翼が駆ける獣界譚

黒焔

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断章 影

集いし闇の翼

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桃達がガンヴェルク公国を発ったのと時を同じくして昇陽の都。
そこでは普段は決して見ることが出来ない光景が広がっていた。
都の中心的な大通りたる鳳凰通りをまるで自らの物と言わんばかりに練り歩く華々しい行列。
帝や貴族とは違うその行列は一直線に帝が座する白帝殿へと向かう。
「東の都からだ!」
「花魁道中!?」
「緋天太夫だ!!名前なら聞いた事ある!」
都に住まう民や貴族が一様にその行列、花魁道中を見遣る。
中心を歩くは唐紅の豪華な着物を身に纏った美女、名を緋天太夫。
緋天太夫がふと小さな団子屋に目を向けると慌てて団子屋の看板娘が白帝殿に向かって走り出した。


それらの異様とも言える様子をハクトウの大納言こと朝凪霧風(あさなぎのきりかぜ)は鋭い目で追うように見ていたのだった。
「雷雅殿。私だ...。私の情報にある花札御庭番衆が次々と白帝殿へと向かっている。
これ以上の監視は逆に我らを不利にするが、如何なさるか?」
伝声式神を使い雷雅と会話をしている。
朝凪霧風...彼は昇陽流剣術の現当主であり桃の師匠である。
「そうか。本来であれば貴殿には情報を持ち帰って欲しいところではあるが此度は白帝殿を見張るだけにして頂こうか。
彼奴等と剣を交えるのは得策ではあるまい。」
「うむ、かたじけない。私はまだ此処で潰えるわけにはいかんのでな。」
「分かっている。」
笑みを含むように雷雅の方から式神の音声を閉じる。
霧風は眼前を過ぎ去った花魁道中を追うように鳳凰通りを進むのだった。

