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2 前世の記憶
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今生、アタイはエメラルダ王国王都に生きる少女・ルナ。
六歳のころに母セリナが死んでからは、仲間と共同生活中。父はいない。
この母が、義賊『月光団』前頭領の生き別れの妹だったらしい。
八歳の頃、『月光団の副頭領』を名乗る見知らぬ妖艶なお姉さんが急に現れて「貴女に頭領を継いで欲しい」と言われた時は流石にビビった。
なんでも頭領は世襲が慣例らしいが前頭領には子がなく、目ぼしい親戚も見当たらず、必死に血縁を探しに探して探り当てた母は故人。
もはやこれまでかと思ったところで娘の存在を知り、アタイのところまでやっとこさっとこ辿り着いたんだとか。
初めは胡散臭すぎて適当にあしらっていたけど、『弱きを助け強きを挫く』というスローガンが正義の味方に憧れる子ども心に刺さった。それはもう、ぐっさりと刺さった。
今じゃあ義賊と言っても盗人稼業はしておらず、人助け組織になっているっていうんならまあ良いか、と話を受けて頭領に就任。
以来、街の平和を陰ながら支えているというわけだ。
――で、問題の前世。
アタイはサフィニア帝国第二皇女のルナーティア・サフィニアだった。
父皇帝には公爵家から娶った正妃と彼女が産んだ第一皇女ミラージュがいたが、たまたま皇宮を訪れた劇団の踊り子の娘を見初めて側妃として召し上げた。
その娘こそがアタイの母だ。
ぽっと出の娘に皇帝の寵愛を奪われた正妃は、とにかく怒った。嫉妬に狂った。殺意を抱くほど、それはもう苛烈に。
母はアタイが三歳の頃に亡くなった。公には病死と発表されたが、内心では正妃に殺されたと思う者が多かったという。まあ証拠もないし、真相は闇の中なんだけど。
まだ母の死も理解できない幼子だったアタイは、王妹殿下の判断でしばらく少数の供とともに山間部の離宮へ移されることとなった。正妃の手の届かない、というか皆に存在を忘れられた寂れたお屋敷だったから、ちょっと身を隠しているには最適ということで。
そこで野山を駆け巡ってのびのびと育った経験が、アタイの人格形成に相当影響したんじゃないかと思う。いや、確実にそうだ。
十二歳の頃に皇宮に戻されたアタイは、壊滅的にお姫様生活が性に合わない人間になっていた。
王女として、最低限の教養は身につけた。聖女の才があると分かったから、その勉強もした。でもそれよりも、広い大地を走りたい。剣を振るいたい。
そんなアタイに親心が動かされたのか何なのかは知らないが、皇帝から騎士団に入るお許しをもらった。王位への野心なんかありません、という(正妃陣営への)無害アピールにも好都合。騎士として民を守ることを、皇女の公務に代えて良いっていうなら尚のこと。
聖女兼騎士となったことで『聖騎士』とかいう御大層な二つ名を賜ったのは想定外だが、国中を股にかけて魔物討伐をしたり傷ついた民を癒やしたりする日々は大変だったけど楽しかった。
こんな日々がいつまでも続くものだと、信じて疑うことはなかった。
それが裏切られたのは、十八歳の時――アタイは、殺された。
あの日、珍しく「皇女として」地方視察に赴くことになったアタイは、馬に乗って行きたい気持ちを堪えて馬車に大人しく揺られていた。
まあ、旅装用の簡素なものながら皇女っぽいドレスを着ていたもんだから、乗馬の出来る格好じゃないと言えばそれまでなんだけど。
周囲を護衛騎士に囲まれた馬車は王都を抜け、視察先までの道を順調にひた走っていた、はずだった。
山道で何者かの襲撃に遭った馬車は、騎士たちの奮闘虚しく崖下に落ちた。
一番近くで護衛をしていた、幼少期から離宮暮らし時代を含めてずっとアタイの専属護衛騎士であり続けてくれていた忠臣・ソルダードもろとも、真っ逆さまに。
