永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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噛み合わずに空回る理由

( 三 )

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「いつも思うけれど、先生たちって姉と弟みたい」
 さっき篤と一緒に居たのが留美だったことを思い出して京子が言った。
「北野先生はね、留美ちゃん先生の尻に敷かれてるのよ」
 留美は篤が赴任した途端、天文部の顧問を押し付けて自分は副顧問に成り下がった。
 天音が留美から聞いた話では、篤が作った部だから返してやったとのことだが、お前が作った部なのだから責任を負うのはお前だろと押し付けたに違いないと天音は思う。
「留美ちゃん先生の前だとあの爽やかさなんてうち消えてものすごく面白い。京子ちゃんに見せてあげたい」
「優しく天音ちゃんて呼ぶ北野先生と呼ばれてる本人の温度差に時々驚く」
 京子ちゃんはだまされてて、あれはニセモノの爽やかさだと言いたいけれども、ばれたら絶対篤に張っ倒されるから天音は言えない。その上、よくわからない変な呪いとかかけられて一生祟られそうだ。

「あたし、先生のあの笑顔嫌い。天音ちゃんて呼ぶのも嫌い」

 天音が急に落ちた声でそう言った。
 京子はなんて声を出すのだと驚いた。
 篤の前で天音が可憐なふりをしてあげているのはわかっている、その理由もたぶん知っている。
 それが辛いことなのかなど、考えてみたこともなかった。普段の天音からは想像できないか細い消えそうな声で言うくらいだ、相当辛いのだろうと京子は思った。
「普段は苗字で呼ぶくせに、みんなの前だと天音ちゃんてわざと呼ぶ」
「北野先生て、実は意外と捻くれてる?」
 篤を敬愛している京子が思わずそんなことを言った。
「捻くれてない、あの人すごく真っ直ぐな人だよ。だから、どうしてそんなことするのかわからないの」
「聞いてみれば?」
「いやよ。絶対によくわからないこと言うもの」
 普段真っ直ぐだから、捻くれたことするのかなと京子は推測した。
 天音の態度のおかげで、みんなの中で天音が篤のお気に入り程度の認識で止まっているのだと京子は考えている。絶対に篤のあれは恋愛の好きだ。
 一度だけ、天音のことを篤が駿河と呼んだのを聞いたなと京子は思い出した。 
 あまり気にしていなかったからすっかり忘れていた。
 「天音ちゃん」て呼ぶ時の篤の笑顔はものすごく素敵だ。彼に憧れを持つ京子はあの瞬間の彼の顔が一番好きだ。
 こういうのってなかなか伝わらないものなのかなと疑問に思って、はたと気づいた。
 相手はこの天音なのだから仕方ないのかもしれない。
 今までの流れでそう思わずにはいられないが、天音は消えてなくなりたいとばかりの悲しそうな顔をしている。
 どうしてか泣きたいくらい落ち込んでいる自分に、天音は自分じゃないような気がしてきた。
 こんなのはあたしらしくないと思っても、どうしようも出来ない。
 小柄な京子が心配そうに見上げると、天音は泣きそうな顔はしてないがただひたすら悲しく途方に暮れている様子だ。
「無理しない方がいいよ」
「大丈夫」
 きっといつも通りに天音は振る舞えるのだろうが、そのあと大丈夫なのだろうかと京子は不安を覚えた。そして自分だけではどうもしてあげられない気がして、誰に頼むべきかを判断した。
「天音ちゃん、あたしちょっと行ってくる」
「京子ちゃん?」
「天音ちゃんを助けてくれる人のところ」
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