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1章
経過 01
しおりを挟むコハクがヴァーリア国に来て、2ヶ月程が経過した。
「うーん・・・」
目を覚ましたコハクがベッドから起き上がる。
部屋は質素な作りで、家具はベッドと簡単なタンスがひとつずつ置かれているだけである。
床には1冊の本がそのまま置かれており、表紙には「ヴァーリアの英雄」と書かれていた。
コハクはマジック・デバイスを広げ、指でなぞって操作し現在の時刻を表示させる。
「・・・もうこんな時間か」
コハクはベッドから降りてタンスを開くと適当に着替えを引っ張り出し、壁のフックにかけられているローブを手に取って部屋を後にした。
***
コハクの手のひらから白い霧が漏れ出し、それは蜂の様な羽虫を形作る。
その数は全部で5体。
そして、コハクの手のひらから放たれた5体の使い魔が、シンキへ向かい飛翔する。
シンキは模擬刀を振るい、余裕のある表情で使い魔を次々と叩き落とし、コハクへと接近していく。
だが、叩き落とされた使い魔は自爆して小さな爆発を起こし、虹色の炎を撒き散らしてシンキの行く手を塞いだ。
小さな爆発とはいえ、小型の魔物相手にまともに当てれば重傷を負わせる程の威力はある。
当然ながら、練習試合中に展開される結界の保護は魔法にも働く為、爆風で火傷をしたり服を焼かれる事はないが、簡単に身体を突き飛ばされる程度の衝撃は受けるだろう。
しかし、シンキは素早く魔法を唱え、自身の身体に薄い膜状の結界を展開する。
「確かに、素早い相手に範囲の広い魔法による攻撃は有効ね。けど、その程度の魔法なら結界で簡単に防げるのよ!」
シンキは虹色の炎をものともせずにその中を突っ切り、コハクへ向け模擬刀を振るう。
コハクは後退しながら魔法を唱え、自身を守る様に"魔法壁"と呼ばれる半透明の壁を展開する。
シンキの放つ鋭い一撃が魔法壁に叩きつけられるが、魔法壁はびくともしない。
兵士達の身を護る結界にもいくつかの種類がある。
例えば、練習試合中に展開される結界は、魔法や剣の殺傷力を下げる特殊な力を働かせて、結界内にいる者が怪我をしないように保護している。
そしてシンキの身体を護っている結界は、主に魔法による攻撃、例えば炎や毒霧の様な避けにくい魔法を遮って防ぐ為のものである。
対してコハクの展開した魔法壁は、結晶化させた魔力の壁であり、霧状や薄い膜状の結界よりも強固な守りだが、しかし欠点がある。
それは、あくまでも"その場に生成される"壁"である事。
シンキは床を蹴って大きく跳躍し、魔法壁を飛び越える。
コハクは新しく使い魔を生成してそれを放つが、シンキは模擬刀で使い魔を叩き落す。
「ぐっ・・・!」
模擬刀を構えるコハク。だが、シンキが打ち返した使い魔の一体がコハクの傍で爆発を起こす。
「うっ、やばっ・・・!」
爆風で怯んだコハクに、シンキが模擬刀を突き立てた。
***
「コハクよ」
二人の試合を見ていたカギツキが、椅子から腰を上げる。
「お前は、この二ヶ月の間に何をしていたんだ?」
カギツキは模擬刀を手に取ると、コハクに近付いていく。
「っ!?」
そして目で追えない速さで模擬刀が振るわれ、コハクの身体を打ち付け、突き飛ばす。
「ぐぅっ!?」
コハクの身体が4,5メートル程後方へ突き飛ばされ、床に転がり落ちた。
練習試合が終わった今、結界の保護はもう働いていない。
模擬刀は怪我をしないよう刀身が特殊な素材で覆われているが、突き飛ばされる程の力で打ち付けられれば結構な痛みを感じるだろう。
突き飛ばされたコハクは、その場で腹を押さえてうずくまる。
「今のが、英雄の力を持つの者の戦いなのか? ちまちまと魔法を撃っては逃げる英雄が何処にいる?
それに、お前の成長を見た所そこらの兵士と大して変わらない程度の魔力量しかないようだが」
「僕なりに努力してるつもりですが・・・」
コハクは、そこで口を紡いだ。
本当は「安全で良い狩場は全てヴァーリアの兵士に占領されていて、多くの魔物を狩る為には危険な奥地へ行かないといけないく、効率良く魔物を狩ることが出来ないから」と言いたい所であったが、それを言った所でただの言い訳だと切捨てられるのがオチだと分かっていたからだ。
コハクが使い魔や魔法の扱いに慣れてきたのは、そういった危険な場所で戦う事が多い影響である。
使い魔や魔法壁を使って魔物を誘き寄せ、出来るだけ安全な場所で戦う為の知恵だ。
「それで、その努力の結果がこれか? まったくなんでこんな奴に英雄の力が宿ったのだか」
ため息を吐きながら、カギツキはコハクへ背を向ける。
「一ヶ月だ」
そして、カギツキは首だけ動かし、鋭い目でコハクを睨む。
「一ヶ月の間に、成果を挙げろ。お前が英雄であるという成果をな」
「一ヶ月・・・」
期間の猶予よりも、その"成果"とは何かというあいまいさに、コハクは不安を感じた。
コハクのランクは、現在Bランクである。
ランクを上げる事がもっとも分かりやすい成果であるが、BからAに上がる事は簡単な事ではない。
何故なら、ある程度熟練の兵士でも殆どの者がAランクで止まる事が普通だからである。
兵士になって数ヶ月の者がAランクに上がる事は、余程元の世界で戦闘経験のある者でない限りはないだろう。
「なんだ、不満か? 期間は十分過ぎると思うが?」
「・・・いいえ、不満はありません。失礼しました」
コハクは一礼すると、部屋を退出した。
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