敵の数があまりにも多かったし、騎士の一部が寝返ったのが致命的だった。
彼らの裏切りを見た瞬間、アタイは理解した――黒幕は、間違いなく正妃だと。
こっちは公務なんだから、その旅程を知るのは容易かっただろう。
それに合わせて賊を差配し、護衛に潜り込ませた手先も呼応して動かす。
ああそういえば、今回同行した騎士には正妃の近くで見たことのある顔がちらほらいたなと思い出す。
アタイは猪よろしく、仕掛けられた罠にまんまと引っかかったというわけだ。
崖下に落ちた衝撃で、アタイの身体は馬車から投げ出されてぐしゃりとひしゃげた。痛みが天元突破して、もはや無の境地に至るほど。
もはやこれまでと思ったその時、近くに白い靄が現れた。
次第に人の形を取っていったそれは、異母姉ミラージュの声で喋り始めた。
異母姉がこんなところにいるはずはないから、きっと本人は皇宮の自室にいて幻影魔法で声や姿を飛ばしているのだろうと、回らない頭で考える。
「私がちゃんと殺してやるけど、でも簡単には死なせてやらない。せいぜい愉しませてよ」
この一言で、アタイはこれが正妃と異母姉の共犯であることを理解した。
嫉妬深い王妃は、単に他の女が産んだアタイが憎くて死んで欲しいだけ。死ねば満足するだろう。
それに対して異母姉は、実は人が苦しむ様子に愉悦を感じるという嗜虐趣味だった。性質が悪い。悪すぎる。異母姉が出てきたからには、ろくでもない目にあわされること必定だ。
アタイだって、騎士の職務として訪れた牢獄の一画で偶然、罪人を甚振りながら悦に入ったような表情をしている異母姉を見るまではそんな性質を持っているなんて知らなかった。……一生知らずにいられたならばどれほど幸せだったろう。
――異母姉は何を仕掛けてくるつもりだ? 何かの魔法が発動する気配がするのは確かなのだが。
そう警戒しても、もう思考を纏める精神力も反撃する力も残されてはいなかった。
「とりあえず、今生はさようなら」
歌うような異母姉の言葉を最後に、ルナーティア・サフィニアは事切れた。
六歳のころに母セリナが死んでからは、仲間と共同生活中。父はいない。
この母が、義賊『月光団』前頭領の生き別れの妹だったらしい。
八歳の頃、『月光団の副頭領』を名乗る見知らぬ妖艶なお姉さんが急に現れて「貴女に頭領を継いで欲しい」と言われた時は流石にビビった。
なんでも頭領は世襲が慣例らしいが前頭領には子がなく、目ぼしい親戚も見当たらず、必死に血縁を探しに探して探り当てた母は故人。
もはやこれまでかと思ったところで娘の存在を知り、アタイのところまでやっとこさっとこ辿り着いたんだとか。
初めは胡散臭すぎて適当にあしらっていたけど、『弱きを助け強きを挫く』というスローガンが正義の味方に憧れる子ども心に刺さった。それはもう、ぐっさりと刺さった。
今じゃあ義賊と言っても盗人稼業はしておらず、人助け組織になっているっていうんならまあ良いか、と話を受けて頭領に就任。
以来、街の平和を陰ながら支えているというわけだ。
――で、問題の前世。
アタイはサフィニア帝国第二皇女のルナーティア・サフィニアだった。
父皇帝には公爵家から娶った正妃と彼女が産んだ第一皇女ミラージュがいたが、たまたま皇宮を訪れた劇団の踊り子の娘を見初めて側妃として召し上げた。
その娘こそがアタイの母だ。
ぽっと出の娘に皇帝の寵愛を奪われた正妃は、とにかく怒った。嫉妬に狂った。殺意を抱くほど、それはもう苛烈に。
母はアタイが三歳の頃に亡くなった。公には病死と発表されたが、内心では正妃に殺されたと思う者が多かったという。まあ証拠もないし、真相は闇の中なんだけど。
まだ母の死も理解できない幼子だったアタイは、王妹殿下の判断でしばらく少数の供とともに山間部の離宮へ移されることとなった。正妃の手の届かない、というか皆に存在を忘れられた寂れたお屋敷だったから、ちょっと身を隠しているには最適ということで。
