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3章
訓練
しおりを挟むとある空き部屋にて、コハクと式利の二人が訓練用の刀を交える。
素早く、それでいて正確に振るわれる式利の剣撃を、コハクは息を切らしながら、必死で盾を構えて防いでいた。
「はぁ、はぁ、うぐっ・・・!」
額から大量の汗を流すコハク。
右手に握っている刀を振るう余裕などはない。
センリと同じ班である式利は、当然ながらBランクのコハクよりも、剣捌き、立ち回りの素早さ、全てにおいて上回っている。
本気で戦えば、コハクはその攻撃についていくことすら出来ないだろう。
だが、コハクが疲労しているのは実力差のせいだけではない。
コハクの頭部を除く全身には、鎧が装着されている。
剣や盾は、想像よりもずっと重い装備であり、持ち慣れていない者であればその重さに驚くだろう。
ましてや、それが全身を包む鎧ともなれば相当な重さとなり、装着したまま戦闘を行うにはそれなりの筋力と体力が必要になる。
コハクの華奢な身体には、かなりの負担だろう。
「一度休憩にしましょう」
式利が攻撃の手を止める。
「・・・はい」
ギチギチと鎧の擦れあう音を立てながら、コハクはその場に座り込む。
どうぞ、と。シキリはコハクへ飲料水の入った容器を手渡す。
コハクは「あ、ありがとうございます」と返事を返すと、すぐに水に口を付けた。
「どうですか、鎧の方は」
「すごい重いです。盾だけでも重いと感じていたのに、今のままじゃあまともには戦えそうにないです」
コハクはふぅ、と大きく息を吐き、重い鎧を着けている足を伸ばす。
「安心してください。今コハクさんが付けている鎧は訓練用の物です。実戦で装備する鎧はそれよりも軽く動きやすく、それでいて強度も上です。この調子で訓練を続けていれば、そのうち慣れるはずです」
「ありがとうございます、式利さん。わざわざ僕の訓練なんて」
「気にしないでください。これは私自身の訓練でもありますので」
式利も、コハクの隣に腰掛けて水に口を付ける。
「先日は、奴にしてやられましたからね。私だって、このまま引くのはプライドが許さないのです」
感情をあまり表に出さない式利が、いたずらをした子供の様に無邪気な笑顔を浮かべる。
それを見て、コハクもつられて笑みをこぼした。
そこへ、コンコンとドアをノックする音が響く。
「失礼。こんな所にいたのね? やっと見つけたわ」
部屋に入ってきたのは、ヴァーリア国最強の剣士と言われている少女、シンキである。
「シンキ様!? ・・・お疲れ様です」
思わぬ来客に、式利とコハクは立ち上がると、姿勢を正して礼をする。
「休憩中でしょ? 楽にして良いわよ」
シンキは軽い調子でそう言い、二つに結んだ髪を揺らしながらコハクと式利へ近寄る。
言われた通り、コハクと式利はまた床に腰を下ろした。
「随分と熱心に訓練してるみたいね。特にコハクなんかは見違えるわ」
シンキは、鎧を装備しているコハクの身体をじっと見定めながら、にやりと笑う。
「何か戦う理由でも見つけたのかしら? 例えば、守りたい子が出来たとか」
「べ、別にそういう訳では・・・」
コハクはそう言いながらも、雪妃の事が頭に浮かんで、少し口ごもる。
「ふぅん、まぁいいわ。最近、練習試合しに来ないからちょっと心配だったけど、この調子なら問題なさそうだし」
若干、皮肉めいた口調のシンキである。
「おや、もしかしてシンキさん、コハクさんの事が気になってここに来たのですか?」
「なっ、何よその私がコハクに気があるみたいな言い方! こんな弱々しい奴、私の好みじゃないわよ!」
式利の問いに、シンキが声を荒げて否定する。
「あれ、なんか僕、さらっとフラれた気が・・・」
コハクがぼそりと呟く。
「それはそうと、式利に聞きたいことがあって来たの。例の殺人犯・・・"霧の異界人"についてなんだけど」
「その事についてでしたか」
「式利、貴女の報告書は読んだわ。奴は透過の魔法ではなく、身体を霧状に変化させているってね」
式利は、霧の異界人ことユークリウッドと対峙した時の事を思い出す。
式利が振るう剣や、繰り出した魔法は全て通用せず、傷一つ付ける事が出来なかった。
「はい。確信したのは、あの霧の異界人が、コハクさんに盾での打撃を受けた時です」
しかし、ユークリウッドがコハクの盾で強打された際、彼の身体には変化があった。
「盾の打撃を受けた彼の腕は、衝撃で形を保てなくなり霧散した様に見えました。
それに、奴は何故か、結界や魔法壁をすり抜けることはしません。つまり、物体をすり抜けることは出来ない、と思われます」
「なるほど。それで盾と鎧なのね。物体をすり抜ける事が出来ないなら、確かに効果的な装備ね」
シンキはコハクの使っていた盾を品定めしながらそう話す。
「そうです。これで対処の幅は広がると思いますが、しかし奴にダメージを与える方法は見つけられませんでした」
