恋の温度とキスの蜜

未知之みちる

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第三話

(九)

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 雫は壮に捕まえられたまま近所の外れにある公園まで連行される羽目になった。
「お前さ、俺のこと覚えてないとかやっぱり酷いね」
 ベンチに腰掛けて肩で息をしている雫に、壮は体を折り目線を合わせて至近距離で問いただした。ぎゃあと雫が小さく漏らす。
「そ、壮君、近い!」
 苦情を言ったところで壮がやめるとは思わないけど言ってみた。それから呟くように陰った声で雫は言った。
「覚えてるけど、だって」
「なーに? 俺がかっこよくなっちゃって気づかなかった?」
「普通、自分でかっこいいとか言わないもん!」
 そう言い返してくる雫に、壮はわざと溜息を吐いてみせたら、また泣かれた。
「相変わらず、すぐ泣く」
「泣くようなこと、するからだ……」
 壮は昔から意地悪だった。しかし意地悪した後、必ず雫を笑顔にする。
 隣に腰をかけて、壮はさりげなく手を重ねた。雫はそっぽを向いたが手を払いのけることをしなかった。
「どうしたら、笑ってくれる?」
 泣かせた理由が理由だけに思いつけない。
「笑えない、冗談、するから、笑えない……」
 ぼろぼろと涙を零す雫を壮は無造作に抱きしめた。雫は抵抗しなかった。
 普段結んでいる髪の毛が自分のせいで下ろされていると思うと、少しだけ優越感を感じる。
「じゃあ、笑わなくていいから聞けよ。俺、帰ってくるって言った。好きだって言った。待っててって言った。今だって変わらない。嫌われてもいいから俺のこと思い出してほしくてあとつけた。謝る気もない」
 涙が止まらない。あふれ出すのを待っていたように、まるで雫の涙は止まらない。
「……いつまで泣いてるんだよ」
 雫の涙が止まるまで壮は彼女を離すつもりがない。
「……どうして会いに来てくれなかったの?」
 壮の胸の中で、くぐもった涙声で雫は尋ねた。直ぐに会いに来てほしかったような言い方だった。
「雫が小学生だったから」
「わけわからない」
「お前のこと、笑顔にする自信がなかった、じゃダメ? あーゆうこともしたくなるから。我慢してたのに誰かさんにさらわれてすごくショックだった」
 壮の言葉は理解できるようでまるでよく分からなかった。
 昔から壮に関わると頭の中がごちゃごちゃする。翔といるとそんなことはなくて安心する。だから壮のことは考えないことにしていた。考えないようにしたら頭の中から消えてくれていた。
 一緒に居ない人のことで頭がごちゃごちゃするのは嫌だ。
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