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獅子王の決意2 09/09加筆
その言葉は、まるで、神の託宣のように、静まり返った執務室に響き渡った。
バルドゥスは、その場に、膝から崩れ落ちそうになるのを、かろうじて、机の角に手をついて堪えた。その皺だらけの目から、大粒の涙が、ぼろぼろと、とめどなく溢れ出す。
「おお…!おお、神よ…!なんと、なんということだ…!」
彼は、嗚咽を漏らしながら、天を仰いだ。
数百年に一度。
伝説の中にしか存在しないとさえ言われていた、獅子王の『運命の番』。
それが、この御代に、現れた。
これで、王家の血筋は、安泰だ。この国、アストリアの未来は、永遠に約束されたのだ。
王家に、そして、この国に、生涯を捧げてきた老臣にとって、それは、何物にも代えがたい、最高の吉報だった。
「おめでとうございます…!陛下!心より、お祝い申し上げます!」
バルドゥスは、床に膝をつき、最上級の敬意をもって、深々と頭を下げた。
「して!その、奇跡の御方は、どちらの、高貴なご家門の、ご令嬢でいらっしゃいますか!?狼族か、あるいは、虎族の公爵家か…!」
当然の問いだった。
王の番たる者、それにふさわしい、高貴な血筋の者であるはずだ。
しかし、レオンハルトの答えは、彼の予想を、遥かに超えるものだった。
「いや」
レオンハルトは、静かに首を横に振った。
「彼女は、貴族ではない。王都の食堂で働く、ごく普通の、猫獣人の娘だ」
「…ね、猫獣人…で、ございますか…?」
バルドゥスの目が、驚きで、点になる。
しかし、彼は、すぐに、はっと、我に返った。
そうだ。運命の番に、家柄など、関係ない。神が定めた魂の結びつきの前には、獣人の社会が作った階級など、何の意味も持たないのだ。
「さ、さようでございましたか!それは、失礼を!しかし、なんと、なんと、心優しき神のお導きか…!」
彼は、すぐに、気を取り直すと、ぱっと、顔を輝かせた。
「陛下!これは、一刻の猶予もございません!すぐに、使いを出し、その御方を、妃として、この王城へとお迎えせねば!」
バルドゥスは、勢い込んで立ち上がった。
頭の中では、もう、壮麗な婚約の儀式や、パレードの段取りが、目まぐるしく駆け巡っている。
「国の法に則り、彼女を、未来の王妃として、丁重にお迎えし、最高の教育を施し、一日も早く、陛下とのご成婚を…!」
「待て」
しかし、その忠臣の熱い言葉を、レオンハルトの、低く、静かな一言が、ぴしゃりと遮った。
「まだだ」
バルドゥスは、困惑したように、主君の顔を見上げた。
「陛下…?何を、仰せに…?運命の番が見つかった以上、彼女を、王城へお迎えするのは、当然のことであり、陛下の、そして、王家の、義務でさえございますぞ!」
「分かっている」
レオンハルトは、静かに、目を伏せた。
その横顔に、バルドゥスの知らない、深い苦悩と、そして、海のように深い、慈愛の色が浮かぶ。
「バルドゥス。お前には、話しておかねばならん。彼女が、これまで、どのような人生を歩んできたかを」
そう言って、レオンハルトは、静かに、語り始めた。
彼が、王の持つ情報網を駆使して、調べ上げた、ミミという、一人の少女の、あまりにも過酷な、半生の物語を。
若き騎士団長、ガロウ・シュヴァルツと番になったこと。
献身的に彼を支え、幸せな日々を送っていたこと。
しかし、ガロウの前に、別の「番」を名乗る女が現れ、彼女が、偽りの番として、ゴミのように捨てられたこと。
「お前との時間は退屈だった」という、心を殺す言葉を投げつけられ、雨の夜に、たった一人で、家を追い出されたこと。
頼った実家の親にさえ、「一族の恥さらし」と、拒絶されたこと。
王都へ来てからも、誰にも頼れず、飢えと寒さの中で、死の淵を彷徨ったこと。
そして、一軒の食堂の女主人に拾われ、ようやく、小さな居場所を見つけたこと。
その話を聞くうちに、バルドゥスの顔から、血の気が引いていった。
その忠義に満ちた瞳には、深い同情と、そして、ガロウという男と、ミミの父親に対する、静かで、燃えるような怒りの炎が宿っていた。
「…なんという…なんという、非道な…!同じ獣人として、風上にも置けぬ輩だ…!」
「そうだ」と、レオンハルトは、静かに頷いた。
「彼女は、深く、傷ついている。信じていた者に裏切られ、愛していた者に、その存在の全てを否定された。彼女の心は、まだ、凍てついたままだ」
バルドゥスはこみ上げてくる涙を必死で堪えた。そして、再び、深く、深く、その場に膝をついた。
「…陛下の、お心のままに…。このバルドゥス、どこまでも、お供いたします。陛下が食堂へ向かわれる際は、王直属の隠密の中から最も腕の立つ者を数名、客を装わせて同行させましょう。 万が一のことがあってはなりません故」
「うむ。だが、決して彼女に気づかれるな。怯えさせてはならん」
「はっ」
レオンハルトは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、再び、窓辺へと歩み寄り、眼下の、無数の光の一つを、愛おしげに見つめる。
