翼が駆ける獣界譚

黒焔

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海賊の海

窮地と深海の槍

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「....船長...!逃しちゃくれない、よな?」
気を失った桃を抱えたまま夜潮はジークヴァルドと対峙する。
「...何言ってんだ?その刀は俺が頂戴する。
気ィ失ってるなんてチャンスを逃すわけねぇだろうが。」
ジークヴァルドが錨のような形をした禍々しい仕込み蒸気爪・プレシャススティールを夜潮に向ける。
「夜潮!桃殿と船を任せる!あの海賊は私がなんとかしよう。」
夜潮にトフェニスが声を掛けると「おう!!」とだけ答えてジークヴァルドの様子を見ながらトフェニスと入れ替わる。
「アメンルプトの双剣将軍か。いいだろう、財宝を手に入れるまでのゲームにしちゃ面白いなぁ!」
船が軋み、揺れる。
ジークヴァルドの体重が一気に跳ね上がりその身体が5メートルはある巨大な半人半恐竜といった容姿へと変貌する。
「...ジークヴァルド・プレジオス...四大海賊にして唯一の古代獣人種か、このトフェニス・クアスリが貴様を両断してやろう!!」
巨体であるジークヴァルドは動きに大幅な制限が掛かるためトフェニスが初撃を入れる。
その2つの刃は鎧のようなトフェニスの分厚い皮膚を切り裂きダメージを与えたかに思えたが斬撃を意に介さずジークヴァルドは蒸気爪でトフェニスを狙い何度も突き刺さそうとしてくる。
しかしその攻撃は完全にトフェニスに読まれており揺れる船の中、その全てを回避されてしまう。
「どうした?そのような攻撃は当たらないぞ...だが、その爪は厄介だな。腕を....っ!?」
大きく傾く船体。
そして顔を真っ青にして戦いを止めろ、とジェスチャーをする夜潮...そして、にんまりと笑うジークヴァルドが勝利を確信して口を開く。
「気付いたか?詰み、という事に。」
どういう事だ?といった表情のトフェニスだが、ボコ!ドボ!といった水音が船底から聞こえており蒸気爪が突き刺した場所から下を覗き込むと船に海水が入ってきている。
「卑怯者め!
っ、戦って居る暇はないか...」
「どうするんだ?刀を渡せば命までは取らないし、この船に乗せてやるぞ?
ハッキリ言うがこのアメンルプトの船はもうダメだ。」
ジークヴァルドが夜潮とトフェニスに提案をする。
絶対的に断れない状況に陥れてからの取り引き、夜潮もかつてはクルーだった者としてその手法は熟知している。
しかし、気絶している仲間の大切な武器を差し出して助かるなど夜潮もトフェニスもそんな判断は出来ない。
船が沈み始める前に高い場所まで移動してジークヴァルドの様子を見るが夜潮に向けて斬撃、そしてトフェニスには銃弾が飛んでくる。
「夜潮の兄貴、悪いけど財宝は渡してもらう。私達は諦めないし、渡してくれるなら船長だって手荒な真似はしない。」
ヒナギリが夜潮に向かい諭すように声を投げかける。
「ヒナギリ...そういう事じゃねぇんだ、この問題は。」
そしてトフェニスに発砲した者、海竜海賊団の副船長であるスティング・ホージーが脅すように続ける。
「このままじゃ命は無い。一度俺達に渡してから戦いを挑む方がお前達が取るべき作戦としては現実的な筈だ。
まぁ勝率という観点からするとオススメは出来ないのだけどな...。」
「どうすんだ?俺はまぁ待ってもいいがお前達に時間は無い。さっさと刀を俺に渡せ!!!!」
船の床を強い力で踏み鳴らしジークヴァルドが威嚇と船のバランスを崩そうとすると海賊船に乗ったクルー達がゲラゲラと不利な一行を嘲り笑う。
「...言わせておけば言いたい放題か。
だが忘れるな?ジークヴァルド、貴様を斬り伏せる事が出来れば海竜海賊団は壊滅する!!」
二振りの刀を構えて迫りジークヴァルドの身体に斬り傷を何度も浴びせるがびくともせず鬱陶しさを露わにしたジークヴァルドが蒸気爪に仕込まれた火炎放射器を使いジワジワと傾き始めた船の中動き回るトフェニスや夜潮に狙いを定めて蒸気銃から散弾を乱射する。
夜潮は右肩を、トフェニスは腹部を撃ち抜かれてその場に膝を着き2人は必死で桃を守ろうとしたその時、海賊船・竜王の雫号が大きく揺れて一行の乗る船より遥かに大きな穴が開き猛烈な勢いで海水が入り沈み始める。

