69 / 96
第1章
第69話:聖女の胸に芽吹く影(セリスside)
しおりを挟む
セリスはふと、目の前の議場の喧騒から心を離した。
(……蒼真は今頃なにしてるかな?)
彼は目立つことを嫌い、必要以上に関わろうとしない。
それはセリスがよく知っている、彼らしい距離の取り方だった。
(初めてくる王国で観光でもしているのかしら……?)
少し想像してみる。
屋台で串焼きを買い食いしながら、物静かに街を歩く蒼真。
商人たちの呼び込みに困惑しながらも、丁寧に断って回る姿が浮かぶ。
それとも、どこか人目のつかない場所で、いつものように一人黙々と修行しているのだろうか。
(……でも、まさかとは思うけれど)
セリスの目が細められる。
(女遊びなんて、してないわよね……?)
いやいや、とすぐに首を振る。
(蒼真にかぎって、そんなこと……!)
彼はそういう軽薄な人間ではない。
寡黙で、誠実で、誤解されがちだけれど、誰よりも真っ直ぐで――
(でも……でももし、もし万が一……)
頭をよぎるのは、道端で微笑む美しい踊り子たち。
甘い言葉をささやく給仕の女性。
それにまんざらでもなさそうな蒼真の――いや、あり得ない。絶対にない。
(……ないけれど)
彼女はそっと、胸の前で指を組んだ。
(もし万が一、そんなことをしてたら――神殿で一晩中懺悔してもらいますからね)
ぴたりと微笑を浮かべるその顔は、慈愛に満ちた聖女そのもの。
だがその奥に、ごくわずかに怒りと呆れと嫉妬の混じった気配が確かに存在していた。先ほどまで浮かべていた慈悲深い笑みが、わずかに引きつった。
(どうしてこんなに、いらだってるんでしょう、私)
自分でも不思議だった。
彼がここにいないことは、予定通りだった。
目立つ場に出てこないのも、神殿を経由せずに勝手に動き出すのも、いつもの蒼真だ。なのにどうして、胸の奥がこんなにもざわつくのか。
(別に、心配してるわけじゃ……)
いや、しているのだ。
だからこそ、蒼真が今どこで何をしているのか――想像せずにはいられない。
胸をよぎるのは、あの勝ち気な剣士の少女――朱音の顔。
いや、彼女ならまだいい。互いに剣士同士、信頼の上にある関係だと理解している。
だが、もし。
もし、街で声をかけてきた女に、蒼真が気を許していたら――
(……ほんの出来心だったとしても、許しません)
微笑みながら、手元の書類にふと指を滑らせる。
彼女の視線の奥には、もはや聖女の柔和さではなく、少しだけ「怒れる乙女」の片鱗があった。
「セリス様、何か……?」
隣の補佐官が小声で尋ねると、セリスはハッとして顔を上げ、にこりと微笑んだ。
「いえ、なんでもありません。ただ……」
言葉を濁し、そっと窓の外へと視線を移す。
澄んだ空の先に、彼の姿があるわけではないのになぜか目が離せなかった。
(どうか、無事でいてください。そして……変なこと、してませんように)
それは祈りと呼ぶにはあまりにも個人的で、そしてどこか愛らしい感情だった。
やがて報告がひと段落し応接室へと移る。
王への拝謁を終え、控えの間で静かに休憩するセリスのもとで静かに扉が開いた。
入ってきたのは、見慣れぬ少女――リリーナ。
背筋を伸ばし周囲に気配を漏らさぬような歩みでまっすぐセリスの前に進み出る。
「聖女セリス様。天城蒼真から、これをお預かりしています」
差し出されたのは封蝋で閉じられた手紙。
セリスは眉をひそめつつ受け取り、封に刻まれた簡素な印を指先でなぞった。
見覚えはないはずなのに直感が告げていた。これは確かに蒼真からだ。
封を切ると、羊皮紙には短い一文だけが記されていた。
『ひとひらの風』
(……前に決めた神殿で会おうという合言葉。丁度いいです。私も話したいことがあった)
口元にわずかな笑みが浮かぶが、その裏で別の疑問が膨らむ。
なぜ、この少女が蒼真の手紙を持ってきたのか。
彼は人を選んで動く男だ。無関係な者に託すはずがない。
セリスは視線をリリーナに戻し、柔らかな声で問う。
「どうして、あなたが蒼真の使いをしているの?」
リリーナは怯むどころか唇の端を艶やかに吊り上げ、小悪魔めいた笑みを浮かべた。
「それは……蒼真さんと、ちょっと深い関係になりまして」
その声音に含まれた含みを感じ取った瞬間、セリスの胸の奥で警戒心が鋭く研ぎ澄まされる。
(……会う前から、相当ややこしい匂いがするわね)
セリスは視線を逸らさず、まっすぐにリリーナを射抜く。
「その事情とやら、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
リリーナは、まるで秘密を独り占めするかのように艶やかな笑みを浮かべた。
「ふふ……それは聖女様でも秘密です♪今日は本当に刺激的な一日でした。おかげで、蒼真さんのことをもっと知りたくなりました」
その言葉が、鋭くセリスの胸を突く。
怒りの矛先は、目の前の少女ではなく――なぜか蒼真に向かっていた。
(……私の知らないところで、この子に何を話したの、蒼真)
微笑を装いながらも、セリスの心中では冷たい炎が静かに燃え上がっていた。
(……蒼真は今頃なにしてるかな?)
