恋の温度とキスの蜜

未知之みちる

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第十一話

(三)

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「お母さん、可愛い? ちゃんと可愛い?」
 透子のお古の少し大人びた浴衣を着せてあげると、雫が何度も何度も同じことを聞いてくる。
「はいはい、可愛い、可愛い」
 だんだん透子の返事も適当になってくる。
 雫の髪の毛を浴衣に似合うように結い上げて、それから面白がって薄くメイクをしてやった。
 だから余計にしつこく聞いてくるのだ。
 いつもと違う顔の自分を姿見で見た瞬間、雫は自分で自分の姿に目を輝かせていた。
 そんな雫を他所に、透子は完全に娘で遊んでいた。故に壮も透子に遊ばれていることになる。うなじが色っぽく見えるような髪型に仕立てた。大人びた浴衣、化粧、色気のある髪結い。ちびっこい雫の外見も、それだけやれば流石に子供らしさが消えて艶やかさが際立つ。
 我ながら良い出来だわと自画自賛していたのに、何度も可愛いかと聞いてくる雫は面倒くさい。
 雫は絶対に壮のことが好きだ。しかし絶対にわかってない。
 透子にはそんな確信があった。
 我が娘ながらその鈍感さには呆れる。これだけはしゃいでうきうきしている自分の姿や心を、雫がどんな風に捉えているのか全く持って謎だ。


 雫があれこれ色んな角度から姿見に自分を映して喜んでいるうちに壮が迎えに来た。
 玄関から部屋の奥に見える雫の姿と身動きのちぐはぐさにバカだなあと思いながら、透子に向かってぐっと親指を突き出した。
「これからは透子様と呼ぶと良いわよ」
 にやりと透子が言うと、そうっと壮は視線を外した。
 遊ばれてる。絶対この人自分で遊んでる! と理解するに十分だった。雫のことを大好きな自分を面白がっているに違い。応援するつもりがあるなら、応援だけしていてもらいたいと嘆きたくなる。
「雫ー、壮来たわよー」
 透子が呼ぶと雫が慌てて玄関に向かって来る。
 透子様よ、いくら何でも遊びすぎだろう。
 そう突っ込みたくなるくらい、雫は普段よりもいっそう魅力的だった。
 どきどきして、壮は迎えに来たよの一言が言えない。透子に遊ばれているのはわかっていても、胸が高まって、どうしたらいいのかわからないくらいどきどきする。
 透子はその様子を面白がって見ていた。その視線が壮は痛い。透子からする不安そうな顔を浮かべた雫も面白い。
「壮君……あたし、変?!」
 何も言わない壮の様子に雫が思わず強く聞くと、堪えることなく透子が吹き出して爆笑した。
 これ以上見られているところで遊ばれるのは癪だ。
「行くよ、雫」
 投げやりに呼びかけて、壮はさっさと雫を連れ出した。
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