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2章
救世主たち
しおりを挟む「なぁ、アリア」
誰も居ない部屋で、異形の片腕を持つ青年がそう呟く。
部屋はお世辞にも豪華とは言えないが、この"地下"にある隠れ家の中では、比較的綺麗な部屋である。
柔らかいクッションの敷かれた大きな椅子も、この地下では貴重な物だ。
「僕らはここでは救世主らしい。アリアはどう思う?」
姿のない隣人へ、青年が問いかける。
当然、返答は返ってこない。
「・・・別に、彼らの事を信用している訳じゃないさ。ただ、丁度このまま隠れて生活するのは難しいと思っていた所だったんだ」
椅子に腰かける青年の異形の腕が、たき火の様に蠢く。
「あの頭のいかれた女剣士の様な奴らがまだ何人もいるなら、逃げ回るのは面倒だろう。・・・ふふ、大丈夫だよアリア。奴らもそのうち、君に御馳走するよ」
そう呟く青年の表情は、友達と遊ぶ予定でも話すかの様に、とても自然で穏やかであった。
その時、コンコンとノックの音が鳴り、部屋のドアが開く。
「やぁ初めまして。救世主さん」
現れたのは、10代程の少女であった。
魔術師達が羽織っている長めのローブは、大抵が黒だったり暗い色である。
だが彼女は白いローブを羽織っており、それは魔術師というよりも、白衣を着た科学者に近い。
「貴女がここの責任者ですか?」
問いかけながら、青年はじっと少女の表情を観察する。
彼女が自分と対面して何を感じているのかを確かめる為だ。
怖れか、怒りか、興奮か。
その答え次第では、彼はこの少女を腕の刃で貫かなくてはいけないからだ。
「くくく。責任者だなんて、なかなか丁寧な言葉選びじゃないか」
少女の顔には、怖れや怒りの表情は全くない。
代わりに彼女は興奮を押し殺している様子であったが、それは「ずっと探し続けていた人物、すなわち"救世主"と読んでいる存在に出会えた」事に対する感情である。
「私はカミノ。元々はヴァーリア軍の魔術師として働いていたが、仲違いしてね。今はこうして反乱者の身って訳よ」
「元魔術師ですか」
青年はまだ警戒しているのか、少女から目を逸らす事はない。
「まぁ、そう警戒なさんな。私もキミと同じ、軍に命を狙われている身なんだ」
言いながら、カミノは置かれた椅子へ腰かけた。
「それで。キミの名前を教えてくれないか? 救世主さん」
「僕の名前は、ユークリウッドだ。・・・それと」
ユークリウッドと名乗った青年は、ちらりと横を向いた。
「彼女は、アリアだ」
そう紹介するも、当然ながらこの部屋にはユークリウッドと、カミノの二人しかいない。
「すまない。彼女はすぐに僕の中に隠れてしまうんだ。絶対に、他人の前には出たがらないんだ」
「あぁ、そうか。なに、気にするな。私は魔術師でもあり、研究者でもあったんだ。だから、不可解な現象や理解しがたい出来事にも理解があってね、別に驚いたりはー」
「現象?」
その時、バキリと何かがへし折れる、鋭い音が響いた。
「・・・違う。彼女は"人間"だ」
それは、ユークリウッドが椅子の肘突きを片手でへし折った音であった。
「・・・彼女は"生きている"」
そしてそれ以上に、ユークリウッドの声色は鋭く冷たかった。
「彼女はー」
そして、ユークリウッドは勢いよく立ち上がると、椅子を掴み、それをカミノへ向け投げ飛ばした。
「おぉうっ」
椅子は相当な速さでカミノへ向かい投げ飛ばされたが、カミノは瞬時に魔法壁を展開し、それを防いだ。
魔法壁に衝突した椅子が、粉々に大破して床に散らばる。
「ははは。いや、すまない。今のは言葉の伝え方が悪かったよ、ユークリウッドくん」
カミノは両手を広げ、戦意が無い事を表す。
「わかっているさ。君たち二人がちゃんとした"人間"だという事は」
「この腕を見ても、そう思いますか」
ユークリウッドが、鋭い刃に変化したドス黒い片腕をカミノへ向ける。
「ああ、そうだ。言っただろう? 君は私達にとって"救世主"だと。つまり、特別な人間だ」
だが、目の前で殺人鬼が凶器を露わにしようと、カミノが焦る様子はなかった。
「だから、救世主さんよ。少し話をしないか?」
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