彼は目立つことを嫌い、必要以上に関わろうとしない。
それはセリスがよく知っている、彼らしい距離の取り方だった。
(初めてくる王国で観光でもしているのかしら……?)
少し想像してみる。
屋台で串焼きを買い食いしながら、物静かに街を歩く蒼真。
商人たちの呼び込みに困惑しながらも、丁寧に断って回る姿が浮かぶ。
それとも、どこか人目のつかない場所で、いつものように一人黙々と修行しているのだろうか。
(……でも、まさかとは思うけれど)
セリスの目が細められる。
(女遊びなんて、してないわよね……?)
いやいや、とすぐに首を振る。
(蒼真にかぎって、そんなこと……!)
彼はそういう軽薄な人間ではない。
寡黙で、誠実で、誤解されがちだけれど、誰よりも真っ直ぐで――
(でも……でももし、もし万が一……)
頭をよぎるのは、道端で微笑む美しい踊り子たち。
甘い言葉をささやく給仕の女性。
それにまんざらでもなさそうな蒼真の――いや、あり得ない。絶対にない。
(……ないけれど)
彼女はそっと、胸の前で指を組んだ。
(もし万が一、そんなことをしてたら――神殿で一晩中懺悔してもらいますからね)
ぴたりと微笑を浮かべるその顔は、慈愛に満ちた聖女そのもの。
だがその奥に、ごくわずかに怒りと呆れと嫉妬の混じった気配が確かに存在していた。先ほどまで浮かべていた慈悲深い笑みが、わずかに引きつった。
(どうしてこんなに、いらだってるんでしょう、私)
自分でも不思議だった。
彼がここにいないことは、予定通りだった。
目立つ場に出てこないのも、神殿を経由せずに勝手に動き出すのも、いつもの蒼真だ。なのにどうして、胸の奥がこんなにもざわつくのか。
(別に、心配してるわけじゃ……)
いや、しているのだ。
だからこそ、蒼真が今どこで何をしているのか――想像せずにはいられない。
胸をよぎるのは、あの勝ち気な剣士の少女――朱音の顔。
いや、彼女ならまだいい。互いに剣士同士、信頼の上にある関係だと理解している。
だが、もし。
もし、街で声をかけてきた女に、蒼真が気を許していたら――
(……ほんの出来心だったとしても、許しません)
微笑みながら、手元の書類にふと指を滑らせる。
彼女の視線の奥には、もはや聖女の柔和さではなく、少しだけ「怒れる乙女」の片鱗があった。
「セリス様、何か……?」
隣の補佐官が小声で尋ねると、セリスはハッとして顔を上げ、にこりと微笑んだ。
「いえ、なんでもありません。ただ……」
言葉を濁し、そっと窓の外へと視線を移す。
澄んだ空の先に、彼の姿があるわけではないのになぜか目が離せなかった。
(どうか、無事でいてください。そして……変なこと、してませんように)
それは祈りと呼ぶにはあまりにも個人的で、そしてどこか愛らしい感情だった。
やがて報告がひと段落し応接室へと移る。
王への拝謁を終え、控えの間で静かに休憩するセリスのもとで静かに扉が開いた。
入ってきたのは、見慣れぬ少女――リリーナ。
背筋を伸ばし周囲に気配を漏らさぬような歩みでまっすぐセリスの前に進み出る。
「聖女セリス様。天城蒼真から、これをお預かりしています」
差し出されたのは封蝋で閉じられた手紙。
セリスは眉をひそめつつ受け取り、封に刻まれた簡素な印を指先でなぞった。
見覚えはないはずなのに直感が告げていた。これは確かに蒼真からだ。
封を切ると、羊皮紙には短い一文だけが記されていた。
『ひとひらの風』
(……前に決めた神殿で会おうという合言葉。丁度いいです。私も話したいことがあった)
口元にわずかな笑みが浮かぶが、その裏で別の疑問が膨らむ。
なぜ、この少女が蒼真の手紙を持ってきたのか。
彼は人を選んで動く男だ。無関係な者に託すはずがない。
セリスは視線をリリーナに戻し、柔らかな声で問う。
「どうして、あなたが蒼真の使いをしているの?」
リリーナは怯むどころか唇の端を艶やかに吊り上げ、小悪魔めいた笑みを浮かべた。
「それは……蒼真さんと、ちょっと深い関係になりまして」
その声音に含まれた含みを感じ取った瞬間、セリスの胸の奥で警戒心が鋭く研ぎ澄まされる。
(……会う前から、相当ややこしい匂いがするわね)
セリスは視線を逸らさず、まっすぐにリリーナを射抜く。
「その事情とやら、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
リリーナは、まるで秘密を独り占めするかのように艶やかな笑みを浮かべた。
「ふふ……それは聖女様でも秘密です♪今日は本当に刺激的な一日でした。おかげで、蒼真さんのことをもっと知りたくなりました」
その言葉が、鋭くセリスの胸を突く。
怒りの矛先は、目の前の少女ではなく――なぜか蒼真に向かっていた。
(……私の知らないところで、この子に何を話したの、蒼真)
微笑を装いながらも、セリスの心中では冷たい炎が静かに燃え上がっていた。
1
あなたにおすすめの小説
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜
涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。
ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。
しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。
奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。
そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる