翼が駆ける獣界譚

黒焔

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熱砂と風の呪術王国

大神官

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夜潮とトフェニスの戦いに決着が着いた頃...
「居た!大神官だ!」
「って、事は一緒に居る人が女王様?」
桃とカイは神獣の速度もあり思いの外容易に追い付く事が出来た。
そして桃は神獣から降りて隼の獣人特有の速さを以て一気に距離を詰め抜刀し大神官の背を斬ろうとするが...
「え、嘘っ!?硬い!!」
刀を通さないまでの硬い金色の鱗が切り裂かれた神官衣の中から覗く。
そして拘束された女王を捉えたままにんまりと大きな口の口角を上げて邪悪な笑みを浮かべた大神官、ランス・ゴルドが振り向く。
「よく私の元まで追いつきましたねぇぇぇ、カイ...そしてお初にお目にかかるお嬢さん。」
じゅるりと紫色の猛毒の唾を舌で舐め取りながら顔を近付ける。
「桃、危ない!逃げろ!」
後方からカイが叫ぶ。
ランスは口に溜めた猛毒を桃に向かって飛ばすが反射的に桃はそれを回避して猛毒の危険があるため一度距離を置く。
「汚いなぁ!女の子に何してるの、この変態神官!!」
ランスの吐いた猛毒は一瞬で地下通路の床をドロリと溶かしてその様子を桃が確認すると悪態をつくように怒りを露わにする。

ランス・ゴルド。
彼はアメンルプトの現・大神官であり前王の信奉者でもあるゴールデン・ランスヘッド・バイパーの獣人である。
毒蛇の中でも最強クラスの猛毒は触れればその身を腐敗させるまでだという。

「ヒヒヒ...感情的になりますねぇぇぇ~...イイですよぉぉ~?
そういう敵こそ、屠り甲斐がありますからねぇぇぇ~...」
桃の様子を見てニヤニヤとした笑みを崩さず煽るような声色で挑発をする。
「...ああ見えて隙が無いな...女王様を救えるタイミングがなかなか見つからない...。」
拘束された女王は心配そうにカイと桃を見ているがその手足に巻かれているのは呪水に浸された布であり女王が本来持つ圧倒的な魔力を完全にシャットアウトしている。
物理的に破壊しようにも布である以上、下手をすれば女王を傷付けてしまう事になりそもそもインフェルノの力を利用したランスの異常なまでの視野、守備範囲を掻い潜るのは大きさのある神獣では容易ではない。
女王の救助、自らが為すべき事も桃の力を頼らざるを得ない事にカイは賭けのような作戦に出る。

「...毒を恐れては女王様は助けられない...!」

アンクを掲げたカイは捕縛の神獣を召喚しランスに向かって無数の砂を固めて作った棺を飛ばす。
「桃!!ランスの動きは俺が止める!!キミは女王様を保護してくれ!!」
「えっ!?わ、分かった...!」
無数の砂の棺が飛び交いランスがそれらを長く硬い尻尾で叩き潰しながら桃を狙う。
ランスにとっても女王は生贄という意味では重要人物である。
「させると思うかぁぁ!?
この小娘ぇぇぇぇ!!」
その目が桃を追いランスの死角といえる場所に砂の棺が迫る。
「それ!!女王様、これで動けますよね!?」
桃が振るう高速の斬撃が女王を縛っていた2箇所の布を切り裂く。
そして女王が目線の先にいるランスは猛毒を吐き付ける事もできず、死角から迫る砂の棺に捕らえられてしまう。
「っ!?おのれっ!貴様、カイィィィィィ!!
っ、女王様の呪縛布が!?
クソガキ共ォォォォォ!!」

「カイ、そして昇陽のお嬢さん。
私の呪縛布を斬ってくれた事...感謝致します。
そしてランス...愚かな大神官。
太陽が定めた運命を狂わせる厄災よ。
己が罪を知りなさい。」

