永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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捨てたのではなく失くした

( 三 )

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 俺ではなく僕と言って談笑している甲斐を見ながら、神田は色々と考えてしまった。
 甲斐が落ち込んでるところを神田は見たことがない。記憶が正しければ、甲斐が落ち込んでいる姿を自分に見せたことはないはずだった。もちろん落ち込むことはあるだろう。しかしそれを外面へ出そうとしない、人に知られるのを好まないのが甲斐である。
 甲斐は悩み込むこともあまりない。何かあっても自分がどう動くべきかを無意識に瞬間で判断して動けてしまうことが多い。むしろ、神田は動けなかった甲斐を見たことがない。その結果、甲斐がギターを辞めたとしても。
 悩んでいるということは、動けないでいるということだ。そして、そうならざるを得ないような理由があるということだ。
 少し前に、時々おかしく見える甲斐へ神田は遂に聞いた。
「おまえさ、いつまでそうしているつもり?」
 すると甲斐は困ったように言った。
「俺だっておかしいと思ってるよ」
 そう言いながら動かない甲斐は既に動かない選択をしていたのだと神田は思っていたが、その後の甲斐の言葉に違和感を覚えた。
「この間、恩人にさ、謝られたんだよ。その人、謝ったくせに、まるで俺ならどうにか出来るみたいに言うんだ。そろそろ動くべきなのか、動かない方が良いのか、分からなくなってきた」
 動くと言った甲斐はおそらく、動くと決めたらきっとここから去るのだろう。神田はそう思う。
「もし動くとしたら、お前、何のためにどこに行くの?」
「知らない。俺にはわからない」
 放り出すような言い方を甲斐がしたから、神田は理屈じゃ片付けられないような理由があるのだろうと思った。そしてその理由はきっと、自分に知る権利があることのように感じる。
 神田のなにか言いたそうな顔に甲斐は「ごめん」と言った。
「わからないんだ、なにも。なにも知らないんだよ、俺。なにもわかってないのにのんびり暮らして待つんだってことしか知らない」
 意外にも、諦めていると思っていた甲斐はちゃんと待っていた。
「……完全に言葉間違えた。待つことしか出来そうにないから、待つしかないみたい」
 最愛を待つことにした甲斐は、やっぱりそれまでは諦めていたのだった。
 甲斐が待つ相手が誰かわかっているから、やっぱり自分たちにも関係ある話だと神田は判断した。
 神田は誰よりも長い時間、甲斐と彼女のことを見守ってきた。だから神田しか知らないことがいくつも存在する。
 甲斐が待つ最愛の人、彼女はまだ自分たちの前に現れない。
 甲斐を探し出す方法を忘れてしまったのだろうか、なんて皮肉を覚えてしまいたくなる時もある。
 いつだか寝て起きて全て忘れてしまっていなければ。柔軟に頭の切れる神田のことだ、自然に反しない方法を思いついたかもしれない。
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