カラスと、悪魔と呼ばれた聖女

クジラグモ

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5 大空の誇り

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翼を広げて、空を支配する。下に見える緑の草原は、いつ見ても爽快そうかいなほど風になびいている。
翼は前に折れたはず。それでも、またこうして風をつかめるのは彼女のおかげだ。
翼は一度折れたら、二度と飛べなくなる。だから鳥人は背中を敵に見せず、必ず正面で勝負する。翼に触れられるなど言語道断ごんごどうだんであり、唯一の伴侶はんりょにさえも躊躇ちゅうちょするものだ。
折れたら命も、否、命をなくすよりも悲惨ひさんなことだった。飛べない鳥は見捨てられる。けれど彼女は、決して俺を見捨てることなどしなかった。

『私はあなたを治す。殺すかどうかは後で決めて』

殺意を向けていると言うのに、彼女は俺の目を真っ直ぐ見て告げた。

『私を信じて』

強く響く声は、心を支える。治されたときの痛みはなく、本当にあっという間だった。
片手に握りしめた、花束は枯れ果てた末に折れた。その代わり、俺の翼は元通り。
短い黒髪が風になぶられ、心地よい。飛ぶというのはやはり、鳥人に与えられたほまれだった。

「隊長!魔物が!魔物がもう里の方に!」

部下の一人が飛翔ひしょうし、知らせてくれる。山のふもとにある領地に入り込んでいく魔物の姿が見える。山は恵みを与える代わりに、魔物という驚異的な怪物を生み出す。町は木のさくほりで囲われているものの、鋭い牙と爪を持ったやつらには足止めになるだけである。

「人は避難させてあるか」

「はい。普段のとおり、里の真ん中に!」

それを聞いて少し気を休める。弓矢を引くには、心を落ち着かせることが大切だから。
やり弓矢の手解きは、鳥人ならば必ず幼い頃に通過すること。普段から手元に弓矢をおいて、いつでも出動できるようにしたのはこの領地を守ると決めてからだ。

大弓は二・五メートル。俺より少し大きいぐらいの長さ。ドワーフの鍛冶かじでつくられたそれは、竜の角でできている。げんはエルフの竪琴たてごとから。張り具合は、男手十人分。

矢尻をつまみ、先を暴れまわる魔物へ向ける。獣の形をなしているものの、それはドロドロとした紫の血を流している。

「ギョエエエ!」

気味の悪い声。
手を放した瞬間、矢は弧を描きながら魔物の頭へと突き刺さった。

「よっしゃ!一発だぜ!」

「さすが団長!」

上空で見守る部下に、俺は早くそこを退くように叫んだ。

「ギシャアアア!」

翼を持つ魔物が出てきた。
コウモリの翼、豚の体に、顔は犬。
不釣り合いな姿は、どう見てもこの世のものとは思えない生き物。

「ああああ!落ちる!!」

「アウル!」

部下の一人が翼から傷を流し、下に落ちていく。そのさまは、雷を落とされて堕落だらくさせられる堕天使だてんしのようだ。最悪、俺達は一生飛べなくなる。
鳥人はありとあらゆる病に強く、治癒が早い代わりに、翼が折れると致命傷となる。
弓をたずさえ、矢をむける。素早く空を飛ぶ魔物に向けると、制裁を加えた。

「早く救護を!下に落ちた者と負傷者を集めろ!」

あわてて指示を飛ばす。救護班は町の内にいるはずだ。空を飛んで周りに魔物がいないか確認してから、ようやく地に降りた。

「こっちだ!治癒術師が来ているぞ」

「なんと……翼がこんなに治るなんて初めてだ!」

彼らの忙しない働きとともに、何やら嬉しそうな笑顔がちらほらと見えてくる。
普段なら、救護班はどんよりとした雰囲気のまま、仲間の翼に胸を傷ませ包帯を手に奮闘するのだが。

一体どうなっている?

