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崖からの悲鳴
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私は、村の広場で子供たちに薬草の見分け方を教えていた。先日熱を出したエマちゃんも、すっかり元気になって、私の足元で楽しそうに花冠を作っている。
そんな、どこにでもある平和な光景。
それを引き裂いたのは、森の方から聞こえてきた、若い娘の甲高い悲鳴だった。
「きゃあああああっ!」
村中の人々が、はっと顔を上げる。広場にいた私も、心臓が凍りつくのを感じた。
「今の、森の方からじゃなかったか?」
「誰か森へ入っておったか?」
村人たちがざわめき始めた、その時。
森と村の境界から、年嵩の少年が、顔面蒼白で転がるように飛び出してきた。
「た、大変だ! エマが……エマが、崖から!」
その言葉に、エマちゃんの母親であるサラさんが、血の気が引いた顔で叫んだ。
「エマなら、ここに……」
言いかけて、彼女は絶句した。私も、はっと足元を見る。
ついさっきまで、そこにいたはずのエマちゃんの姿が、どこにもなかった。私が薬草の説明に夢中になっている隙に、いつの間にかいなくなっていたのだ。おそらく、もっと珍しい花を探そうと、一人で森へ入ってしまったのだろう。
「そんな……!」
サラさんがその場に崩れ落ちる。
事態を察した村の男たちが、斧や鍬を手に、一斉に森へと駆け出した。
村の広場は、一瞬にして不安と混乱の渦に飲み込まれた。
泣き叫ぶサラさん。彼女を慰める女性たち。
どうしたらいいのかわからず、おろおろと立ち尽くす老人たち。
私も、血の気が引いていくのを感じた。私のせいだ。私が、ちゃんとエマちゃんを見ていなかったから。
後悔と自己嫌悪が、冷たい霧のように心を覆う。
そんな私の肩を、いつの間にかそばに来ていた人型のフェンが、大きな手でぐっと掴んだ。
「行くな。お前はここにいろ」
「でも……!」
「お前が行っても足手まといになるだけだ。それに、あの崖はお前のような非力な人間が近づける場所ではない」
彼の言葉は冷静で、一片の情もなかった。
だが、その金色の瞳の奥に、強い懸念の色が浮かんでいるのを私は見逃さなかった。
彼もまた、エマのことを心配しているのだ。
私たちは、ただ祈るような気持ちで、男たちの帰りを待った。
一分一秒が、永遠のように長く感じられる。
やがて、森の奥から男たちの声が聞こえてきた。希望と不安が入り混じった表情で、村人たちがそちらへ駆け寄る。
戻ってきた男たちの一人が、小さな体を腕に抱えていた。
血だらけで、ぐったりとした、エマちゃんだった。
「エマ!」
サラさんが、悲痛な叫び声をあげて駆け寄る。
広場の中心に敷かれた毛布の上に、エマちゃんはそっと横たえられた。その姿を見て、村中が息を呑んだ。
特に、左足の怪我が酷かった。崖から滑落した際に、鋭い岩で裂いてしまったのだろう。
膝から足首にかけて、ざっくりと皮膚が裂け、白い骨の一部さえ覗いている。傷口からは、だくだくとおびただしい量の血が流れ出し、毛布をみるみるうちに赤黒く染めていく。
エマちゃんは、か細い声で「いたい……いたいよぉ……」と泣きじゃくり、その小さな体はけいれんするように震えていた。
「ひどい……なんてことだ……」
「血が止まらんぞ!」
「誰か! 薬師のリアさんはどこだ!」
村人たちは完全にパニックに陥っていた。泣き叫ぶ者、狼狽える者。絶望的な空気が、まるで伝染病のように広まっていく。
サラさんは、娘の無残な姿を前に、ただ「あ……あ……」と声を漏らすだけで、腰が抜けたように座り込んでしまっていた。