「船長!!大変だよ!!こんな時に...ラーヤの、長槍海賊団の襲撃だ!!!!
船が壊されちゃう!!」
ヒナギリが叫ぶとスティングが慌てて避難を指示する。
そしてジークヴァルドの顔色が一気に青ざめる。
「....クソが!!退くしかねぇ...あの女海賊、また船を壊しに来やがって...!!」
そう吐き捨てると一行には目もくれず焦りと怒りと絶望が入り混じった表情を見せながら早々に海へ飛び込み巨大化、船よりも大きなプレシオサウルスの姿へと変わりトフェニスを横目で睨み舌打ちと共に言葉を放つ。
「今回は見逃してやる...次は必ず奪い取ってやる、待っていやがれ。」
巨大なプレシオサウルスとなったジークヴァルドはその背に自らの海賊船を乗せ荒波を掻き分けるように泳ぎその場を立ち去る。

しかし、彼の起こした波が今にも沈みそうな船を沈没へと誘う。
「っ、あの海賊....っ!!くっ、ダメだ...飲まれる!!」
「うわぁぁ!トフェニス!!」
桃を抱えながらトフェニスに手を伸ばすもその努力虚しくトフェニスは海に消える...と思った瞬間、潜水艦のような見た目の巨船が浮上してトフェニスが「へっ?うわぁぁ!」と叫びその船の開けた扉の中へと入ってしまう。
「....この船、この海賊旗は...そうか!そういう事か!!」
何か思い当たる節があるようで夜潮はトフェニスが入った扉へとそのまま入る。


入ると同時に扉は閉まり船の中を進むと聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「間一髪、でしたね。夜潮、そしてトフェニス。
...女王様が言っていた子も何とか生きているようで安心しました。
これから治療をしながら、リネ諸島の首都へと向かいます。
安心して?これはタニュエレト女王の指令です。
フフフ、しかしジーヴァのやつ...これで暫くは悪事が働けないでしょうね。」
声の主が微笑みながら一行の乗船を歓迎する。
そして桃を治療するよう配下の船医に指示を出すとオウムガイの獣人の船医や海月の獣人の助手が夜潮から桃を優しく担架に移して医務室へと搬送する。
「...貴女は...ラーヤ船長!そうか、陛下の指令で!!」
相変わらず優しく微笑みながら頷くと腕を組み船長専用と思われる椅子に座る。
長槍海賊団船長・ラーヤ...彼女はリネの四大海賊と恐れられるうちの1人でその異名の通りに大槍を獲物として闘うダイオウイカの獣人でありアメンルプト王国の私掠船として認定された海賊、つまりはタニュエレトの家臣という側面もある。
「3人でよくあの野蛮人から何も奪われずに済みました。その力と心の強さに感銘を受けました...流石は夜潮とトフェニス将軍ですね。」
「...へへ、そりゃどうも。あんたが味方なら心強いぜ...!」
海竜海賊団としてかつて対立したラーヤの実力と策略は恐ろしい程に夜潮は理解しており、トフェニスもまたその実力を知る身であり安心して船のソファーに腰を下ろす。
「とりあえず、夜潮とトフェニス将軍は休んでいて下さいね。あの子は私達に任せて。
このままアディンへの船が出るシトラス島へと向かいます。」
「....かたじけない、ラーヤ船長。」
トフェニスは頭を下げて静かに礼を告げ、そんなトフェニスを見てラーヤは微笑みながら口を開く。
「大丈夫ですよ、トフェニス将軍。
これは私達海賊団がタニュエレト女王と結んだ契約。あの方の庇護の元、私達は海賊行為が公認されているのです。
あ、勘違いなさらないで?さっきの野蛮人や、元その仲間のそこの赤いトサカとは違って...私達は財宝を本来の持ち主に返す活動をしていますので。」
トフェニスに見せた微笑みとは全く違う笑みで夜潮を見つめ悪戯っぽくそう話すと船長椅子に座りながら果実酒の味と香りを吟味するように一口含み。
「はいはい、唯一の私掠船海賊様は違いますねぇ、コンチクショウ!
悪いけどな!俺はもう海賊やってないんだよな。今は昇陽に戻ってある御方に雇われてんだよ!」
「...へぇ、誰でして?その御方、とは?」
反論する夜潮の言葉を聞くと豹変したように睨みを効かせその鋭く冷たい視線をラーヤが向けてトフェニスもその圧力に僅かに怯む。
「我が船に得体の知れない人の使者を乗せる事は断じて許されません。
回答を拒否すれば深海へ投げ出す、気に入らない人物の使者であればその心臓を貫く...答えろ。此処は我が領域、我が船...ラーヤ・アビスの眼前だ。」
先程までの穏やかな様子に油断していたのか夜潮どころかトフェニスまでも周囲を軟体動物系の獣人、気配無き暗殺者のような海賊達に包囲をされていた。
「....わ、悪い。答えるからそんなガチにならないでくれ...。
俺を雇ってくれたのは昇陽の陰陽師・雷雅様だ。今あんたらが治療してくれてる桃を安全な場所に導き、その際の護衛として俺は今その任務に当たってるんだよ!
ほら、コイツで雷雅様とも連絡を取ってる!
あんたらもアメンルプトの私掠船なら知ってるだろ!?」
夜潮が懐から人型に切られた紙を取り出すとその紙に描かれた目や狐の尾のような紋章をラーヤは確認をするとパチンと指を鳴らし配下の海賊達に武器をしまい構えを解く指示を無言で出すと再び穏やかな笑みを浮かべて夜潮に語り掛ける。
「成る程...今はそう名乗ってたの、ね。
フフフ...あはははは!!私とした事が思わぬ勘違いをしていました。
タニュエレト女王縁の呪術師様の使いならば夜潮、同時に貴方への非礼も詫びねばなりませんね。」
その言葉に緊張が解れた夜潮は大きな溜め息を吐くと苦笑混じりに「もういいって」と応じるとトフェニスもまた近くにあった椅子にへたり込み。
「夜潮は本当にハラハラさせるなぁ...」
クスクスとラーヤが笑い始めると先程までとは一転して船内は和やかな雰囲気へと変わり始めていく。
そして数十分、薬師風のタコの獣人が部屋に入ってきて桃の治療について口を開く。
「治療や処置は終わりました、後は疲れが癒えて目が覚めるまで少しばかり休息を取らせてあげてください。」
夜潮、トフェニス、ラーヤも薬師から聞いた言葉に安堵の表情を見せて一呼吸をすると不意に紙人形から声が響く。

