彼女にフラれた俺は、封印された何かと暮らすことになった

雷覇

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第12話:復活した災厄

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転送陣の光が収まり、彼らの足元が石の床を捉える。

広大な地下空間。
巨大な円形の遺跡が、まるで神殿のように静かに横たわっていた。

だが――空気が異常だった。

「……これは」
美琴が息を呑む。

重い。
まるで大気そのものが意思を持っているかのように、肌に絡みついてくる。

「霊圧が……不自然に密集してる。こんなの、初めてだわ」
蘭が眉をひそめ、足元の瘴気を避けるように身を引いた。

「封印術式は……完全に歪んでる。力がバラバラだ」

晶が結界の痕跡に手をかざし、静かに目を閉じる。
「誰かが内部から“引っかいている”ような感覚だ」

悠雅が、目を細めて笑った。
「……面白くなってきたな。まるで、生きてるみたいじゃねえか」

「――生きてるのよ」
美琴の声は、低かった。

「この封印の奥に、“それ”は今も存在してる。
 ただ沈黙しているだけ……動き始める、その時を待って」

――その直後、異様な“鼓動”のような波動が、地下空間全体に響き渡った。

「何か来る……これは、さっきまでの比じゃない!」
蘭が霊脈計を取り出したが、数値はすでに限界を超え、針が振り切れていた。

そして次の瞬間――

封印区の中心、巨大な石造りの祭壇が、音もなく裂けた。

《ゴォォォォォ……ッ!》

赤黒い氣が噴き出す。

その中心に、浮かび上がる“狐”の輪郭。
九本の尾を持つ、黄金の焔のような存在が、薄闇の中でゆらめいていた。

「……まさか、これは――!」

美琴が目を見開く。

晶が口を開く。
「“九尾の狐”……神話に語られる、万象を惑わす大妖。
 かつて、機構が初代当主の命を代償に封じた災厄……」

祭壇の上――

九尾の輪郭が、徐々に明確になる。
黄金の尾が揺れ、焔のような氣を纏いながら、その“目”が、ゆっくりと開いた。
その瞬間、空気が弾けた。

それは、圧倒的な霊力でも、恐怖でもなく――

《くすっ》

と、笑うような“声”だった。

「あーあ、封印……とけちゃった」

美琴たちは、全員がその場で硬直した。
あまりにも――“軽い”声音だったのだ。

「やっぱり長く寝てると、つまんない夢見るのよねぇ……。
 おかげでちょっとイライラしてるけど、そこは許してね?」

悠雅が、絶句する。
「……なんだ、こいつ……何言ってやがる……」

「何百年ぶり? あーもう、封印とか、ぜーんぶ壊れちゃった」
「ま、壊したのは“中から”だけど」

にこり、とした声色。
だが、笑うたびに瘴気が膨れ、空間そのものが軋む。

「で――君たち、何? また封印しに来たの?
 ……ふふ、無理無理。だってもう私、自由なんだもん」

美琴が、歯を噛みしめながら結界の再構築を試みる。
だが、術式はまたしてもはね返された。

「あー、それやってもムダだよ? もうここ、私のテリトリーだから。
 うん、せっかく来てくれたし、ちょっと楽しませてもらおうかな?」

尾が振るわれ、空間が裏返る。

大地が裂け、式神部隊が飲み込まれる。
空が歪み、兵の叫びがこだまする。
そして何より――美琴の心臓が、強く危険信号を鳴らしていた。

(この存在……私たちだけでは、封じきれない……!)

九尾の九つの尾が、ゆったりと揺れ動いた。

「さあて――まずは、軽く力を開放しようか」

その言葉と同時に、“尾”がひとつ、天を指した。

次の瞬間――

《ズン……!》

空間が、落ちた。

天井も壁もない。重力の軸そのものが、九尾の氣に飲み込まれ、空間全体が押し潰されるような圧力を放ち始める。

「くっ……!」
美琴が即座に防壁を展開するが、すぐに音を立ててひび割れる。

「こ、この……圧力、尋常ではない……!」

晶が前に出て、両手で仲間を守るように印を結ぶ。

「……っ、こんなもの……!」

美琴が決断する。

「みんな! 一度、撤退の構えを!」

「バカ言うな!そんな事できるか!!」
悠雅の叫びが遮られる。

《――逃げろ! それ以上は、まだ“目覚めていない”!》

頭の中に、直接飛び込んできた声があった。
それは、当主である御門 錬司の声だった

その一言だけが――九尾の全覚醒がまだではないという、唯一の救いを示していた。

「全員、退避――っ! 時間を稼ぐ、早く!」

「あれぇ? もうおしまい?
 ……ま、いいわ。まだ完全じゃないし」

九尾が、愉しげに笑う。

封印区に静寂が戻る。
美琴たちが退避し、戦場は一時的に沈黙していた。

九尾は、自身の尾を見下ろす。

「……ふうん。やっぱり、まだ“力”が戻りきってないか」

揺れる尾の一本が、すでに淡く消えかけていた。

「封印の傷は、思ったより深いわね。……ふふ、でも」

九尾は、くすりと笑う。

九尾は、くすりと笑う。

「私ひとりで全部やる時代じゃ、もうないってことでしょ?」

その言葉と共に、祭壇の奥へと視線を向ける。
そこには封術文字が刻まれて石碑があった。
“九尾を支えし八つの眷属、ここに眠る”――

「さあて、起きなさい。私の“かわいい同胞たち”」

九尾が尾を揺らす。
バチッ――と、空間がひび割れた。

同時に、封印石が光を放ち、そこから“異形の影”が次々と姿を現す。

いずれも、かつて九尾と共に世界を震撼させ、封霊機構の黎明期に命を賭して封じられた、八つの災厄。

「ねえ、みんな。また一緒に世界を“騒がせ”ましょ?」

その一言で、異形たちは静かに膝をつき、頭を垂れた。

――主(あるじ)、帰還せり。

「まずは、私の完全回復から始めましょう。眷属をつかって霊気を集めなさい」

眷属たちは九尾の言葉を一つ残らず胸に刻み込み
そして各地へと散って行った。

残った九尾はただ一人、ゆっくりと玉座のように崩れた石柱に腰を下ろし

「……さあ、美味しい“霊気”が届くまで、ちょっと昼寝でもしようかしら」

その笑みの裏に潜む、底知れぬ“完全なる悪意”を、誰も止めることはできなかった。
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