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結社活動編
カレーにて
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食堂に戻ってきたリゲルは見張りをしているベガにいくつかの質問をする。
「アポトキシン入りのビスケットを無理矢理口の中に押し込まれたことも覚えていないのか?」
「わち、そんなことされてないもん!」
ベガは自力で薬の効果を無効化し尼僧の前で目を覚ました以前のことは覚えていなかった。
それでも何度も記憶に無いことをさもあったかのように質問され、それに嫌気が差し拗ねてしまう。
「うぅ……わち……わち、やってないもん……」
「リゲル、ベガは本当に覚えていないみたいなのだけれど……」
シリウスがベガを宥めながらリゲルに話す。
その様子を見ていたプロキオンは1人置いてけぼりを食っている感じがしていたが話が拗れると嫌なため食堂内の子ども一人ひとりを見て回ることにした。
「ふぅ……ベガ、変なことを何度も聞いてすまないね。謝るからさ……」
「ふぇ? 謝るから……何?」
リゲルは小さい涙を零すベガの肩に手を当て話を続ける。
「血をくれないか?」
おもむろに持ってきたカバンから取り出したのは注射器。
それを見てベガはまだ虐められていると思い大きく泣き出してしまった。
「ちょ、ちょっとリゲル。いくらなんでもやりすぎ……ってそんなものどこにあったのよ?」
リゲルは自慢げに語りだす。
「ふふっ、尼僧の部屋さ。アポトキシンという猛毒を簡単に扱うほどの人でなしだ。注射器くらいはあると思ってね、探してみたんだよ」
「それでベガの血を取ってどうするつもり?」
「ベガにはアポトキシンの効果が現れなかった。自身も思い出せない記憶障害だけで済んだということは……」
リゲルが次に言う言葉をシリウスはすぐに理解した。
そして、つい口に出してしまう。
「ベガの血が……薬になる!?」
「ふふっ、そうさ叡智の書によると血清というものらしい」
「叡智の書第8部第1章第0節……ええ、確かに書いてあったわ。私も覚えている」
「というわけでベガ。血をもらうよ」
「うわぁぁぁぁん!」
「ベガ! この子達を助けるには貴女の血が必要なのよ。いいから腕を出しなさい」
シリウスが泣きじゃくるベガを絞め技である腕十字で固定し片腕を大きく前に突き出させる。
リゲルは何の躊躇も無くベガの腕に注射器を刺し血を抜き取る。
「うわぁぁぁん、2人とも嫌い!」
シリウスの絞め技から抜け出したベガは泣きながら食堂を出ていってしまった。
「あっ、ベガ! 消毒しないと……」
「まぁ、後で謝ればいいでござるよ。拙者が見てくるでござる。ここは任せても良いか?」
「プロキオン、お願い」
「さてとベガの血を……」
だが、ここにきて最大の危険が待ち受ける。
血清と純粋な血液は異なるものである。
かじりついた程度の知識しか持たないリゲルは毒耐性を持った血液=血清という理解でしかなかった。
「その血をここにいる子どもに入れるのね? でも、それだけの量で足りるの?」
「確かに足りないね。少し水でも足して量を増やそうか」
「普通の水でいいのかしら?」
「確か塩水じゃないといけないと叡智の書に書いてあったはずだ」
「塩か……確か厨房にあったはずよ」
叡智の書は美心が書いた単なるメモである。
医学に詳しくない者がネタに使えそうな医学知識をそれとなく書いた章もしっかり存在しておりリゲル達に取ってはそれが真実であった。
リゲルが厨房にある食塩を沸騰させた水に溶かし凝固してきたベガの血液も一緒に鍋に入れてかき混ぜる。
「叡智の書では血清って黄色っぽい薬液なのよね?」
「まだ水分が少ないのかな?」
「薄めても黄色になるのかしら? 血って赤色だし……」
リゲルは考えた。
そして、スッと目に止まったある調味料を見て気が付いた。
「ふふっ、黄色にするならコレだね」
「そ、それは……カレー粉!? そんなものを混ぜて大丈夫なの?」