もしも身体を霧に変えているのであれば、炎の魔法や水の魔法の影響を受ける可能性があるだろう。
だが、ユークリウッドにはそのどちらも効果が無かった。
それに。
「衝撃を与えると霧散すると言いましたが、これはつまり、不意打ちや超高速での攻撃を与えても効果はないという事です」
透過魔法による回避であれば、その術者が魔法を唱える前に攻撃出来れば攻撃を当てる事が出来るだろう。
だがユークリウッドの"霧化"はそうではない。
「例えるなら、奴の体は"砂場の砂で作った城"の様な物です。強く叩けば形が崩れますが、また作り直せば元通りです」
ユークリウッドの身体そのものが、普通の人間とは異なっているのだ。
透過魔法であれは、いずれは魔力が尽きて透過出来なくなる。
だがもし、霧化が彼のもつ特有の体質であれば、魔力の枯渇を狙う事も難しいだろう。
「これは困ったわね。魔法壁で囲い込んでそのまま閉じ込めてしまおうかしら?」
「それは私も考えていました。密閉された空間に閉じ込めるの事が、一番有効かもしれないです。
閉じ込めた後に、酸素を奪い窒息させるという手段もありますし、毒や呪いの類も試す価値はあるかと思います」
ユークリウッドの身体がどの位、人間とは異なるのかは不明だが、生きている以上、何かしら殺す方法があるだろう。
それを調べる為には、幾つもの作戦と戦法を用意する他ない。
「なるほどね、情報ありがと。それじゃ、またカギツキ隊長に報告しに行くわ」
「あ、あの。それともう一つ話があるのですが」
「ん、何?」
コハクが、シンキを呼び止める。
「僕があの異界人を剣で斬った時・・・厳密には、インベイションを使って奴の魔力を奪った時。奴はその攻撃に、妙な反応をしていました」
「妙な反応? つまり、奴にインベイジョンは効果があるということかしら?」
「少なくとも、魔力を奪う事は出来ました」
「へぇ、それは有益そうな情報ね。けど、よりによってインベイジョン、か」
シンキが眉をひそめて悩んだ表情を浮かべる。
「えっと・・・インベイジョンに、何か問題があるのでしょうか?」
「インベイジョンは、"英雄の力"の一部を再現した魔法ですから、魔法の構成が複雑なので扱い難いのですよ」
式利が答える。
「それに、インベイジョンは"触れた"相手の魔力を奪う魔法です。
しかし、魔術師の多くは接近戦が苦手。わざわざ近付いて相手の魔力を奪うよりも、他の魔法で攻撃した方がずっと効率が良いんですよ。なのでインベイジョンを扱う訓練をする者は殆どいません。
インベイジョンを扱えるのは英雄だけ、と言われているのは、このせいです」
「・・・なるほど」
コハクの持つ英雄の力こと"魔創"の力は、魔力を吸収する事で、自身の魔力無限に成長させる力である。
だがインベイジョンという魔法は、あくまでもその"相手の魔力を奪う力"を再現しただけで、自身の魔力を成長させる力はない。
あくまでもインベイジョンは、英雄の力を持つ者が使うから強力なのだ。
「その通りね。クレイスならインベイジョンも扱えると思うけど、彼女が前線に出るなんてありえないだろうし
クレイスという魔術師の少女は、カギツキに並ぶヴァーリア軍のトップに立つ人物だ。
カギツキが直接的な戦闘の指示を出す隊長であれば、クレイスは魔術的な分野を担当する魔術師としてのトップである。
彼女の扱う魔法は強力だが、直接前に出て戦闘を行うタイプではない。
「それじゃ、とりあえずインベイジョンの件も考えておくわ」
「はい。お疲れさまでした。シンキ様」
部屋を退出するシンキへ、二人は礼をして見送る。
シンキは「訓練、頑張りなさいよ」と言い残して去って行った。
「・・・近いうちに、軍は大規模な反乱者の取り締まりを始めるでしょう」
式利が重い口調でそう呟く。
「あの危険な霧の異界人が、反乱者と手を組んでいると分かったのですからね。
これを良いきっかけに、反乱者を撲滅しようとしていた者達が動き始めるはずです」
コハクは真剣な顔で、式利の話に耳を貸している。
「その前に私達はもう一度、雪妃さんと会わないければいけないです」
「・・・そうですね」
コハクが重い口調で返事を返す
正直、コハクはどんな顔で雪妃に会えば良いのか判らないのだ。
「会って、しっかりと話をしないといけない。ですが、雪妃さんの居場所が分からない」
あれ以来、雪妃はカノールの店にも、仕事先の喫茶店にも姿を見せていなかった。
コハク達に反乱者だとバレたことで、軍に見付かったと思い、身を隠しているのだろう。
「恐らく彼女は、反乱者達と一緒に隠れているのでしょう。そして彼女を探すとなれば、また奴と・・・霧の異界人と遭遇する可能性がある」
式利は一息吐いて、立ち上がる。
「なので、今度こそは。絶対に奴を倒してみせようじゃないですか」
「・・・はい。もちろんです」
コハクも装備した鎧を鳴らしながら立ち上がる。
「さて、それではコハクさん。もう一戦、始めましょうか」
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