あの光の中に、彼女がいる。
バルドゥスは、その場に、膝から崩れ落ちそうになるのを、かろうじて、机の角に手をついて堪えた。その皺だらけの目から、大粒の涙が、ぼろぼろと、とめどなく溢れ出す。
「おお…!おお、神よ…!なんと、なんということだ…!」
彼は、嗚咽を漏らしながら、天を仰いだ。
数百年に一度。
伝説の中にしか存在しないとさえ言われていた、獅子王の『運命の番』。
それが、この御代に、現れた。
これで、王家の血筋は、安泰だ。この国、アストリアの未来は、永遠に約束されたのだ。
王家に、そして、この国に、生涯を捧げてきた老臣にとって、それは、何物にも代えがたい、最高の吉報だった。
「おめでとうございます…!陛下!心より、お祝い申し上げます!」
バルドゥスは、床に膝をつき、最上級の敬意をもって、深々と頭を下げた。
「して!その、奇跡の御方は、どちらの、高貴なご家門の、ご令嬢でいらっしゃいますか!?狼族か、あるいは、虎族の公爵家か…!」
当然の問いだった。
王の番たる者、それにふさわしい、高貴な血筋の者であるはずだ。
しかし、レオンハルトの答えは、彼の予想を、遥かに超えるものだった。
「いや」
レオンハルトは、静かに首を横に振った。
「彼女は、貴族ではない。王都の食堂で働く、ごく普通の、猫獣人の娘だ」
「…ね、猫獣人…で、ございますか…?」
バルドゥスの目が、驚きで、点になる。
しかし、彼は、すぐに、はっと、我に返った。
そうだ。運命の番に、家柄など、関係ない。神が定めた魂の結びつきの前には、獣人の社会が作った階級など、何の意味も持たないのだ。
「さ、さようでございましたか!それは、失礼を!しかし、なんと、なんと、心優しき神のお導きか…!」
彼は、すぐに、気を取り直すと、ぱっと、顔を輝かせた。
「陛下!これは、一刻の猶予もございません!すぐに、使いを出し、その御方を、妃として、この王城へとお迎えせねば!」
バルドゥスは、勢い込んで立ち上がった。
頭の中では、もう、壮麗な婚約の儀式や、パレードの段取りが、目まぐるしく駆け巡っている。
「国の法に則り、彼女を、未来の王妃として、丁重にお迎えし、最高の教育を施し、一日も早く、陛下とのご成婚を…!」
「待て」
しかし、その忠臣の熱い言葉を、レオンハルトの、低く、静かな一言が、ぴしゃりと遮った。
「まだだ」
バルドゥスは、困惑したように、主君の顔を見上げた。
「陛下…?何を、仰せに…?運命の番が見つかった以上、彼女を、王城へお迎えするのは、当然のことであり、陛下の、そして、王家の、義務でさえございますぞ!」
「分かっている」
レオンハルトは、静かに、目を伏せた。
その横顔に、バルドゥスの知らない、深い苦悩と、そして、海のように深い、慈愛の色が浮かぶ。
「バルドゥス。お前には、話しておかねばならん。彼女が、これまで、どのような人生を歩んできたかを」
そう言って、レオンハルトは、静かに、語り始めた。
彼が、王の持つ情報網を駆使して、調べ上げた、ミミという、一人の少女の、あまりにも過酷な、半生の物語を。
若き騎士団長、ガロウ・シュヴァルツと番になったこと。
献身的に彼を支え、幸せな日々を送っていたこと。
しかし、ガロウの前に、別の「番」を名乗る女が現れ、彼女が、偽りの番として、ゴミのように捨てられたこと。
「お前との時間は退屈だった」という、心を殺す言葉を投げつけられ、雨の夜に、たった一人で、家を追い出されたこと。
頼った実家の親にさえ、「一族の恥さらし」と、拒絶されたこと。
王都へ来てからも、誰にも頼れず、飢えと寒さの中で、死の淵を彷徨ったこと。
そして、一軒の食堂の女主人に拾われ、ようやく、小さな居場所を見つけたこと。
その話を聞くうちに、バルドゥスの顔から、血の気が引いていった。
その忠義に満ちた瞳には、深い同情と、そして、ガロウという男と、ミミの父親に対する、静かで、燃えるような怒りの炎が宿っていた。
「…なんという…なんという、非道な…!同じ獣人として、風上にも置けぬ輩だ…!」
「そうだ」と、レオンハルトは、静かに頷いた。
「彼女は、深く、傷ついている。信じていた者に裏切られ、愛していた者に、その存在の全てを否定された。彼女の心は、まだ、凍てついたままだ」
バルドゥスはこみ上げてくる涙を必死で堪えた。そして、再び、深く、深く、その場に膝をついた。
「…陛下の、お心のままに…。このバルドゥス、どこまでも、お供いたします。陛下が食堂へ向かわれる際は、王直属の隠密の中から最も腕の立つ者を数名、客を装わせて同行させましょう。 万が一のことがあってはなりません故」
「うむ。だが、決して彼女に気づかれるな。怯えさせてはならん」
「はっ」
レオンハルトは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、再び、窓辺へと歩み寄り、眼下の、無数の光の一つを、愛おしげに見つめる。
あの光の中に、彼女がいる。
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