そこで野山を駆け巡ってのびのびと育った経験が、アタイの人格形成に相当影響したんじゃないかと思う。いや、確実にそうだ。
十二歳の頃に皇宮に戻されたアタイは、壊滅的にお姫様生活が性に合わない人間になっていた。
王女として、最低限の教養は身につけた。聖女の才があると分かったから、その勉強もした。でもそれよりも、広い大地を走りたい。剣を振るいたい。
そんなアタイに親心が動かされたのか何なのかは知らないが、皇帝から騎士団に入るお許しをもらった。王位への野心なんかありません、という(正妃陣営への)無害アピールにも好都合。騎士として民を守ることを、皇女の公務に代えて良いっていうなら尚のこと。
聖女兼騎士となったことで『聖騎士』とかいう御大層な二つ名を賜ったのは想定外だが、国中を股にかけて魔物討伐をしたり傷ついた民を癒やしたりする日々は大変だったけど楽しかった。
こんな日々がいつまでも続くものだと、信じて疑うことはなかった。
それが裏切られたのは、十八歳の時――アタイは、殺された。
あの日、珍しく「皇女として」地方視察に赴くことになったアタイは、馬に乗って行きたい気持ちを堪えて馬車に大人しく揺られていた。
まあ、旅装用の簡素なものながら皇女っぽいドレスを着ていたもんだから、乗馬の出来る格好じゃないと言えばそれまでなんだけど。
周囲を護衛騎士に囲まれた馬車は王都を抜け、視察先までの道を順調にひた走っていた、はずだった。
山道で何者かの襲撃に遭った馬車は、騎士たちの奮闘虚しく崖下に落ちた。
一番近くで護衛をしていた、幼少期から離宮暮らし時代を含めてずっとアタイの専属護衛騎士であり続けてくれていた忠臣・ソルダードもろとも、真っ逆さまに。
敵の数があまりにも多かったし、騎士の一部が寝返ったのが致命的だった。
彼らの裏切りを見た瞬間、アタイは理解した――黒幕は、間違いなく正妃だと。
こっちは公務なんだから、その旅程を知るのは容易かっただろう。
それに合わせて賊を差配し、護衛に潜り込ませた手先も呼応して動かす。
ああそういえば、今回同行した騎士には正妃の近くで見たことのある顔がちらほらいたなと思い出す。
アタイは猪よろしく、仕掛けられた罠にまんまと引っかかったというわけだ。
崖下に落ちた衝撃で、アタイの身体は馬車から投げ出されてぐしゃりとひしゃげた。痛みが天元突破して、もはや無の境地に至るほど。
もはやこれまでと思ったその時、近くに白い靄が現れた。
次第に人の形を取っていったそれは、異母姉ミラージュの声で喋り始めた。
異母姉がこんなところにいるはずはないから、きっと本人は皇宮の自室にいて幻影魔法で声や姿を飛ばしているのだろうと、回らない頭で考える。
「私がちゃんと殺してやるけど、でも簡単には死なせてやらない。せいぜい愉しませてよ」
この一言で、アタイはこれが正妃と異母姉の共犯であることを理解した。
嫉妬深い王妃は、単に他の女が産んだアタイが憎くて死んで欲しいだけ。死ねば満足するだろう。
それに対して異母姉は、実は人が苦しむ様子に愉悦を感じるという嗜虐趣味だった。性質が悪い。悪すぎる。異母姉が出てきたからには、ろくでもない目にあわされること必定だ。
アタイだって、騎士の職務として訪れた牢獄の一画で偶然、罪人を甚振りながら悦に入ったような表情をしている異母姉を見るまではそんな性質を持っているなんて知らなかった。……一生知らずにいられたならばどれほど幸せだったろう。
――異母姉は何を仕掛けてくるつもりだ? 何かの魔法が発動する気配がするのは確かなのだが。
そう警戒しても、もう思考を纏める精神力も反撃する力も残されてはいなかった。
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