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フェンとの日々
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あの衝撃的な朝から、数日が過ぎた。
私の日常には、一つ、大きな変化が訪れていた。それは、私の保護者である銀色の聖獣フェンが、時折、あの銀髪金眼の青年の姿で私の前に現れるようになったことだ。
そして、その事実は、私の心に平穏とは程遠い、さざ波を立て続けていた。
「リア、朝だ。起きろ」
「ひゃいっ!?」
小屋の扉がノックもなしに開けられ、低い、耳に心地よい声と共に、長身の青年が入ってくる。その手には、焼きたての黒パンと温かいミルクが入った木の器が乗っていた。
私はベッドから飛び起き、慌てて寝癖のついた髪を手で押さえる。
「ふ、フェン! 何度も言ってるけど、入ってくるときはノックをしてってば!」
「なぜだ? 俺の小屋も同然だろう」
彼は心底不思議そうに首を傾げながら、テーブルに朝食を置く。その無自覚さが、一番心臓に悪いということを、この悠久の時を生きてきた聖獣様はまるきり理解していない。
あの日以来、私は彼とどう接していいのか、完全に見失っていた。
相手は、あの巨大なもふもふのフェンなのだ。そう頭ではわかっている。けれど、目の前にいるのは息を呑むほど美しい青年で、しかも、あの……その……唇の感触を知ってしまっている相手なのだ。意識するなという方が無理な話だった。
私が顔を真っ赤にして固まっていると、彼は怪訝そうに私の額に手を伸ばしてきた。
「まだ熱があるのか?」
「なっ、ないわよ! もう元気だから、そんな気軽に触らないで!」
私は彼の大きな手をぱしっと払い除ける。その瞬間、彼の手の温かさが蘇り、また心臓が大きく跳ねた。もう、どうしたらいいのかわからない。
そんな私の葛藤をよそに、フェンは「そうか」とだけ呟くと、当たり前のように椅子の背もたれに腰掛け、私が食事を始めるのをじっと見つめ始めた。その金色の瞳に見守られながら(あるいは、監視されながら)とる食事は、美味しいはずなのに、喉を通る感覚がほとんどしなかった。
彼の過保護っぷりは、人の姿になってから、さらに拍車がかかっていた。
私が薬草を摘みに森へ入れば、いつの間にか後ろにいて、「その崖は危ない」「その草には毒がある」と口を挟んでくる。私が村の女性たちと立ち話をしていれば、少し離れた木陰から、じっとこちらを観察している。
村人たちは、そんな彼を「リアさんの番人さん」と呼び、微笑ましげに受け入れていたが、私にとっては羞恥と緊張の連続だった。
ただ、彼の存在が心強いことも、また事実だった。
獣の姿ではわからなかった、彼の細やかな優しさ。私が重い薪を運んでいれば、黙ってそれを取り上げてくれたり。私が夜遅くまで薬草の調合をしていると、温かいハーブティーを淹れてくれたり。
言葉数は少ないけれど、その行動のすべてから、彼が私を心から大切に想ってくれていることが伝わってきた。
だからこそ、私はまだ彼に聞けずにいた。
あの夜、彼が囁いた『番(つがい)』という言葉の意味を。
そして、なぜ彼が、獣の姿ではなく、人の姿をとるようになったのかを。
その問いは、私たちの関係の核心に触れるような気がして、怖くて切り出せなかったのだ。
私たちは、奇妙にぎこちなく、それでいてどこか温かい、そんな不思議な関係のまま、穏やかな時間を重ねていた。
その平穏が、悲鳴と共に破られたのは、よく晴れた昼下がりのことだった。
私の日常には、一つ、大きな変化が訪れていた。それは、私の保護者である銀色の聖獣フェンが、時折、あの銀髪金眼の青年の姿で私の前に現れるようになったことだ。
そして、その事実は、私の心に平穏とは程遠い、さざ波を立て続けていた。
「リア、朝だ。起きろ」
「ひゃいっ!?」
小屋の扉がノックもなしに開けられ、低い、耳に心地よい声と共に、長身の青年が入ってくる。その手には、焼きたての黒パンと温かいミルクが入った木の器が乗っていた。
私はベッドから飛び起き、慌てて寝癖のついた髪を手で押さえる。
「ふ、フェン! 何度も言ってるけど、入ってくるときはノックをしてってば!」
「なぜだ? 俺の小屋も同然だろう」
彼は心底不思議そうに首を傾げながら、テーブルに朝食を置く。その無自覚さが、一番心臓に悪いということを、この悠久の時を生きてきた聖獣様はまるきり理解していない。
あの日以来、私は彼とどう接していいのか、完全に見失っていた。
相手は、あの巨大なもふもふのフェンなのだ。そう頭ではわかっている。けれど、目の前にいるのは息を呑むほど美しい青年で、しかも、あの……その……唇の感触を知ってしまっている相手なのだ。意識するなという方が無理な話だった。
私が顔を真っ赤にして固まっていると、彼は怪訝そうに私の額に手を伸ばしてきた。
「まだ熱があるのか?」
「なっ、ないわよ! もう元気だから、そんな気軽に触らないで!」
私は彼の大きな手をぱしっと払い除ける。その瞬間、彼の手の温かさが蘇り、また心臓が大きく跳ねた。もう、どうしたらいいのかわからない。
そんな私の葛藤をよそに、フェンは「そうか」とだけ呟くと、当たり前のように椅子の背もたれに腰掛け、私が食事を始めるのをじっと見つめ始めた。その金色の瞳に見守られながら(あるいは、監視されながら)とる食事は、美味しいはずなのに、喉を通る感覚がほとんどしなかった。
彼の過保護っぷりは、人の姿になってから、さらに拍車がかかっていた。
私が薬草を摘みに森へ入れば、いつの間にか後ろにいて、「その崖は危ない」「その草には毒がある」と口を挟んでくる。私が村の女性たちと立ち話をしていれば、少し離れた木陰から、じっとこちらを観察している。
村人たちは、そんな彼を「リアさんの番人さん」と呼び、微笑ましげに受け入れていたが、私にとっては羞恥と緊張の連続だった。
ただ、彼の存在が心強いことも、また事実だった。
獣の姿ではわからなかった、彼の細やかな優しさ。私が重い薪を運んでいれば、黙ってそれを取り上げてくれたり。私が夜遅くまで薬草の調合をしていると、温かいハーブティーを淹れてくれたり。
言葉数は少ないけれど、その行動のすべてから、彼が私を心から大切に想ってくれていることが伝わってきた。
だからこそ、私はまだ彼に聞けずにいた。
あの夜、彼が囁いた『番(つがい)』という言葉の意味を。
そして、なぜ彼が、獣の姿ではなく、人の姿をとるようになったのかを。
その問いは、私たちの関係の核心に触れるような気がして、怖くて切り出せなかったのだ。
私たちは、奇妙にぎこちなく、それでいてどこか温かい、そんな不思議な関係のまま、穏やかな時間を重ねていた。
その平穏が、悲鳴と共に破られたのは、よく晴れた昼下がりのことだった。
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