「身バレが思ったより早いな。久しぶり、船長。
そして夜潮...あのジークヴァルドと接触してよくぞ桃様の命を守り抜いた。引き続きアディンまで護衛を頼むぞ。」

「え?」という3人の表情。
「......アヌビア、久しぶりですね。」
「ア、アヌビア様...!!?」
「えっ?雷雅様、そっちから式神で喋る事出来たのか!?」

先程夜潮が話していた雷雅本人から紙人形、式神を通して話しかけてきた。
「フフフ、無論だ。
さて、驚いているところすまぬが其方らの向かうシトラス島だが何だか怪しき気が満ちている。
インフェルノであれば祓わねばならぬ故、私が力を貸すやも知れぬ。今は桃様の回復を優先せよ。」
3人が呆然としている中、それだけを伝えて早々に話を終わらせてしまった。

「お嬢の回復、か。」
夜潮がボソリと呟くと治療室の方から大きな欠伸と声が響き渡る。

「ふあぁぁ~、よく寝た!
あれ?此処は!?夜潮ー!?トフェニスさーん!?
え、何!?何この状況は!?」

桃が目を覚ましたようでこの現状に安心感を感じた夜潮とトフェニスに対してラーヤは一つの提案をする。
「回復を優先するというなら、もしよかったらシトラス島の砂浜で少しだけ休むというのはどうでしょう?」
シトラス島、といえばアディンの騎士達すらも癒しを求めてやってくる楽園の島。
夜潮とトフェニスは無言の笑みと同意で頷くと同時に扉が開く。

「シトラス島!?本当に!?
....嬉しい!!まさかシトラス島に行けるなんて思わなかった!
そして、怪我の治療ありがとうございます!!」

両翼に包帯を巻いた桃が歓喜の声を上げながら先程のラーヤの提案を聞いていたようで怪我の治療も含めたラーヤの判断に喜んでいる。
「お嬢、一時はどうなるかと思ってたんだぜ?」
「でも、こんな元気に復活してくれて良かったです!」
夜潮とトフェニスも桃の回復を喜んでいると長槍海賊団の航海士や操縦士から船内に島が近い音が響く。
「さぁ、シトラス島に着きますよ。
船の浮上を!!」
美しくも逞しい声でラーヤは指揮を取ると一気に浮上して数分後、次第に陸地へと進んで遂には砂浜に
上陸する感覚が伝わる。

「シトラス島に到着!長槍海賊団、上陸します!!」
ラーヤが号令を出すと船の口が開き長槍海賊団がぞろぞろと出て来るのだった。
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