気になって、町の診療所へと行く。古い木造建築の診療所は、名ばかりで、ベッドが何台も並んでいるだけの空間だ。広いベッドに寝かされ、苦しそうにする隊員たちの中。
目立つほどの白銀の髪が視界に映った。

「傷よ花にかわれ」

またあの不思議な言葉だ。彼女はそう言うだけで、左手に抱えていた花たちを枯らした。

「ば、化け物だ」

「花を枯らす代わりに、傷を治すなんて」

病室を何事かとのぞきに来た領民が目を見開いていた。
隊員たちは仲間の傷を治してもらえて喜んでいるが、周りの人にはそうは見えないらしい。
花をどす黒くしていく、彼女の右手。

「悪魔の手だ……悪魔がいる」

少年がつぶやいた。
果たしてあれは悪魔の手なのだろうか。

「あら、公爵様。もうこちらにいらしたのね」

隊員の手を握りしめ、懸命けんめいに治していくルナ。その背を見て、俺は胸が苦しくなった。
彼女は自分が何と言われようと、必ず傷を治してみせる。俺のときも同じだった。殺すとおどしていたのに、彼女は怯えることをしなかった。
それは、傷を癒やしてやっているのに、普段から自分をけなされるようなことを言われているからだろうか。

「これで最後だったわ。翼以外にも、傷は治して」

「ルナ」

「まさか、あなたも傷を負ってるの?今度は早く見せなさい。私がちゃんと治せるのは、もう承知でしょう?」

彼女が手を伸ばしてくる。
最初こそ、その手は魔物のように思えた。翼に何をされるかわからない。誇りを踏みにじられたくなどないから、俺は警戒して強く叩いた。
翼は俺のような大柄の男ほど、体重が重いほど、強くしなやかになる。ムチのように打ってしまったから、昨日から彼女の手は赤く腫れている。
俺はその手を握りしめた。

「すまない。まずは謝らせてくれ」

「っっ!?」

手の甲にキスをした。腫れたところを俺は治す力はないが、優しく口づけをする。

「離して!」

震えた手で彼女は俺から離れた。俺に触れる時は怯えなかったのに。なぜ俺から触れる時はこんなに怯えるような顔になるのだろう。

「いきなりびっくりするじゃないの。怪我がないなら、さっさと出てって。ここは患者のためだけの部屋よ」

「治してくれて感謝する。だがなぜここに来た。ここは危険だ」

「危険でも怪我人がいるわ。私は治しに来ただけよ」

赤い瞳を、包帯が巻かれた隊員に優しく向けた。目を細めると彼女は、まるで女神のように美しい。

そのとき、胸がぎゅっとしめつけられた。

これがつがいに対する感情なのだろう。

守りたい。彼女をそばにおいて、離れないように。

「帰るぞ」

「は?え、ちょっと!私、まだやることがあるのよ!!」

お姫様抱っこをしてやると、彼女は腕の中で暴れ始めた。手足をばたつかせるものの、意外にも体は軽い。何より、その手は力強く怪我を治すくせに。俺に対しての抵抗する力がまるでない。

これは、ますます心配になる。こんなに軽くて力もないなど。翼を完治させるぐらいの力を持つのだから、誰かにねらわれないだろうか。

「公爵様、その方を連れ帰るのですか」

「白い悪魔の娘なんぞ、恐ろしい」

「右手に触れたら危ないぞ!」

診療所を出る際、人々が口にした。彼女に触れるのは危ないと。けれど彼等は、花を枯らしている瞬間しか見ていないからだろう。彼女はちゃんと、患者をその手で治してくれている。

「退いてくれ。これは俺の番だ。愚弄ぐろうするやつは許さない」

そこで初めて、俺は民に向けて殺気を放った。
父と約束した、ここを守るという誓い。翼にかけて、その誇りを守ってきた。にも関わらず、俺はなぜかむしゃくしゃしている。



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