カラスと、悪魔と呼ばれた聖女

クジラグモ

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4 羽のイタズラ

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◯月✕日
気味が悪い。屋敷のどこにいても、視線を感じるし……何より、公爵様……




「おはようございます、奥様」

「ん……もうそんな時間?」

ギラが起こしてくるのと同時に、私は枕元に変な感触を覚えた。

………毛……?

「まさか、私のハゲが進行して…」

こんな若いのに、ハゲなど作りたくない。と恐る恐るそれらをつまみ上げる。
よく見れば、白い枝のような硬い棒に、毛が無数に生えている。

「なんで黒い羽が」

それは羽だった。羽が枕元にうじゃうじゃ抜けていた。自分が首を預けていた枕はどこかにいき、私の髪にはその羽根がたくさんついている。

「気味が悪いわ!何よこれ!?悪夢じゃないの!!」

白い自分の髪に無数の小さな綿毛やら、黒い羽がついているので鳥肌が立つ。正直、私は、あまり鳥が好きじゃない。

カラスは特に。
ゴミをあさるし、小さい頃なんてしょっちゅう頭の上にフンを食らった。

母も鳥は厄介やっかいだと言っていた。明日の朝食のパンを買いに行ったら、帰り際、トンビに持っていかれたという話も聞いたし。

うぎゃー、と白髪をかきむしる。黒い羽がふわふわと呑気のんきに出てきて、失神しそうだった。

「アレルギーとか考えないの!?というか、こんないたずらしたのは誰よ!!」

ギラに問い詰めれば、彼女はクスクス笑った。あまり愛想が良くないと思っていたが、意外にも、可愛らしい笑顔だ。と、思っている場合ではない。

「教えなさい、ギラ。でないと、あなたの羽を鳥肌にするわよ」

「旦那様です。旦那様と執事長にお聞きください」

やはり彼らにとっては自分の翼が第一らしい。昨日の公爵様もずいぶんと警戒していたから、そのことについては理解できる。大空を飛ぶという、人類も未だに夢を見るようなことができるのだから。
とりあえず、その二人をとっちめればいいのかと思って、ズカズカ部屋を出る。支度をし終えた今でも、なんだか頭の地肌がかゆい。

「ノミとかダニとかいるんじゃないでしょうね」

「……おはよう」

食堂に行けば、いつもはいないはずの公爵様が先に座っていた。なんだか私の方に目をチラチラと向けてくるが、無視しておこう。

「公爵様、私に後で時間をくれませんか」

「わかった」

傷を治す時はあれほど怒りに震えたような声を出していたが。良く聞いてみれば、公爵様の声は低く落ち着いている。
朝食を取り終えて、私は本題に入った。

「朝起きたとき、羽がどっさりあったのですが。あれは公爵様のですか」

「っっ……あ、ああ、そうだ」

顔を真赤にして答える公爵様。なぜそう恥ずかしそうに口元を手で抑えるのかよくわからない。というか、なぜ私から目をそむけるのだろう。

やはりこれは侮辱ぶじょくされているのだろうか。その手の下はニタニタと馬鹿にしている笑み。鳥の獣人なりに馬鹿にされているのが、私にはわからないだろうと。

初めから期待してなどいなかった。ビアンカが私に死んだネズミを礼として、プレゼント箱に入れた用意周到さ。あれと同じものがあるのだろう。

あきれましたわ。私、ここを出ます」

「は?」

「さようなら、クロウ公爵様」

私は聖女のようになれればいい。傷病人がいるところへ自ら行き、治すことさえできれば。
公爵家でここまで侮辱されるなど。
私は立て続けに身に起こったことには、身がもたなかった。

天使のようなビアンカに渡された、酷いプレゼント。
殿下に言い渡された婚約破棄。
クロウ公爵から受け取った、獣人の侮辱。

私はなぜ、人を助けただけなのに。雪辱せつじょくを味合わなければならないのだろうか。イスを立ち、すぐに去ろうとしたときだ。

「待ってくれ。君は嫌だったのか?」

彼は私の手首をつかむと、酷く傷つくような顔をした。右手には、昨日、彼が翼で叩いてできた腫れがある。

「触らないで」

「君は俺の傷を見せろとうるさかったのに。自分の傷は見せないのか」

「それとこれとは関係ありません。あなたのように、恩をあだで返す人など、私は夫になどしたくないですから」

掴んでくる手を振り払う。
そもそもこの傷は彼が作ったものだと言いたかったが、母は治すときにこちらが怪我をしてしまうことは仕方ないと言っていたので飲みこむ。
でも彼は引き下がらなかった。

「どういうことだ。俺は仇を君に返したつもりはない。黒い羽がまくらにあっただろう?」

「良くもやってくれましたね!あんなイタズラ」

「イタズラではない。俺がしたのは…その………君に……きゅ…」

そこで言いよどむ公爵様。
まどろっこしいのが嫌な性分なので、何を言いたいのか早く言ってほしい。
それが侮蔑のような言葉だろうとも。私は面と向かって悪口を言われる方が、影でグチグチと言われるより楽だから。

「何ですか。はっきり言って」

「公爵様、大変です!!」

朝の食堂に、使用人が駆け込んだ。後ろには息を切らした、見ない顔が。
分厚い皮のゴーグルを付け、ぴっちりと肌につくような黒いシャツ。ズボンは迷彩柄で、手には弓を持っているのはどう見ても兵士の姿だ。

「南の森…………魔物で……重症者十三名…」

そこで限界だったのだろう。使用人に担がれて、兵士は意識を失った。
後ろから聞こえたのは、イスが倒れる音だ。公爵様は立ち上がると飛び出していく。

「私を連れて行って!」

大きな黒い翼を広げようとした背中に、話しかける。彼に頼むが、彼は首を振った。

「君はここで待っていてくれ」

次の瞬間には、食堂の窓から彼は飛び出ていた。足を窓枠にかけて、り上げる。高く跳んだと思えば、風に乗って、彼の姿は一瞬で雲に隠れる。

置いていかれた。
向こうには、怪我人がいるというのに。必要とされているのに。

『怪我は命取りよ。紙でついた切り傷さえもね。バイキンが入る前に、早く助けなくてはね』

その言葉に背中を押される。

「執事長。私、公爵様を助けました。その恩を返してください」

「しかし、そんなことをしては」

執事長の戸惑いの顔は、私がこれから言い出すことに反対だということだ。それでも私は、怪我人がいるならどんなに危険だろうと行く必要がある。

「私を、南の森へ連れて行って。公爵様と同じぐらい…いいえそれよりも早くよ」

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