「シリウス、まだまだ勉強が足りないね。カレー粉は様々な植物の種子や葉の集合体だ。それはつまり……」
シリウスはリゲルの到達した自分勝手な医学に驚愕し開いた口が塞がらなかった。
「く……薬と同一!? カレー粉は薬だったの!?」
「ふふっ、マスターが言っていただろ? カレーは三日三晩寝かせたものほど美味しくなるという。それはもはや腐敗ではなく、じゃがいもや人参といった食材を活性化させているとも言える。これを子ども達に注射すれば……」
「活性化って……もしかして子どもの姿になったこの子達が大人の姿に戻れる!? す……素晴らしいわ! 私一人ではそこまで到達できなかった。子どもの姿のままでも生きてさえいれば良いと諦めていたわ!」
「というわけで……ふんふんふふーん」
まるで料理でもするかのように何の躊躇いもなく食塩と血液が混ざった液体の中にカレー粉を投入し、スプーンでかき混ぜるリゲル。
そして、完成したものはとても薬とは呼べない怪しげな液体であった。
「こ……これが血清!?」
「よし、子ども達に注射していくよ」
(注)この物語はフィクションです。良い子は絶対に真似しないでください。
「う……うう……」
「あ、あれ? 私は……」
注射を済ませた子ども達が次々と目を覚ましていく。
表情も落ち着いていて狂ったような行動を起こすようなこともなかった。
「や……やった。リゲル、みんな目を覚ましたわ!」
歓喜に震えるシリウスとは違い、リゲルは納得がいかない不満げな気持ちだった。
(どうして大人の姿に戻らない? 僕の推理が間違っていたとでも言うのか!? いや、叡智の書から導き出した以上絶対に真実のはずだ。もしかしてカレー粉の分量を間違えたとでも言うのか?)
シリウスはリゲルのその表情の裏にある気持ちに気付きこう話しかける。
「リゲル、今夜はカレーにしましょう」
自分の今の気持ちを理解してくれているシリウスの目を見てリゲルも返答する。
「ああ、当分はカレーにして細胞を活性化させよう」
「私達も早く大人になれるかもしれないわね」
「ふふっ、そうだったらいいね」
そこから敵が襲撃するまでの数週間、カレー味のメニューが変わることはなかった。
「アポトキシン入りのビスケットを無理矢理口の中に押し込まれたことも覚えていないのか?」
「わち、そんなことされてないもん!」
ベガは自力で薬の効果を無効化し尼僧の前で目を覚ました以前のことは覚えていなかった。
それでも何度も記憶に無いことをさもあったかのように質問され、それに嫌気が差し拗ねてしまう。
「うぅ……わち……わち、やってないもん……」
「リゲル、ベガは本当に覚えていないみたいなのだけれど……」
シリウスがベガを宥めながらリゲルに話す。
その様子を見ていたプロキオンは1人置いてけぼりを食っている感じがしていたが話が拗れると嫌なため食堂内の子ども一人ひとりを見て回ることにした。
「ふぅ……ベガ、変なことを何度も聞いてすまないね。謝るからさ……」
「ふぇ? 謝るから……何?」
リゲルは小さい涙を零すベガの肩に手を当て話を続ける。
「血をくれないか?」
おもむろに持ってきたカバンから取り出したのは注射器。
それを見てベガはまだ虐められていると思い大きく泣き出してしまった。
「ちょ、ちょっとリゲル。いくらなんでもやりすぎ……ってそんなものどこにあったのよ?」
リゲルは自慢げに語りだす。
「ふふっ、尼僧の部屋さ。アポトキシンという猛毒を簡単に扱うほどの人でなしだ。注射器くらいはあると思ってね、探してみたんだよ」
「それでベガの血を取ってどうするつもり?」
「ベガにはアポトキシンの効果が現れなかった。自身も思い出せない記憶障害だけで済んだということは……」
リゲルが次に言う言葉をシリウスはすぐに理解した。
そして、つい口に出してしまう。
「ベガの血が……薬になる!?」
「ふふっ、そうさ叡智の書によると血清というものらしい」
「叡智の書第8部第1章第0節……ええ、確かに書いてあったわ。私も覚えている」
「というわけでベガ。血をもらうよ」
「うわぁぁぁぁん!」
