翼が駆ける獣界譚

黒焔

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王国護りし十三の角

清浄と騎士道の王国

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ガンヴェルク領海を出て半日、遂にはガンヴェルク公国軍の追っ手も諦めたようで穏やかな船旅を休息として満喫していた。
「そう!!もうビックリしたんだから!いきなり変な頭の軍人にガンヴェルクに連れて行かれて、しかも送られた先が監獄だよ!?信じられないよね!」
「お嬢、それ言うなら俺達だって大概だぞ!?お嬢を追ってたら俺や雷雅殿を狙って爆弾女が奇襲掛けてきたんだぜ!?」
互いのこれまでの道中を語り合う桃と夜潮を少し距離を置いて雷雅やトフェニスが苦笑しながら見ておりスカイハートはというと辺りをキョロキョロと見回しながらアルビオンの内部を見て回っている。
「アルース王の特注船というから面白そうな物があると思ったんだがなぁー。残念残念。」
そんなスカイハートの肩を掴む者がいた。
「怪盗スカイハート。ガンヴェルクで名を馳せた盗人が我が王国が誇る殲滅騎船の中で彷徨い歩くとはいい度胸ですね。何か、ご用でしょうか?」
その問いを聞いたスカイハートは苦笑を浮かべるのみで何一つ答えようとはしない。
当然、本当に何か盗めるものはないか探していた為だ。
しかし次にエッカディエールが放った言葉はそんなスカイハートの表情を一気に崩すものだった。
「.....なんて、冗談ですよ。
貴殿は私服を肥やす為ではなく民の為に軍や貴族から盗みをしていたと聞いています。
貴殿の目に合う物は持って行かせよ、我らが王はそう言っておられましたよ。」
「マ、マジか....騎士王アルース...色んな意味でぶっ飛んでる...ありがとう。」
エッカディエールの言葉に目を見開きながらスカイハートは港に着くまで戦利品を探すべく船内を放浪するのだった。

「はぁ、話疲れたから外に出てみようよ。
リネの海より平和そうだし少し海を見てみたいし。」
外を見たい、と桃は歩き出し夜潮、トフェニス、雷雅を誘い甲板へと出る。
扉を開けた先からは潮風、海の香り、そして波を裂いて進む音...。
アメンルプトから出た時以来の雄大なる海の風景そのものだった。
「はぁ~、最高!やっぱり気持ちいいなぁ!!
昇陽ではまず見られない景色だし。
師匠にも見せたかったなぁ。」
ニッコリと笑い椅子に腰掛けて広い海を一望する。
「カイ大神官もきっと、この海を渡って八王会議に出向いたのでしょうか....此処までゆったりとしたものではなかったでしょうけど。」
トフェニスが進み行く先の海原を見ながらポツリと呟きその言葉を雷雅が拾う。
「海からの道は此処しかないだろうからな...。
フフ、数ヶ月前とはいえ...あの混沌とした会議を思い出したよ。
白燦天を捕らえ損ねたのは失態。」
「話は聞いてますよ、雷雅様。あなたとランザス卿の活躍で鬼凛将軍、そして白燦天を退けたと。女王様が絶賛しておりました。」
「いや、何の。八王会議そのものはズタズタになってしまった故...何一つ議決する事もなかったものだからなぁ。」
ふと目を閉じた後に天空に浮かぶ島国をまるで睨み付けるかのように雷雅は見つめた。
そしてそんな様子を気にする事もなく桃の笑い声、そして手を叩く音が聞こえてくる。
「じゃあ、次はこんな船歌を弾いて聴かせてやるよ。
俺も昔は海賊だったからな、船歌も幾つか知ってるんだよ。

~♪

響け声よ 潮風に乗り波に逆らい
 届いて願い 海女神(カノン)よ聴いて
巡る風は私の声 神に捧ぐ巫の歌よ
潮騒となり生命育む女神に届け
朝霧の抱擁 凪の陽鏡 闇夜の星標
其は海に生きる者達への愛
嗚呼 海女神 海女神 大いなる生命の母よ
我が歌よ 御身に届け♪

