才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇

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第1章

第9話:無心の修行

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蒼真は、黙々と木刀を振っていた。

羅刹丸から授かった型――それは一見すると、ごく単純な斬撃の一手。
だが、その一太刀には、羅刹丸が百年の時をかけて到達した剣の理が込められていた。

蒼真は、その重みを知っている。だからこそ、愚直に、ひたすらに、斬る。

「一、二、三……」

はじめは、数を数えていた。
だが千を越え、五千を越え、万に迫る頃には、数など意味をなさなくなる。

掌の皮は破れ、血が滲み、握力すら朧げになる。
けれど蒼真は止まらなかった。

呼吸が荒れ、視界が揺れても。
氣の流れが乱れ、意識が遠のいても。
ただひたすらに、羅刹丸の型を、己の魂に刻むように。

凡人でも、魂を込めれば、一撃は世界を変える
羅刹丸が言ったその言葉を、蒼真は信じていた。
彼は剣士である前に、信念を刻む者だった。

だから斬る。千度でも、万度でも。
ただ、あの男に届くために。
そして――
失った背中を、いつか取り戻すために。

その姿を、山の霧の中で静かに見下ろしていた羅刹丸が、わずかに笑った。

「……それでこそだ、天城蒼真」

蒼真は万を超える振りを終えたあと、木刀を静かに下ろした。
肩で荒く息をしながらも、その目には確かな光が宿っている。

「……もう、数じゃない」

氣を整える。
呼吸を深く、静かに。
次の一振りに、全てを懸けるように。

彼は木刀を持ち上げた。
だが、今度はすぐには振らない。

握った柄に、指先の神経を通す。
手首、肘、肩、背筋、腹、腰、膝、足首――
全身の筋肉のひとつひとつに、意識を巡らせる。

「……動け」

微細な氣の流れが、筋肉の収縮に反応する。
蒼真はそれを感じ取りながら、極めて緩やかに動き出す。

柄が、わずかに傾く。
呼吸と氣が、刀と身体を繋げる。
一息、二息……十息……。

ただの一太刀に、十分を超える時間をかける。
己の中心から伸びる氣の軌道を探り、刀の動きを重ねる。
木刀が空を斬るその一瞬のために、彼はすべての感覚を集中させていた。

ようやく振り終えた時――
蒼真の背には、滝のような汗と疲労と。
そして確かな手応えが残っていた。

「……いま、少しだけ、届いた気がする」

羅刹丸から教えられた型の芯。
それに初めて触れたような感覚。

それは、数千、数万の振りの果てにようやく辿り着いた、理の入り口だった。
次の一振りには、さらに時間がかかった。
十五分、十八分――そして、二十分。

ただの一太刀に、二十分。
けれど、その斬撃には、かつての蒼真が持ち得なかった重さが宿っていた。
彼は今、剣と、魂と、己自身を繋ぐ旅の、ほんの始まりに立っていた。

蒼真が、ただ一振りにすべてを注ぎ込み始めた頃――
少し離れた岩陰で、その様子を静かに見ていた羅刹丸の赤い瞳が
蒼真の微動すら見逃すまいとじっと追っていた。

(……千、二千、万……)

蒼真に何度もそう言ってきた。
「数を振れ」「無心になれ」と。

だがこの少年は、その先を自らの意志で踏み越えていた。
ただ無心に振るのではない。
一太刀に命を込めるように。
剣を通して、世界の理に触れようとするかのように――

(まるで、己と剣の境を溶かしていくようだ)

木刀がようやく空を斬った瞬間、空気が震えた。
わずかに、ほんのわずかに。
だが羅刹丸の眼には、それが剣の核に触れた証に見えた。

静かな山の中、彼は呟くように言葉を漏らした。

「……こいつは凡人などではなかった」

手足の動きに無駄がない。
氣の流れを読み、全身を通して一振りの中に収束させるその姿。

(天から才を授かり、それに溺れた奴は多く見てきた)
(だがこいつは、地を這い、血を吐きながら、天へ届こうとしている)

鍛えられた技巧でも、加護の力でもない。
生き方そのものが“剣”となりつつある。

「……これが“本物の才”というものかもしれん」

自らは寿命を終えようとしている身。
だが最後に出会えた、愚直な剣士。

羅刹丸は、少しだけ口元を緩めた。

「……俺がこんな言葉を口にするとはな」

微笑にも似た、静かな表情。

そして――

「神よ。もしお前がこの世界の理を見守る存在であるなら……感謝する」

「この男に、出会わせてくれたことに――」

それは羅刹丸という剣鬼が、生涯で初めて神に感謝した瞬間だった。
その感謝は、誰かに向けたものではなく、
蒼真のひたむきさという光を、この世に生み落とした何かへの静かな礼だった。

「……この命尽きるその日まで、俺の技のすべてをお前に教えよう」

羅刹丸の声音には、もはやかつての剣鬼としての冷酷も狂気もなかった。ただ、静かに燃えるような決意だけがあった。
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