白帝殿内部。昇陽帝・白雪が今にもはだけるような衣を纏い小さな菓子を摘みそれを口に含む。
「帝。花札御庭番衆が全員都に来たとの報せが。」
無感情、無機質な声。そして本当に其処に居るのかも知れぬような木菟の獣人、花札御庭番衆の頭目たる桐ニ鳳凰が白雪に語り掛ける。
「鳳凰か。うむ、善い。そのまま妾とこの場で待て。
...久しぶりに揃うのぅ。愛しき我が私兵達...。」
帳を下ろすと桐ニ鳳凰が眼前に居るにも関わらず身に纏った服を取り払いその場で上裸となり立ち上がり新たな衣を先程と変わらぬ程度に羽織る。
「新たな装いですか、白雪帝。」
その問い掛けには答えないもののニタニタと笑い頷く。
次の瞬間、辺りの空間が僅かな揺らぎを見せ瞬時に複数人の花札御庭番衆がその場に姿を現した。
「一番乗り~、じゃないみたいですね~。頭目速いな~。」
ガンヴェルクで夜潮達を襲撃した面布をした少女、ハチドリの獣人・桜ニ幕がどこか場違いな明るさを見せて出現する。
「怪我が無いようで何より。皆様、こんにちは。そして帝よ、無影にての拝謁...大変失礼致しました。」
狐面を着けた浪士風の男、プテラノドンの獣人・菊ニ盃が静かに現れると御庭番衆、そして帝に穏やかな口調で挨拶をする。
「あら、こんにちは...盃様。久方振りの会合、皆様方にお会い出来て光栄ですわ。」
「我が主よ。斯様な者達の声に応じる必要などありません。貴女は本来...」
巫女風の装いに般若面をした貴人、ゴマバラワシの獣人・柳ニ蛙の声を彼女に同伴する如何にも暗殺者然とした人物、牡丹ニ蝶が諭すように優しく声を掛けるもそれを閉ざす声があった。
「うるさ。ねぇ、早く始めない?面倒だなー、僕も暇じゃないんだけどー?まだ誰か来てない人居るの?」
その体躯に不釣り合いな太刀を背負い猫面をした小柄な少女、クマタカの獣人である松ニ鶴が気だるそうな声で遮った。
「貴様、平民が無礼な...!」
牡丹ニ蝶の表情に怒りが露わになり松ニ鶴に斬りかかろうとした刃を機械化した腕が捕らえてその腕の主、ランフォリンクスの獣人・梅ニ鶯が機械的な音声を響かせて制止する。
「眼前に帝。セーフティモードに移行。現在、戦闘行動を禁ずる信号あり。直ちに武器を下ろし戦闘終了せよ。」
牡丹ニ蝶は納得いかないような表情を見せつつも武器を仕舞う。
「血の気が多いのは結構だが何故に我らが呼ばれたか、これを忘れてはなりません。どうか今は争わず平和にいきましょう。ね?」
嫋やかな動作、気品ある振る舞いをした小面を着けた役者のような青年が面の向こうで微笑みながら言う。イヌワシの獣人・菖蒲ニ八ツ橋である。
「しかし全員ではないな。杜鵑と鹿はどうした?
よもや帝の勅令に背いたのではあるまいな?」
先刻まで無口、不動を貫いてまるでミイラのように呪言の書かれた布を顔に巻いた男、ハシビロコウの獣人・芒ニ月が口を開く。
桐ニ鳳凰、桜ニ幕など数名がざわつき松ニ鶴に至っては怒りに拳を振るわせながら聞くも菊ニ盃がふと部屋の外を見遣る。
「紅葉さん。こんにちは。今し方貴女の話をしていましたよ。」
そう声を掛けられ先程まで外を歩いていた花魁、ケツァルコアトルスの獣人・緋天太夫こと
紅葉ニ鹿が頭を深々と下げて言葉を発する。
「わちきの話?何でありんしょう?紅葉ニ鹿、今此処に参上にござりんす。」
殺伐とした空間を大輪の花が咲いたような空気に変えるほどの笑みを見せた紅葉ニ鹿を桜ニ幕が安堵したように見つめ「姐さん!」と、小さく手を振ると微笑みを返しながら「お幕ちゃん。」と呼び手を振り返す。
「あとは杜鵑だけですわね。何か知りませんこと?」
柳ニ蛙が首を傾げながら問い掛けると松ニ鶴が舌打ち混じりに答える。
「あの雑魚なら死んだ。知らない?
単独忍務で大納言殿に。知らないけど。」

「むぅ、やはりあの者ではダメだったか、残念で仕方ないのぅ~。まぁ霧風にはいずれ上がってもらうとして、じゃ...」
松ニ鶴の話を聞くと案外どうでもいい、と欠伸をするように白雪が言う。
そして続けて
「全員揃うたようじゃな。
では忍務を言い渡そう。桜ニ幕、松ニ鶴、紅葉ニ鹿、お前達...騎士王アルースを暗殺してきてたもれ。」
さも当たり前のような指令にその場に居た全員が固まる。
騎士王アルース、言わずと知れたアディン聖獣王国を統べる王。
城砦、そして円卓の騎士に固められたその守りは堅牢無比と有名な話。
それをたったの3人で暗殺は本来ならば絶対に不可能である。そう、本来ならば。
「案ずるな、既に細工は施してある。八王会議に行った時にな。
そしてついでに...隼の少女を見たら連行しろ。善いな?」
「「「御意!!!」」」
暫くの間を起き3人は同時に是非を返しその場から煙を纏い消える。
命令が下された以上、すぐに任務に行く準備を始めるのだった。

静まり返った中、菖蒲ニ八ツ橋が桐ニ鳳凰に小さく問う。
「騎士王...かの聖剣の反撃にでも遭いでもしたら...」
「あぁ。死ぬだろうな。だが、帝は命じられた。
我らはその命に従い動くまでであろう。」
何を今更、とでも言うかのようにあっさりと答えた。
このまま暫く待つと白雪が手を二度鳴らすと全員がその場から立ち去り、其処に残ったのは1人黙々と菓子を摘む白雪のみであった。


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