恋の温度とキスの蜜

未知之みちる

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第二話

(二)

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  休み時間を伝って、噂はあっという間に広がった。昼時には物見遊山ものみゆさんに来る者も、教室のすみっこでこそこそしている者までいる。
 翔がかました宣言の威力いりょくは雫を押しつぶそうとしていた。付き合ってなどいないのに翔が言った「付き合ってます」という言葉は、最終的に雫の思考を停止させた。
 翔が自分のために吐いた嘘かもしれない。どうやったら一番翔の迷惑にならないかも必死に考えて、遂に疲れ果てた。
 きっと小百合たちが居なかったら泣いてた。わけがわからなくなって泣いていたに違いない。もう頭が追いつかなくなった。
 はあとため息をついたその時、硬いファイルの角が雫の頭に落ちた。
「いだだ!」
 ものすごい痛さに雫が泣き出す。
 どうしたら良いかわからなくて、泣くのを我慢している雫への思いやりだ。ただ、やり方が乱暴である。
 雫の頭にファイルを落としたのは、元ヤンキーで現教師であり、親戚のように親しい家の息子の半田はんだ鉄兵てっぺいという。雫のとても歳の離れた兄みたいなものだ。鉄兵には由美ゆみという姉もいて、雫は鉄兵も由美も大好きだ。
 ただ、鉄兵はなにかに付けてやたらと厳しい。
「ねえ、先生、なんで手繋いじゃダメなの?」
 泣きながら雫がそう問うと、説明が難しいと前もって言った。
「よくわからない。先生が朝、付き合っているからとかそういう問題でもないって」
「あのな、異性に触れたいっていうのは好意の表れ。それにな、当人同士が良くても周りからしたら嫌悪感けんおかんを抱く言動もある。あとは風紀」
 後者二つは雫もちゃんとわかる。いや、風紀についてはよくわかっていないかもしれない。なにしろ、小学生の頃は当たり前のように手を繋いでいた。他意がないだけに、付き合うと手を繋ぐがいまいち雫の中で重ならない。
 周囲にいてしまうかもしれない嫌悪感は、周りに幸せのお裾分けをするのが好きな雫もきちんとわかる。
 一つ目は、まだあまりわからない。好意の種類ってなんだろう。どんなだろう。
 翔の好きってどんな好きなのだろう。自分の好きってどんなのだろう。好きだから好き、一緒に居たいから一緒に居る。それだけで本当に充分だったのに、それだけじゃいけないみたいだ。
 好奇な人目はまさにそれを語っているようだけれども、よくわからない。
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