その光景を目の当たりにした私の脳裏に、真っ先に、そしてあまりにも鮮明に、一つの選択肢が浮かび上がった。
(聖女の、力……)
そんな、どこにでもある平和な光景。
それを引き裂いたのは、森の方から聞こえてきた、若い娘の甲高い悲鳴だった。
「きゃあああああっ!」
村中の人々が、はっと顔を上げる。広場にいた私も、心臓が凍りつくのを感じた。
「今の、森の方からじゃなかったか?」
「誰か森へ入っておったか?」
村人たちがざわめき始めた、その時。
森と村の境界から、年嵩の少年が、顔面蒼白で転がるように飛び出してきた。
「た、大変だ! エマが……エマが、崖から!」
その言葉に、エマちゃんの母親であるサラさんが、血の気が引いた顔で叫んだ。
「エマなら、ここに……」
言いかけて、彼女は絶句した。私も、はっと足元を見る。
ついさっきまで、そこにいたはずのエマちゃんの姿が、どこにもなかった。私が薬草の説明に夢中になっている隙に、いつの間にかいなくなっていたのだ。おそらく、もっと珍しい花を探そうと、一人で森へ入ってしまったのだろう。
「そんな……!」
サラさんがその場に崩れ落ちる。
事態を察した村の男たちが、斧や鍬を手に、一斉に森へと駆け出した。
村の広場は、一瞬にして不安と混乱の渦に飲み込まれた。
泣き叫ぶサラさん。彼女を慰める女性たち。
どうしたらいいのかわからず、おろおろと立ち尽くす老人たち。
私も、血の気が引いていくのを感じた。私のせいだ。私が、ちゃんとエマちゃんを見ていなかったから。
後悔と自己嫌悪が、冷たい霧のように心を覆う。
そんな私の肩を、いつの間にかそばに来ていた人型のフェンが、大きな手でぐっと掴んだ。
「行くな。お前はここにいろ」
「でも……!」
「お前が行っても足手まといになるだけだ。それに、あの崖はお前のような非力な人間が近づける場所ではない」
彼の言葉は冷静で、一片の情もなかった。
だが、その金色の瞳の奥に、強い懸念の色が浮かんでいるのを私は見逃さなかった。
彼もまた、エマのことを心配しているのだ。
私たちは、ただ祈るような気持ちで、男たちの帰りを待った。
一分一秒が、永遠のように長く感じられる。
やがて、森の奥から男たちの声が聞こえてきた。希望と不安が入り混じった表情で、村人たちがそちらへ駆け寄る。
戻ってきた男たちの一人が、小さな体を腕に抱えていた。
血だらけで、ぐったりとした、エマちゃんだった。
「エマ!」
サラさんが、悲痛な叫び声をあげて駆け寄る。
広場の中心に敷かれた毛布の上に、エマちゃんはそっと横たえられた。その姿を見て、村中が息を呑んだ。
特に、左足の怪我が酷かった。崖から滑落した際に、鋭い岩で裂いてしまったのだろう。
膝から足首にかけて、ざっくりと皮膚が裂け、白い骨の一部さえ覗いている。傷口からは、だくだくとおびただしい量の血が流れ出し、毛布をみるみるうちに赤黒く染めていく。
エマちゃんは、か細い声で「いたい……いたいよぉ……」と泣きじゃくり、その小さな体はけいれんするように震えていた。
「ひどい……なんてことだ……」
「血が止まらんぞ!」
「誰か! 薬師のリアさんはどこだ!」
村人たちは完全にパニックに陥っていた。泣き叫ぶ者、狼狽える者。絶望的な空気が、まるで伝染病のように広まっていく。
サラさんは、娘の無残な姿を前に、ただ「あ……あ……」と声を漏らすだけで、腰が抜けたように座り込んでしまっていた。
その光景を目の当たりにした私の脳裏に、真っ先に、そしてあまりにも鮮明に、一つの選択肢が浮かび上がった。
(聖女の、力……)
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