~♪」

巫ノ詩。
本来は船に乗る歌姫が声のみで歌い、口伝されていく伝統的な船歌の一つである。
夜潮はこの文化をリスペクトしながらも自分なりの形で一つの楽曲に仕上げて見せた。

「えっ...凄い!夜潮!波の音、三味線の音...そして優しい声が全部噛み合ってるじゃん!
ねぇ、もう一回聴かせてよ!それか他の曲も!」
先程まで聴き入っており、夜潮が唄い弾き終わると拍手をしながら桃は絶賛する。
長い間、夜潮の弾く三味線を聴けなかった故か目を輝かせながら。

「っと、ありがとな。お嬢。
でもな...この曲は本来俺みたいな野郎が弾いたり、ましてや歌うような曲じゃねぇ。
そう何度もやって海の女神様怒らせてしまうかも知れないんだ。
俺は確かに革新派だけどさ。
伝統を大切にした上で、というのを大前提にしてるのさ。

じゃ、そんなとこ踏まえた上で何か弾いてやるから...我慢してくれよ?
~♪
~♪」
夜潮の信念、言葉を聞いた桃は無言で頷き納得すると夜潮は再び昇陽に伝わる伝統的な三味線の曲を弾き始めた。
彼もまた雷雅と同じく遠くに浮かぶ天空島国、昇陽を見上げて。

そんな折、大量の魔宝石をケースに詰めたスカイハートと一緒にエッカディエールが看板に出てきた。
「皆~!これだけ魔宝石を手に入れちゃった!!
これならガンヴェルクの貧民層に住む子供達も、貴族共に屈さず生き抜く活気を取り戻せそうだ!!」
ドスッとケースを置くと嬉しそうにけん玉を取り出してアクロバティックな動きをしながら技を披露し始める。
「やったね!スカイハート!
って、また凄い技やるじゃん...何だろ、私とは違う動きの鋭さがあるね!」
その言葉を聞いたスカイハートはどこか照れ臭そうに笑い手元が若干乱れ玉を外してしまう。
「あぁっ!もう~、集中力が必要なんだから喋り掛けるなよ~!」
やはり半分嬉しそうな顔で込み上げてくる照れを隠そうとする。
クスクスと笑い声が聞こえてくる中、エッカディエールがその場に居る全員に声を掛けてくる。
「...皆さん、見えて来ましたよ...我らが王国、アディン聖獣王国が。」
エッカディエールが示した先。
そこに見えてきたのは自然豊かでありながらもどこか不思議な魔力が漂う島
その様子に雷雅は「ほう。これは...」と小さく声を漏らす。
昇陽と似た空気であり魔術を使う者としては必要不可欠な要素、マナの濃度が昇陽のそれと同等だった。
桃が黙したままとある一点を見ながら夜潮が声を掛ける。
「あぁ、アレな。あそこに俺達は向かってるんだぜ、お嬢。」
その言葉に夜潮を見つめて口を開く。
「うん、多分そうだと思った。
あそこに居るんでしょ、騎士王が。」
エッカディエールがその言葉に頷く。
「流石は夜潮殿。これより我らが足を踏み入れるはアディンの首都、王都エクスカリバー。
あれなる城はアルース王が居城、タスクロットです。
歓迎します、インフェルノに立ち向かいし勇者達...ようこそ、アディン聖獣王国へ!!」
最大限の歓迎とする笑みと動作を見せたエッカディエールに桃とスカイハート、トフェニスへ拍手を送ると殲滅騎船アルビオンは専用の船着場へと入り停泊する。
船が完全に動きを止めるとエッカディエールが出口へと案内をして桃達はその案内に応じて船を降り、アディン聖獣王国への第一歩を踏み入れた。
「遂に来た...本当ならアメンルプトから出てすぐ来るつもりだったけど、やっと着いた...。」
またしても昇陽とは文化の違う国、アディンの空気を吸いながら早足気味となり進む。

この清浄なる王国の水面下で動く闇にまだ彼女らは気付かずに。









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