ランスの怒声を遮るように女王・タニュエレトの声が静かに、そして厳かに響く。
そして棺に捕らえられたランスの頭上から魔力光で構成された狸の尾が現れそれがランスを包み込む。
「マァトレイズ・ジュセル...」
悲痛な叫びを上げるランス。
その身はカイが作り出した神獣の棺により水分が急速に失われ、魂をタニュエレトの光が焼き尽くす。
「...これが、アメンルプトの女王様の呪術...」
圧倒的な呪術を目の当たりにして桃は驚嘆の声を漏らすが...桃は何かに気付く。


「...ガァァァ....おのれ...」

か細く聞こえた恨みの声を桃は聞き逃さなかった。
「カイ!タニュエレト様!逃げて!!
こいつ、まだ何かある!!」

気付いたはいいが既に遅くタニュエレトの呪術を受けながらもミイラ化した身体は動き出し捕縛の棺を砕いてもがくような動きを見せて地に落ちる。
「許さぬ...!!」
一見すると既にミイラ化し命が尽きていても不思議ではない身体...その身に染み込んだインフェルノの力を失った魂の大半に無理矢理融合させて生き続けアンデッドのような存在へと変貌する。
「許さぬ...女王タニュエレト!名も知れぬガキ、そしてカイ...!!」
怨みに満ちた怨霊と化したランスの身体から気化した猛毒が放たれる。

「女王様!こちらへ!!あの術を使った以上、貴女様への負担が大きい...今は引きましょう!!」
「カイ...。ですが、あの少女は...?」
「桃も連れて逃げます!早くしないとこの密室に奴の毒が満ちてしまいます!!」

女王を捕縛の神獣の背中へと乗せると桃の側へと向かう。
「大丈夫だよ...何とかなりそう。
あの毒をどうにかすれば私、一刀両断出来るから。」

桃はそう言うと目を瞑り辺りの毒の空気の流れを翼で感じ取り刀を一度鞘へと収める。

「アァァァァァァ....!!」

アンデッド化したランス...否、インフェルノ・アポピスが咆哮を上げてその口から更なる猛毒の気体を吐き出す。

「...見えた!」

桃が目を見開くと鞘の刀へと手を置き目にも止まらぬ速さを以て抜刀すると今にも充満しそうだった猛毒の気体が一刀両断するように切り払われ一瞬ではあるが猛毒の無い空間が作り出される。

「.....昇陽一刀流・秘技"天閃"!!

滅べ、悪鬼。」


開かれた無毒の空間、そこを隼の速さの限界を極めた速度の横一文字のような斬撃を放ちインフェルノ・アポピスの五体が斬り刻まれる。

「...今のは...」
カイが思わず発した言葉にタニュエレトが応じるように答える。
「一撃ではありません...彼女はあの一瞬で、4度の斬撃を与えています。
我がウジャドの眼を以ってしてそれを視認するのが限度....。
あの斬撃を防ぎ切れるのは至難の業、否、神業を持つ者のみでしょう。」

猛毒の気体はインフェルノ・アポピスの絶命と共に消滅する。
あの猛毒こそがまさにインフェルノの能力そのものであったのだろう。

「.....きっっっつ!!!あー、ダメだ!あの技使うとめちゃくちゃ翼に負担が掛かる!

師匠みたいに易々と使えるものじゃないなぁ~!」

よろよろと地上へと降りると床にへたり込む。
天閃は強力な攻撃であるが故に身体や視力に強烈な負担が掛かる。
その様子を見ていたカイは神獣を地上に下ろして神獣の背中へと桃を乗せる。
「女王様、神獣の操縦をしますので...お手数ですが昇陽の英雄が落ちぬよう支えていて頂けますか?」
「はい、もちろん...。カイ、戻りましょう。
我らが神殿へ。」
そして3人はタニュエレトが祭儀を行う神殿へと向かうのだった。


一方その頃...
地下通路へと繋がる階段を降りていた夜潮は...

「ん?ありゃ?今のは神獣?
おいおい!もう決着が決まったのかよ!クッソ、何だこのバカ長い階段は...!?
あいつら、あのめっちゃ速いスフィンクス飛ばしてやがったからなぁ。」
「女王様!?
夜潮、戻るぞ!!女王様が帰還される!!」
少し上を下ってきたトフェニスの声が果てしない階段を谺する。
「わかってるよ!!あぁ、もう何なんだよー!?」
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