彼女にフラれた俺は、封印された何かと暮らすことになった

雷覇

文字の大きさ
15 / 25

第15話:何が起こったのか(篠原美琴サイド)

しおりを挟む
蝉の声。蒸し暑い空気。もうすぐ夏休み。
けれど篠原美琴はここ数日、その当たり前の季節の流れすら感じ取れずにいた。

《封霊機構》の任務が本格化する前に、しばらく学園を離れなければならない。
それは数日前、正式に伝えられた。

(……このまま、行くわけにはいかない)

 制服の袖をぎゅっと握りしめる。

(せめて……一言だけでも、静馬に)

もう顔を合わせることもなく夏が終わって、次に戻って来た時には
すれ違うだけの他人になっていたら――それが怖かった。
だから、美琴は登校を決めた。

久しぶりに踏みしめる下駄箱の床。
すれ違う生徒たちの視線。ざわつく心音。
すべてが、少しだけ遠く感じた。

(静馬、来てるかな……)

期待と不安が混ざったまま、ゆっくりと階段を上る。
階段を上がりきった先の教室の前で
美琴はひとつ深呼吸をした。

――心臓がうるさい。

扉を引くと、視線が一斉に向く。

「久しぶりね、篠原さん」

最初に声をかけてきたのは、クラス委員の氷室だった。
やや遠慮がちに、けれど変わらぬ調子で。

「体調、大丈夫だった?」

「……うん、ごめんね。いろいろあって」

美琴は笑って答えながら、周囲の視線の中に探している姿を探した。
けれど――いない。

彼の席には、誰の荷物も置かれていない。
まるで最初から空席だったかのように、そこだけぽつりと空いていた。

(……来てない)

予感はあった。
けれど、こうして目の当たりにすると、胸の奥がぎゅっと痛む。

「あ、静馬のこと?」

隣の席の女子がふと口にする。
美琴がその言葉に顔を上げると、彼女は少し言いにくそうに言葉を継いだ。

「ずっと休んでるよ。先生も家庭の都合って言ってたけど、連絡はあんまり取れてないみたいで」

「そう……なんだ」

(本当に家庭の都合ならいい……)

何度もそう思い込もうとするたび、胸の奥から否定する声が聞こえてくる。

 ――じゃあ、なぜ“あの日”からなんだろう?
 ――なぜ、一言の連絡もないのか?

美琴は机に伏せるように、そっと額を手で押さえた。
誰にも見られないように、声も出さずに。

(私のせいだ)

そう思ってしまう自分を、どこかで責めながらも
でも、そうとしか思えなかった。

静馬は、あの日までは普通に登校していた。変わらない笑顔で、冗談を言って、少し不器用に、でも隣にいてくれた。

別れを切り出したのは、美琴だった。
その直後から、彼は学園から消えた。

(……こんなことになるなんて、思ってなかった)

守るための別れが、こんなふうに彼を追い詰めていたのだとしたら。
何を守ったつもりだったのか?
そんな問いが、自分の中から突き刺さるように浮かぶ。

(笑って話せる日が、また来るって……本気で思ってた)。

でも現実は、違った。彼は、戻ってこなかった。

(……もう一つ、気になってることがある)

――《契約》という言葉。

血縁でもない、素養もない静馬が
霊的契約を結んだという報告。

(……まさか、そんな)

自分の中で何度も否定しようとした。
けれど、その報告の中に記された情報。
静馬が封印された者と契約をした事は間違いないだろう。

あり得ない想像。
けれど《封霊機構》に身を置く者として
それを完全に否定することもできなかった。

契約――それは、強い想いと代償によって結ばれる。
自分を守るため? それとも、もっと別の理由で?

美琴の思考は止まらなかった。

(……そもそもどうして、封印地にいたの?)

本来、その存在すら一般には知らされないはずの封印地。
そこで何をしていたのか。報告には記されていなかった。

(もしかして……封霊機構が再封印に赴いた時にはもう何かに出会っていた?)

契約”は、偶然で結ばれるものではない。意志と代償との他にも干渉が必要だ。
その三つがそろう場所として、封印地ほど適した空間は存在しない。

(静馬は……私が知らないところで、何かと向き合っていた?)

胸が痛む。

(……いったい、何が起こったの? 静馬……)

彼のに何があったのか。
その問いが、美琴の胸を強く締めつける。

(……行かなきゃ)

確かめなければならない。
彼が本当に家庭の都合で休んでいるのか。
それとも――もう普通の世界には、いないのか。

夕暮れの街に、ひときわ目を引くガラス張りの高層マンション。
静馬の家は、その最上階近くにあった。

篠原美琴は、久しぶりにそのエントランスの前に立っていた。
チャイムを押す。

――ピンポーン。

……応答はない。

もう一度、少し長めに押してみる。
……やはり、静かだった。

(留守……?)

まさかと思い、ポストに目をやる。
何日も誰にも触れられていないようだった。

(おかしい……)

不在というより、「誰も帰ってこない」そんな気配。

(静馬……あなた、本当に、どこに行ったの?)

沈黙の家を前に、美琴は立ち尽くした。
茜色の空の下、風がひとつ、木の葉を揺らす。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった

竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。 やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。 それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

追放された俺の木工スキルが実は最強だった件 ~森で拾ったエルフ姉妹のために、今日も快適な家具を作ります~

☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺は、異世界の伯爵家の三男・ルークとして生を受けた。 しかし、五歳で授かったスキルは「創造(木工)」。戦闘にも魔法にも役立たない外れスキルだと蔑まれ、俺はあっさりと家を追い出されてしまう。 前世でDIYが趣味だった俺にとっては、むしろ願ってもない展開だ。 貴族のしがらみから解放され、自由な職人ライフを送ろうと決意した矢先、大森林の中で衰弱しきった幼いエルフの姉妹を発見し、保護することに。 言葉もおぼつかない二人、リリアとルナのために、俺はスキルを駆使して一夜で快適なログハウスを建て、温かいベッドと楽しいおもちゃを作り与える。 これは、不遇スキルとされた木工技術で最強の職人になった俺が、可愛すぎる義理の娘たちとのんびり暮らす、ほのぼの異世界ライフ。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

処理中です...