!!」
「っ……」
(わかってる、そんなこと……)
もちろんロイは分かっている。レイとロイは身分が違いすぎることも。レイとロイがこれまでも、これからもずっと一緒にいられるわけではないことも。レイもロイもそれを分かっているけれど、だからこそ今まで、少しでも長く一緒にいるために、その時間を限りないものにするために、二人はあの場所で穏やかな時間を過ごして来たのだ。
だが、それももう終わりだろう。
「お前が汚して良い相手だとでも思ってんのかよ?そんなわけないよなあ?なあ!!」
(思ってるわけない。思うわけがない。……けど)
流石にそれを自分ではない人に突きつけられるのは堪えた。
「……いや。こんなやつなんかと付き合うなんて、向こうのほうがたかが知れてるということか?」
「……は?」
ロイの口から、今までにないほどの低い声が漏れた。
こいつは何を言ってる?レイが、たかが知れてる?
「ああ、なら。俺が手を出してもいいわけだ。なあ?」
と思ったら、男はころりと機嫌を良くし、声を弾ませている。
「年は少しばかり幼いが、まあ、十分に嫁げる年齢。身体も年の割に熟れてるし、別に俺が手を出したっていおよなあ?だってもうすでに、お前が汚しちまったんだから」
「っ!!」
そこからはあまり覚えていない。気がつくと周りには真っ赤なものが散らばっていて、そしてそれの中に男が血を流しながら倒れ伏していた。ロイの手も、赤い液体が伝うカトラリーと共に真っ赤に濡れていた。
ただ、ああ、殺しちゃったのかとだけ、頭に浮かんだ。
ロイが生きているこの世界は、スラムにも近いことから基本的に誰がどこかで死ぬなど日常茶飯事だ。ロイが仕方なく行くスラムだって、あそこでは一見争いごとはなくても、影や奥の方では争いごと、殺し合いは溢れていた。
だからだろう。ロイは初めて人を殺してしまったのにもかかわらず、案外頭は冷静だった。
(これどうしようかな……)
足元に転がる血染めのフォークやナイフを拾い集めながら、視界に映る死体について考える。
幸いなことに、屍となった男は大のギャンブル好きで、かなりの頻度で家を数日に渡り開けていたので、一日二日いなかったところで男の妻含め誰も心配などしない。
とりあえずロイは死体を誰にも見つからないようスラムの一角に埋め、とりあえず冥福を祈って家へと帰った。
男を埋める前にカトラリーや家具、床についた血を乾かぬうちに拭き取ったからか、帰ったらそこはいつも通りの光景が広がっている。人殺しなどなかったかのように。
(でもあったんだよね……。これからどうしようかな)
ロイはベッドと言うには粗末な湿気った寝藁に寝転がり、天井を見上げる。
人殺しなどロイにとってはどうでもいい。それによってかかる、家族や近所の人への迷惑も、はっきり言ってどうでもいい。ただ、レイに迷惑をかけてしまうかもしれないことが、ロイにはそれだけが嫌だった。
もし仮にロイがレイと出会ってなくて、レイのことを知らなかったら。その場合ロイは迷いなくこの街から逃げ出して、一人で適当に旅でもしていただろう。けれど、その場合は生きる気力のないロイは、かなりの確率で盗賊やらなんやらで抵抗することなく早死していただろうが。
いや、そもそも人を殺すことすらなかったかもしれない。
だが、今はレイがいる。レイがいなければロイは生きていけない。そんなふうになってしまった。レイと会えないのならその原因は徹底的に排除し、レイがロイを避けロイを嫌うというのならレイを殺して自分も死んでもいいと思うくらいには。ロイはレイが好きで、たまらない。
だから。
(死のう)
レイに迷惑をかけるくらいなら、いっそのこと。次にレイと会うときは2日後。それを最後にしよう。
(そうだ。遺書も書こう)
もちろん家族宛ではなく、レイ宛に。きっとロイに会えなかったら心配するだろうから、そのための遺書を。
(ああ……そうだ。ついでに、最後くらいなら、レイに告白してもいいよね?ふふっ、レイ驚くだろうなぁ)
……見たい。けれど、実際に音に出して言ってしまったら、きっと決意が鈍ってしまうから。
(後は、そうだな……レイに何か、プレゼントを贈ろうかな)
ずっと少しずつ貯めていたお金。
レイがロイを忘れないように。レイを縛れるように。ロイが死んでからも、少しでも縛り付けられるように。
レイがいつも身につけられるよう、上等なものがいい。そうなると、糸と小ぶりの宝石なら値段的にも手が届く。
(髪紐にしよう。髪紐なら僕も編めるし。僕と同じ色合いで、見たら思い出してくれるよう、藍色の髪紐にゾイサイトと黒翡翠なんかどうかな)
「ふふっ、明後日が楽しみだな」
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