クールで近寄りがたい同級生、「あざと可愛い」配信者推し仲間でした……え?本人?

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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落下したスマートフォン

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月曜の夜に満タンまでチャージしたはずの僕の魔力は、週の半ばにはもう枯渇寸前だった。
火曜日の古文の授業で半分になり、水曜日の数学の小テストでさらに削られ、木曜日の体育、持久走で完全にゼロになった。金曜日の僕は、もはや抜け殻だった。魂の抜けた自動人形のように、ただ決められたルーティンをこなすだけ。朝起きて、学校へ行き、授業を聞き流し、昼休みは気配を消す。

僕がそんな状態でも、世界は当たり前のように回っていく。
そして、月島蓮は、相変わらず世界の中心で完璧に輝いていた。

彼の完璧さは、一週間を通して一切ぶれることがない。
火曜日の英語の授業では、教師に指名されて、流暢すぎる発音で教科書の長文を読み上げた。
教室が静まり返り、誰もが聞き惚れていた。

水曜日の昼休みには、男子数人に囲まれて次の球技大会の話をしていた。彼はバスケ部ではない。それなのに「悪いけど、助っ人は月島以外考えられない」とキャプテンに頭を下げられていた。

そして木曜日。僕が死に物狂いでグラウンドを走っていた持久走。
彼は涼しい顔で、僕より二周も三周も先を走っていた。息一つ乱さず、まるで美しい機械のように一定のリズムを刻み続けるフォーム。汗すら、彼を構成する演出の一部みたいにキラキラと輝いて見えた。

僕は、そんな彼を遠くから眺めるたびに、月曜の夜に自分の中で再確認した結論を反芻する。
住む世界が違う。
僕と彼は、違う種類の生き物なんだ。
僕は僕のままで、僕の世界で、僕だけの癒やしを大切にすればいい。
このどうしようもない壁が、僕の心の平穏を守ってくれている。そう自分に言い聞かせた。

そうこうしているうちに、地獄の一週間はようやく終わりを告げた。
金曜日の六時間目。授業の終了を告げるチャイムが鳴った瞬間、教室は解放感に満ちた騒めきに包まれた。

「やっと終わりかー!」
「今週末、カラオケ行かね?」
「部活、だるー」

あちこちで交わされる週末の会話。そのどれにも、僕は含まれていない。
別にいい。僕には、彼らのカラオケよりも、部活の練習よりも、もっとずっと大切な予定があるのだから。今夜も『砂糖しゅがあ』の配信がある。それを楽しみに、この一週間を乗り切ってきたんだ。

僕は誰よりも早く帰りの支度を済ませた。
教科書やノートを乱暴に鞄に詰め込み、椅子を引く。一刻も早く、この喧騒から抜け出したかった。

廊下は生徒たちでごった返していた。人の波。笑い声。むわっとした熱気。僕はその流れに身を任せ、ただひたすらに昇降口を目指す。

その時だった。
ふと、数メートル前方の人の波の中に、見慣れた後ろ姿を見つけた。
すらりとした長身。形の良い頭。少しだけ色素の薄い、さらりとした黒髪。
月島蓮だ。

彼は、僕と同じように一人だった。
いつも彼の周りには誰かしらがいるのに、放課後は一人で帰ることが多い。その背中は、昼間の教室で見るものより、ほんの少しだけ小さく見える気がした。
昼間は、完璧なまでに張り詰められた「月島蓮」というキャラクターを演じているような、一種の緊張感がある。でも、放課後の彼の背中からは、その緊張感が少しだけ、薄れているように感じられた。

どうして、彼はいつも一人で帰るんだろう。
彼はいつも自ら孤独を選んでいるように見える。まるで、誰かが自分のテリトリーに踏み込んでくることを、拒絶しているかのように。

完璧で、誰からも好かれているのに、どこか寂しそう。
そんな矛盾した印象を、僕は彼の背中に見ていた。

そうやって、彼の背中をぼんやりと眺めながら歩いていた。
昇降口へ続く廊下は、いくつかの棟を繋ぐ渡り廊下になっていて、少しだけ道幅が狭くなる。生徒たちがそこで渋滞を起こし、人の流れが少しだけ滞った。

ハプニングは、その瞬間に起きた。

廊下の角。僕たちの進行方向から見て、右手にある教室のドアが、勢いよく開いた。
中から、サッカー部か陸上部か、ジャージ姿の男子生徒たちが、ふざけ合いながら飛び出してくる。

「うおー!負けたやつジュースな!」
「待てコラ!」

完全に、周りが見えていない。
そのうちの一人が、一直線に、蓮の肩にぶつかった。
ドン、と鈍い音が響く。

「おわっ、と!わりぃ!」

ぶつかった生徒は、悪びれる様子もなく軽く謝った。
しかし、相手が月島蓮だと気づいた瞬間、彼の顔から血の気が引いていくのが分かった。
「つ、月島…!?ご、ごめん!」

周囲の生徒たちの視線が、一斉にその一点に集まる。
みんな、固唾をのんで蓮の反応を待っていた。彼を怒らせたらどうなるのか。誰も知らないからだ。

蓮は、少しだけよろめいた体を立て直し、静かに相手を見た。
その表情は、いつもと変わらなかった。温度のない、涼やかな瞳。
彼は小さく首を振り、短く答えた。

「…いや」

それだけだった。
ぶつかられたことに対して、怒りも、不快感も、何も示さない。
あまりに完璧な対応に、ぶつかった生徒も、周りで見ている僕たちも、少しだけ拍子抜けした。

しかし、本当のハプニングは、その直後に起きた。

蓮が「いや」と言った、その瞬間。
彼が手に持っていたものが、するりと滑り落ちた。

スマートフォンだった。

僕の視界の中で、黒い長方形の板が、まるでスローモーションのように宙を舞った。
きらりと、廊下の蛍光灯の光を反射する。

「あっ」

蓮が、声を漏らした。
それは、いつも僕たちが聞いている、低くて落ち着いた声ではなかった。
驚きと、焦りが滲んだ、完全な「素」の声。
僕が、彼のそんな声を聞いたのは、初めてだった。

彼は反射的に手を伸ばす。
その指は、驚くほど長くて綺麗だった。
でも、間に合わない。

重力に従って、スマートフォンは落下していく。
硬い、リノリウムの床に向かって。

ガシャン!

それは、ガラスが砕けるような、鋭くて、破壊的な音。
放課後の浮かれた空気を、ナイフのように切り裂いた。
廊下にいた全員の動きが、ぴたりと止まる。誰もが、音のした方へ視線を向けた。

そこには、無残に、床に転がる一台のスマートフォンと。
それを見下ろして、立ち尽くす月島蓮の姿があった。
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