永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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感情を手に灯す男

( 三 )

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「こんばんはー。おお、ジンじゃん!」
 カランとドアの音を鳴らして神田が賑やかにやって来た。
 甲斐がいらっしゃいと言う前に、迅が「黙れ!」と言う。
 神田は人間に転生おめでとうと言おうと思っていたが、先に迅に黙れと言われれば黙るしかない。
「甲斐ー、テキーラ」
「ジンくん、まだいっぱい残ってるじゃん。それ飲んでから言ってよ」
「ブッカーズ、ロックで」
 甲斐は降夜の前にミックスナッツとカルアミルクを置きながら、珍しいなと思い、神田に尋ねた。
「ストレートじゃなくて?」
「うん、ロック。そんな気分」
 そんな気分がどんな気分かわからないし、飲み方は自由だ。甲斐はピッケルで手早く丸氷を形どりはじめた。
「かんー、スケッチブック持って来たぞ」
 迅は鞄からスケッチブックを取り出し、勿体振りながら神田へ渡した。
「たぶん、これ誰にも見せてない」
 神田が、開いたスケッチブックを眺めながら感嘆を上げる。俺も見たいと甲斐が言うと、神田と迅は口を揃えて「嫌だ」と言った。
「ねえ、かん。この中から好きなの使ってよ」
「やだよ、描けよ」
 神田がそう言うと、迅は困ったように言った。
「最近ね、描いてると胸がしくしくするんだよ」
 神田も、丸氷を作り終えた甲斐も、首を傾げた。
「ジンくん、そのしくしくはどっちの意味?」
 降夜の問いかけにより、迅は降夜と「しくしく」について語り出した。
 ふたりとも美しいものが好きであった。彼らの美しいもの談義は永遠に続く。
 神田は出された酒を一口味わい、煙草に火を着けた。そして徐に甲斐に尋ねた。
「お前もさ、しくしくすることってあるの?」
 甲斐はしくしくがどんな気持ちかよくわからなかった。少なくとも必要性を今まで感じたことがない。そもそも甲斐は物事を全て理屈で片付ける癖があった。
「ないと思う」
「だろうね。じゃあさ、あの人もしくしくしたりすると思う?」
 神田は言ってしまってから自分で切なく淋しくなった。

 甲斐の手元でグラスがぱきんと折れた。
 シンクでカシャンと音が鳴る。
 この店はグラスが直ぐに足りなくなる。

 神田が呆れたように言った。

「甲斐、その馬鹿力に感情灯すの止めて。感情はちゃんと顔に出せ、顔に」

 人並み外れた馬鹿力の甲斐とて、そんな言われ方をしたのは流石に生まれて初めてだ。




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