「ベガ! この子達を助けるには貴女の血が必要なのよ。いいから腕を出しなさい」
シリウスが泣きじゃくるベガを絞め技である腕十字で固定し片腕を大きく前に突き出させる。
リゲルは何の躊躇も無くベガの腕に注射器を刺し血を抜き取る。
「うわぁぁぁん、2人とも嫌い!」
シリウスの絞め技から抜け出したベガは泣きながら食堂を出ていってしまった。
「あっ、ベガ! 消毒しないと……」
「まぁ、後で謝ればいいでござるよ。拙者が見てくるでござる。ここは任せても良いか?」
「プロキオン、お願い」
「さてとベガの血を……」
だが、ここにきて最大の危険が待ち受ける。
血清と純粋な血液は異なるものである。
かじりついた程度の知識しか持たないリゲルは毒耐性を持った血液=血清という理解でしかなかった。
「その血をここにいる子どもに入れるのね? でも、それだけの量で足りるの?」
「確かに足りないね。少し水でも足して量を増やそうか」
「普通の水でいいのかしら?」
「確か塩水じゃないといけないと叡智の書に書いてあったはずだ」
「塩か……確か厨房にあったはずよ」
叡智の書は美心が書いた単なるメモである。
医学に詳しくない者がネタに使えそうな医学知識をそれとなく書いた章もしっかり存在しておりリゲル達に取ってはそれが真実であった。
リゲルが厨房にある食塩を沸騰させた水に溶かし凝固してきたベガの血液も一緒に鍋に入れてかき混ぜる。
「叡智の書では血清って黄色っぽい薬液なのよね?」
「まだ水分が少ないのかな?」
「薄めても黄色になるのかしら? 血って赤色だし……」
リゲルは考えた。
そして、スッと目に止まったある調味料を見て気が付いた。
「ふふっ、黄色にするならコレだね」
「そ、それは……カレー粉!? そんなものを混ぜて大丈夫なの?」
「シリウス、まだまだ勉強が足りないね。カレー粉は様々な植物の種子や葉の集合体だ。それはつまり……」
シリウスはリゲルの到達した自分勝手な医学に驚愕し開いた口が塞がらなかった。
「く……薬と同一!? カレー粉は薬だったの!?」
「ふふっ、マスターが言っていただろ? カレーは三日三晩寝かせたものほど美味しくなるという。それはもはや腐敗ではなく、じゃがいもや人参といった食材を活性化させているとも言える。これを子ども達に注射すれば……」
「活性化って……もしかして子どもの姿になったこの子達が大人の姿に戻れる!? す……素晴らしいわ! 私一人ではそこまで到達できなかった。子どもの姿のままでも生きてさえいれば良いと諦めていたわ!」
「というわけで……ふんふんふふーん」
まるで料理でもするかのように何の躊躇いもなく食塩と血液が混ざった液体の中にカレー粉を投入し、スプーンでかき混ぜるリゲル。
そして、完成したものはとても薬とは呼べない怪しげな液体であった。
「こ……これが血清!?」
「よし、子ども達に注射していくよ」
(注)この物語はフィクションです。良い子は絶対に真似しないでください。
「う……うう……」
「あ、あれ? 私は……」
注射を済ませた子ども達が次々と目を覚ましていく。
表情も落ち着いていて狂ったような行動を起こすようなこともなかった。
「や……やった。リゲル、みんな目を覚ましたわ!」
歓喜に震えるシリウスとは違い、リゲルは納得がいかない不満げな気持ちだった。
(どうして大人の姿に戻らない? 僕の推理が間違っていたとでも言うのか!? いや、叡智の書から導き出した以上絶対に真実のはずだ。もしかしてカレー粉の分量を間違えたとでも言うのか?)
シリウスはリゲルのその表情の裏にある気持ちに気付きこう話しかける。
「リゲル、今夜はカレーにしましょう」
自分の今の気持ちを理解してくれているシリウスの目を見てリゲルも返答する。
「ああ、当分はカレーにして細胞を活性化させよう」
「私達も早く大人になれるかもしれないわね」
「ふふっ、そうだったらいいね」
そこから敵が襲撃するまでの数週間、カレー味のメニューが変わることはなかった。
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